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勇者の弟子  作者: ヤス
アヴァロンの試練

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98/151

98話、アヴァロンの試練29

――その頃、地上ではマーリンが光魔法による治癒を終えてようやく重い身体を動かしていた。


まだ魔法の反動で節々が疼いて足取りはおぼつかない。

それでも彼女は自身の肩を抱くようにして、病み上がりの身体を叱咤しながら巨大樹の根元へと向かっていた。


「あそこでアーサーがたった一人で戦っている・・・・・・」


愛する人の身を案じる一心で、彼女は森を駆け抜ける。


その時だった。

足元を救われるような激しい地響きと大気が鳴動する轟音が天空から降り注いた。


「……っ!この響き、地面じゃない。もしかしてあの大樹なの・・・・・・!?」


マーリンは息を切らせながら、遥か高みへと視線を向ける。

かつて空を隠さんばかりに繁茂していた巨大樹がイーサンの魔力供給を断たれたことで萎み、縮小を始めていたのだ。

崩落する枝や葉が緑の雨となって周囲に降り注ぐ。

その騒乱の中、縮小を続ける樹冠の中から一つの影がゆっくりと降下してきた。


イーサンの魔力が尽きて、消えゆく枝を足場に意識を失ったイーサンを無造作に抱えながら降りてくるアーサー。


「アーサー!無事だったのね、勝ったのね!」


駆け寄るマーリンの目に映ったのは戦場から帰還した男の雄姿だった。


「久しぶりに楽しい戦いだったな」


アーサーは腕の中で意識を失っているイーサンに視線を落として満足げに微かな笑みを浮かべる。

その晴れやかな表情を見たマーリンは安堵と共に呆れたような溜息を吐き出した。


「楽しいって……全く、アンタが戦闘狂なのは相変わらずね」


「仕方がねえだろ。団員(ガキ)どもの面倒ばかり見ていたし、最近はつまらねえ相手としか戦ってなかったからな」


アーサーは無骨に頭を掻きながら地を蹴って、マーリンの隣に降り立つ。

その体からはまた隠しきれないほどの熱気が立ち上っていた。


「…アーサーがそこまで言うほどの手練れ、ね。実際、私も彼には敗北したわけだし認めざるを得ないわ」


マーリンは静かに縮みゆく大樹の残滓を見上げた。

彼女の光を呑み込み、圧倒した木の魔力。

それは確かにアーサーという巨大な壁があって初めて乗り越えられた脅威だった。


「ああ。こいつは将来、俺を脅かす存在になる。・・・・・・・楽しみなことだ」


「楽しみって……アンタねぇ!こっちは死ぬかと思ったのよ!?」


「まあそう言うな、なあマーリン、俺はこいつをウチに入れたいんだが」


「……はぁ?」


先ほどまで殺し合っていた敵を事も無げに自らのギルドに誘おうとするアーサー。

そのあまりに突飛な提案にマーリンは思考が停止した。


「な、何言い出してるのよ! こいつは海賊なのよ? さっきまで私やアンタを殺そうとした人なのよ!?何よ突然、正気なの!?」


「こいつはエドラと同じだ。いや、危うさも含めればそれ以上かもしれねえ。俺が傍で叩き直してやりゃあいずれとんでもねえ大物に化けるぜ」


アーサーはまるで将来有望な金の卵を見つけたかのように瞳を輝かせている。


「ダメに決まってるじゃない! 常識を考えなさいよ!常識を!」


必死に認め寄るマーリンに対してアーサーは「まあまあ」となだめるように笑うだけだ。

その様子は、道端で拾ってきた汚れた子犬を「飼いたい!」と駄々をこねる子供とそれに頭を抱えながら猛反対する母親そのものだった。


「だいたいナタリア監督官になんて説明するつもりよ!!」


「んなもん、「適当に通端で拾ってきた」とでも伝えておきゃいいんだよ。実際、大樹から拾ってきたようなもんだしな」


「バカ! そんな道理が通じるわけないでしょ!行政を何だと思ってるのよ!」


「じゃあ、アヴァロンの住民としてスカウトしたことにすれば大丈夫だろ」


「大丈夫じゃないでしょ!そもそも、フリードを強引に入団させてからまだ日が浅いのよ?立て続けに海賊稼業していた犯罪者をねじ込んだりしたら、それこそ騎士団が黙っちゃいないわ」


