95話、アヴァロンの試練26
イスカという予想だにしない助っ人の乱入が、停滞していた戦場に新たな風を吹き込んだ。
「――仕掛けるぞ! エドラ、スノウ、ヴァイル、フリード、私と共にヤツを叩く! サリー、エリー、アクア、そしてイスカ!後方で彼らの援護と補助を頼む!」
アリアの鋭い号令が、爆音の響く戦場を貫く。
その声に応えるかのように前衛の四人が、アリアに続いて一斉に地を蹴った。
後方からは四人の魔力が重なり合い、前衛の背を押し、あるいは敵の機先を制する支援の光が放たれる。
バラバラだった個の力が今、スカイホークという一つの巨大な翼となってアヴァリスへと襲いかかった。
アヴァリスは嘲笑を浮かべながらその猛攻をいなしていく。
「無駄だと言っている……!」
彼の手が空を掴むたび空間から魔法の余波が【徴収】され、凝縮された圧倒的な火力となってスカイホークを焼き払わんと解き放たれる。
火花が散り、衝撃波が大地を削る。
一進一退、死線の上での攻防が繰り広げられた。
「邪魔だああ!どけえええ!」
執拗な連携に苛立ちを募らせたアヴァリスが咆哮する。
だが、その苛立ちさえも好機と言わんばかりにスノウ、ヴァイル、フリードが三方向から同時に肉薄した。
「誰か退くかよクソ野郎!」
鋭い体術の連撃がアヴァリスを追い詰める。
「失せろ、羽虫どもが!」
「があ......」
「おおお......!」
「まだだぁぁぁぁ!」
アヴァリスが魔王の右腕を力任せに振るい、三人まとめて力ずくで吹き飛ばした。
だが、その一振りのあとに生じたわずかな隙。
三人が弾き飛ばされたその軌跡を縫うようにして、光銃剣を構えたエドラがすでにその懐へと入り込んでいた。
「うおおおおおっ!」
咆哮と共に、エドラは光銃剣を振り上げる。
その銃口が狙うのはただ一点。
アヴァリスの身に宿る、禍々しき『魔王の右腕』だった。
「その魔法……【買い取って】やる!」
アヴァリスは勝ち誇った笑みを浮かべ、あえて魔王の右腕をエドラの眼前に差し出した。
その無尽蔵な胃袋でエドラの放つ一撃を丸ごと【徴収】して絶望へと変えてやるつもりだったのだ。
しかし、魔王の右腕とは闇そのもの。
対してエドラの光銃剣に宿るのは純然たる光の魔力。
闇にとってその光を飲み込むことは栄養ではなく、内側から身を焼く猛毒に他ならなかった。
「ぬあああああああ!?なんだとおおおおおおっ!」
光という名の劇薬が右腕を蝕み、強烈な拒絶反応がアヴァリスの巨躯を激しく弾き飛ばす。
【徴収】という絶対の理が初めてアヴァリス自身に牙を剥いた瞬間だった。
(この反応……やはり、光なら通じる。行ける!)
