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勇者の弟子  作者: ヤス
アヴァロンの試練
96/96

96話、アヴァロンの試練27 勇者に憧れた者

エドラたちがアヴァリスと激しい激闘を繰り広げている、その裏側で――。


轟音と共に巨木がなぎ倒される森の中、アーサーとイーサンは壮絶な死闘を演じていた。

イーサンは鋭い体術でアーサーの懐を狙いながら、同時に魔法を構築する。

彼が触れた周囲の樹木が瞬時に活性化し、意思を持つ触手のようにのた打つ鋭利な槍となってアーサーへ襲いかかった。


「……ふんっ!」


対するアーサーは微塵も動じない。

迫りくる木々をまるで羽虫でも払うかのように素手で粉砕していく。

爆発的な急成長を遂げた巨木の枝。

その天辺で二人は吸い込まれるように着地して再び対峙した。


「やっぱり!俺の知っている勇者そのものだ!俺は……あんたに憧れて腕を磨いてきたんだ。あんたみたいに強くなって、いつかあんたに認められたかった!」


先ほどまでマーリンを冷酷に殺そうとしていた男とは思えない。

イーサンの瞳はまるで英雄を夢見る子供のように無垢な輝きを放ち、アーサーを見つめていた。


「そうなると……お前は俺の『熱狂的な信者(ファン)』というわけか」


アーサーがわずかに目を細めて皮肉げに口角を上げる。


「ああ。アーサー、あんたに会うために、俺はもっと強くなりたかったんだ」


「そのために海賊に身を落としたというのか。憧れの対象に会う手段としては、あまりに短絡的だな」


「こっちの方が海を渡り歩きながら、あんたに巡り会える確率が高いと思ったのさ。そして、いまあんたに俺は会えた」


愛する人を手に掛けようとした敵。

先ほどまで本気でその命を奪おうとしていたアーサーだったが向けられる眼差しのあまりの純粋さに、その芯にあった殺意がわずかに揺らいだ。


(エドラといい、こいつといい……どいつもこいつも、俺に何を求めてるんだか)


自嘲気味に呟き、アーサーは頭を掻いて溜息を零す。

眼前のイーサンの姿にかつて出会った頃のエドラの面影が重なった。


「魔王を倒したあんたの強さは俺たちの希望だったんだ。皆、あんたのようになりたいと願っていた」


イーサンは真っ直ぐに一点の曇りもない尊敬の言葉をぶつける。

その言葉を聞くうちにアーサーの内にあった「敵への殺意」は、徐々に「個への興味」へと変質していった。

初めてエドラの真っ直ぐな瞳に触れた、あの日と同じように。


「……殺すのは止めだ。お前に少し興味が湧いた」


アーサーの纏う空気が鋭利な刃から、底知れない巨大な圧力へと変貌する。


「いいぜ。いつもは5%程度の出力で相手をしてるんだが、お前がそこまで俺を信奉しているってなら俺も相応の敬意を払ってやる。……特別だ。今回は20%まで引き上げて相手をしてやるよ」