マーリンは今後の事態を想像して頭を抱えた。


「ただでさえナタリア監督官には目を付けられているんだから、これ以上余計な騒ぎを起こしたら今度こそギルドの存続に関わるわよ!


「だって……」


「「だって」じゃない! アンタのその軽率な思いつき一つてギルドが活動停止になったらどうするの? 私たち親子の生活やエドラたちの生活どうするつもり?」


マーリンはまさに鬼の形相でアーサーに食ってかかる。


「うぅ……アーサー誘ってくれたのは嬉しいが......俺は自分の罪を償ってからあんたのギルドに入らせてもらうよ」


二人の喧騒を割るようにして、イーサンが静かに意識を取り戻した。


「イーサン!!」


アーサーの声にイーサンは痛みに耐えながらもどこか吹っ切れたような顔で頷く。


「彼女の言う通りだ。憧れのあんたにこれ以上迷惑はかけられない。…俺はすべてを清算してから必ずあんたのもとへ行く。その時まで、俺の席を空けておいてくれるか?」


貴重な逸材を今すぐ手放すことに、アーサーは惜しむように深くため息をついた。


「分かった……お前がそこまで言うなら仕方ねえ。だが、せめてナタリアには刑期を短くできないか俺から口添えはしておく。お前みたいな奴を濡らせてわくのは世界の損失だからな」


「恩に着るよ」


イーサンはこれまでの冷徹な仮面をかなぐり捨てたような穏やかな笑みを浮かべた。


「ごめんなさいね。……うちの主人が無理ばかり言って迷惑をかけたわ」


マーリンはイーサンに向き直り、申し訳なさと同時に一人の戦士としての敬意を込めて言葉を紡いだ。


「いや、謝るのは俺の方だ。……あんたたちには大きな迷惑をかけてしまった。必ず、償ってみせる」


降り注がれる木の葉の雨の中、イーサンは二人へ療罪することを誓う。

アーサーは「さてと」とどこか楽しげな様子でゆっくりと立ち上がった。

服に付いた士を乱暴に払い除けて肩を回して骨を鳴らす。


「こっちは片付いたことだし最後にもう一仕事、済ませておきますか!」


「ええ、そうね!」


マーリンもまた短く力強い呼吸と共に立ち上がった。


二人は言葉を交わさずとも視線の先にある岩山へと意識を集中させる。

そこにはまだ戦いの火種が残っている。


「もう一仕事って・・・・・・・まさか!」


イーサンが驚愕に目を見開く。


(あの大規模な戦いを繰り広げて、さらに巨大樹を粉砕するほどの激闘を演じた直後だというのにこの二人には、疲労という概念がないのか?)


「ああ。お前さんのところのボスそろそろ退治しに行かねえとな」


アーサーの言葉にイーサンは背筋が凍るような思いがした。

この男は自分との戦いをまるで軽い「前座」だったと言わんばかりに平然としていた。


「若者たちが死ぬ気で踏ん張ってるんだもの、私たち大人が大人の意地を見せつけないわけにはいかないでしょ?」


隣で微笑むマーリンからは先ほどまでの消耗を感じさせない凛とした魔力が立ち上っている。


「ウォーミングアップでこっちは準備万端むしろ今が一番調子がいいくらいだ。………………行こうかマーリン!」


「ええ!」


二人は軽快にストレッチをして身体を解すとそのまま岩山へと向かって走り出した。

後に残されたのは伝説と呼ばれた男の計り知れない背中を見送るイーサンの深い沈黙だけだった。



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