勝機はここにある。
確信を抱いたエドラは、攻勢を緩めない。
「斬り裂けええええええっ!」
光銃剣の刃が魔力の奔流を伴ってアヴァリスの右腕に深く突き刺さった。
光の粒子が傷口から溢れ出し、闇の肉を内側から爆ぜさせる。
「うおおおおおっ!離れろ、俺から離れろおおお!この、クソガキがあああああ!」
あまりの激痛に、アヴァリスの余裕が完全に消失した。
なりふり構わぬ咆哮と共に丸太のような太い脚がエドラの腹部を真っ向から捉える。
「が.....はっ……!?」
内臓を潰すような強烈な衝撃がエドラを襲い、その小さな身体は砲弾のように背後の壁へと弾き飛ばされた。
激突。
誰もがその凄惨な衝撃を予感し、息を呑んだ直後――。
「エドラあああああああ!」
フリードの声が響くと同時に宙を舞うエドラの体が淡い光に包まれた。
壁に叩きつけられる寸前でエドラの姿が、フリードの放った星の輝きと一瞬で入れ替わる。
鈍い激突音を響かせたのは、身代わりとなった星の輝きのみだった。
エドラの体は慣性を完全に打ち消された状態でフリードの傍へとふわりと着地する。
「フリード、助かった……!」
「礼はいい、まだ終わってないぞ!」
間一髪の連携が、最悪の事態を回避させた。
「全員聞け!エドラの光が勝利の鍵だ!奴に立て直す隙を与えるな、畳み掛けるぞ!」
フリードの咆哮が周囲の士気を一気に引き上げた。
間髪入れず、アリアとヴァイルが猛然と飛び出す。
アリアは長槍を鋭く突き出し、稲妻のごとき刺突をアヴァリスの急所へと浴びせる。
「うおおおお!」
その一撃一撃が敵の装甲を削り、視線を釘付けにした。
呼応するように、ヴァイルが自らの鮮血を纏わせた籠手を打ち振るう。
「喰らえッ!」
赤黒い魔力を帯びた重い拳がアヴァリスの脇腹を抉るように叩き込まれた。
槍の刺突と血の連撃――二人は死角を突き、息もつかせぬ波状攻撃で巨躯を翻弄していく。
巨躯を揺らして応戦しようとするアヴァリス。
だがその瞬間、スノウが極低温の魔力を大地に流し込んだ。
「ハァ.....ハア...逃がすかよ……!」
凍てつく衝撃がアヴァリスの足元を瞬時に凍結させ、その自由を奪う。
氷の蔦が絡みつくのと同時にヴァイルとアリアはあらかじめ合わせていた呼吸で地を蹴り、敵の間合いから鮮やかに離脱した。
「ハァ……ハァ……。あの右腕にさえ注意して、的確に魔法を叩き込めば、どうってことないな」
スノウは肩で息をしながらもその瞳には冷徹な勝利の意志を宿していた。
彼は視線だけでエリーに合図を送る。
(あんたの空間魔法で、あいつの足元に特大の『落とし穴』を頼む!)
「ええ.....任せて!」
言葉を交わさずともエリーはその意図を完璧に汲み取った。
彼女が地面を撫でるように指先を走らせると座標が狂い、空間が歪む。
凍結したアヴァリスの足元がパズルのピースのように分解された次の瞬間、そこには底知れぬ虚無へと続く「断層の穴」が口を開けた。
「「はああああああ!」」
落とし穴の直上、好機を逃さずサリーとアクアが動く。
サリーが召喚したウンディーネとアクアが生成した巨大な水球が重なり合い、逃げ場を失ったアヴァリスを深淵の底へと叩き込んだ。
「ハハハッ!お前らが魔法を使えば使うほど、俺は永久不滅になるんだよ!間抜けめ!」
底知れぬ穴の中からアヴァリスの嘲笑が響く。
彼は降り注ぐ魔法をその右腕で【徴収】し、略奪した魔力をすべて下半身の筋肉へと強引に流し込んだ。
不気味に膨張する筋繊維。
爆発的な脚力が生み出した跳躍は空間の断層さえも突き破り、アヴァリスを穴の外へと押し上げた。
「―――っくぅぅ!」
脱出の瞬間、アヴァリスの背後を流星のような衝撃が打った。
見下ろせば、そこには両手に礫を抱えたイスカの姿がある。
その小柄な体からは想像もつかない膂力と針の穴を通すような精密なコントロールで放たれた投石がアヴァリスを空中で足止めする。
直後フリードの魔力が星を紡ぎ、空中の怪物を包囲した。
「確かに、その右腕が魔法を吸い尽くす無敵の盾なのは認めてやる。だが――その『右腕』以外を同時に叩き潰せば、どうということはない!」
フリードが指先を踊らせる。
その合図とともに全方位に展開された星から逃げ場を断つ光線が一斉に放射された。
フリードの容赦ない一斉放射にアヴァリスの意識が一瞬だけ途切れてしまう。
再び瞼を開けるとそこには星の目で星と入れ替わった光銃剣を構えたエドラが肉薄していた。
「な――しまっ.....!」
「うおおおおお消えろおおおおおおおお!」
エドラは再び、腕に光銃剣を禍々しい右腕に深々と差し込んだ。