アーサーは不敵にニヤリと笑い、右手の指先をクイッと曲げてみせた。

言葉などもう不要だ。

その単純な手招きこそが、「全力でかかってこい」という最上の回答だった。


憧れ続けた男がついに自分を「敵」として正当に評価し、向き合ってくれる。

イーサンはその喜びに震えて顔いっぱいに満面の笑みを浮かべた。


「おまえ、名前はなんていう?」


「……イーサンだ」


「じゃあイーサン。お前が負けたら海賊を辞めて、大人しく捕まってくれ」


「ああ、約束するよ」


――ああ、最高だ。あのアーサーが、俺の名を呼び、俺を認めてくれた。

――この人に殺されるなら、それこそが俺の求めた終焉だ。

――全身全霊。命の最後の一滴まで、あなたに全てをぶつけます。


「アーサアアアアアアアアアアア!!」


イーサンが猛然と枝を蹴った。

弾丸のような速度で、空中のアーサーへと飛びかかる。


「イィィィィサァァァァァァァン!!」


それに応えるように、アーサーもまた巨木の枝を爆ぜさせて跳躍した。


空中で両者の拳が激突し、凄まじい衝撃波が森を震わせる。

巨木の枝を足場にし、跳ね、舞い、狂ったように殴り合う二人。

その光景は、凄惨な殺し合いでありながらどこか祝福に満ちた儀式のようでもあった。


イーサンは枝に着地するや否や、さらに魔力を流し込んで巨木を活性化させた。

足元の幹が脈打つように膨れ上がり、そこから無数の新枝が槍のごとき鋭さでアーサーを目掛けて殺到する。


「甘いな!」


アーサーは空中を蹴り、拳圧だけで迫りくる枝の群れをなぎ払った。

そのまま重力に従い、大槌のような重く鈍い一撃を叩き込む。

イーサンは反射的に横へ転がり、別の枝へと跳んだ。

彼が数秒前までいた場所は、アーサーの拳によって木っ端微塵に砕け散っている。


イーサンの魔法が暴走気味に森を侵食し、巨木は天を衝く勢いで成長を続けていた。

轟音と共に枝は太く、高く。

二人はその成長の速度を追い越すように、殴り合いながら上層へと駆け上がっていく。


衝撃波が空気を震わせ、散る葉が竜巻のように舞い上がる。

やがて、その大樹はアヴァロンの空を支配する最大最強の守護樹へと変貌を遂げようとしていた。


「ハハハハハハハッ!」


「アハハハハハハハハ!」


互いの笑い声が風に溶け、衝撃音と混ざり合う。

アーサーの頬をイーサンの拳がかすめ、鮮血が舞う。

直後、アーサーの重い一撃がイーサンの腹部に沈み込み、ミシミシと骨の鳴る音が響いた。


常人ならば即死。

あるいは戦意喪失するほどの痛み。

しかし、二人の脳内は溢れ出す快楽物質に支配されてもはや苦痛すらも至上の愉悦へと変換されていた。


「最高だな! アーサー!」


「全くだ! お前もなかなか最高だぜ、イーサン!」


傍目から見ればそれは大地を揺るがし、命を削り合う凄惨な殺し合い。

だが、交差する視線の熱量は泥遊びに興じる子供たちのそれと同じだった。


二人の規格外の強者にとって、この死闘はもはや――魂をぶつけ合う、ただの「喧嘩」という名の遊びでしかなかった。


――アーサー。

あんたに、俺のすべてを見てもらいたい。


血が湧き、魔力が爆ぜる。

研ぎ澄ませた技も、練り上げた魔法も、この命の鼓動さえも。

――俺のすべてを見ていてくれ。


憧れという呪縛。

それを超えるための唯一の儀式。

拳を握る力に、地を蹴る足に、イーサンは自らの存在そのものを乗せた。


「俺の全てを、あんたにぶつける!受け取ってくれ、アーサー!」


溢れ出す想いを叫びに変え、イーサンは光を纏う流星となって英雄の懐へと飛び込んだ。

重力と加速、そして情念の全てを乗せた右拳が、アーサーの腹部を真っ向から捉える。

しかし、イーサンが感じたのは人体を打った手応えではなかった。

それは巨大な鉄塊、あるいは山そのものを叩いたかのような絶望的なまでの「壁」だった。


「――っ!?」


衝撃が逆流する。

アーサーの鋼のごとき肉体に阻まれた力は、逃げ場を失いイーサンの腕へと跳ね返った。

ぐしゃりと嫌な音が響く。

打ち込んだ拳の皮膚が裂けて鮮血が風に舞った。

イーサンの口から苦痛と驚愕が混じった悲鳴が漏れる。


(……届かない。俺のすべてが、この人に届かないのか……!)


イーサンの顔が悲痛な色に染まる。

全霊を懸けた一撃が微動だにさせられなかった。

その事実が彼の心を折ろうとしていた。

だが、そんな彼を支えたのは頭上から降り注ぐ穏やかな声だった。


「何をそんな、残念そうな顔をしてるんだ」


アーサーは自らの腹部にめり込んだイーサンの砕けた拳を愛おしむかのように見つめていた。


「悪くなかったぜ、お前の()()()。なかなか、響いた」


驚きに目を見開くイーサンにアーサーは気遣うような、そしてどこか誇らしげな笑みを浮かべて見せる。


「気にするな。……お前の憧れは、ちゃんと俺に届いてるよ」


それぞれ向かい合うかのように上層の枝に着地する。


「まだまだ行けるだろ?イーサン」


「ああ、もちろん」


殺し合いの中で生まれる二人の関係に奇妙な友情が芽生え始めていた。

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