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勇者の弟子  作者: ヤス
アヴァロンの試練

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93/98

93話、アヴァロンの試練24

何をしても、魔法が自分に返ってくる。

エドラ達の目の前に立つ男は戦う相手ですらない。

あらゆる価値を飲み込み暴力的な利息を付けて突き返してくる、底なしの「欲望(アヴァリス)」そのものだ。


(ああ、こいつらの絶望したこの光景は最高だな)


彼の邪悪な能力に戦慄するエドラ達の光景を眺めながらアヴァリスは愉悦に浸る。

アヴァリスの意識は一瞬、かつての荒れ狂う海の上へと飛んだ。


――あれは、俺が精鋭の船員たちを率いて未踏の海域を航海していた時のことだ。


鉛色の空から降り注ぐ冷たい雨の中、一人の船員が海面に浮かぶ「それ」を見つけた。

黒く、澱んだ、名状しがたい物体。


回収されたそれは、甲板に置かれただけで周囲の温度を奪い、邪悪な腐臭を放っていた。

船員たちは怯え、気味悪がって近づこうともしなかった。

呪物だと、海に捨てろと口々に叫んだ。


だが、俺だけは違った。


その漆黒の塊が放つ禍々しい魔力の脈動。

それが俺の鼓動と共鳴するのを感じた。


これにはこの海をいや世界すべてを支配できるほどの力が秘められている直感的にそう理解した俺は抗いがたい誘惑に駆られて吸い寄せられるように右手を伸ばした。


指先が触れた瞬間、激痛が走り抜けた。


「ソレ」は意志を持って俺の右腕へと無理やり潜り込み、肉を焼き、骨を砕きながら内側から俺を侵食していく。


意識が飛び出しそうになるほどの苦痛の中、脳内に直接、おどろおどろしい声が響き渡る。


―――チカラガ ホシイ カ―――


意識が飛ぶ直前、「ソレ」は自らの正体を語り始めた。

かつて倒された魔王の生まれ変わりであること。

自分と同じ「魔王の残骸(どうぞく)」を探し出し、捕食してさらなる高みへ至ることを望んでいること。

そして、その忌まわしき名が「マモン」であることを。


だが、正直なところ俺にとってはそんなことは心底どうでも良かった。

魔王の因縁だろうが、捕食の本能だろうが知ったことか。


「・・・・・・海を、世界を支配できるのなら、何だっていい」


俺は迷わず、狂喜と共にその契約を受け入れた。

そして右腕の奥深くで今なお囁き続ける「マモン」の意志に向けて冷徹に語りかける。


(マモン・・・・・・貴様の悲顔など興味はない。貴様が望む『同族の捕食』とやらも、俺にとっては効率的な『資産拡大』の手段に過ぎん)


俺はこの右腕を、魔王を、その運命さえも「買い取った」のだ。

ならば使い倒してやるのが買い主の礼儀というもの。


魔王という強欲の化身ですら俺の野望を叶えるための歯車に過ぎない。

回想から醒めたアヴァリスが再び右腕に力を込める。


その瞳にはもはや人間としての光は残っておらず魔王の意志すら飲み込まんとする、際限のない渇望と野望だけが燃え盛っていた。


「とにかくお前らは邪魔だ! 商売が完了したのなら、とっとと目の前から消えろ!」


アヴァリスが吠える。

その右掌からヴァイルの魔法であったはずの「鮮血」が溢れ出した。


鮮血は瞬時に結晶化し、周囲の空気を圧壊させながら洞窟の半分を埋め尽くすほどの巨大な大植へと変貌を遂げていく。


「今度は俺の魔法かよ・・・・・・・! クソがっ!」


ヴァイルが忌々しげに吐き捨てた。

自分の鮮血(まほう)》が、仲間を屠るための凶器へと歪められた屈辱に顔を激しく歪める。


「みんな、私に集まって!!」


エリーの鋭い号令が響く。

アヴァリスが掲げた大槌の影が一同を絶望的な暗間で包み込もうとしていた。


全員がエリーの元へ飛び込むのを確認すると彼女は即座に膝を突き、指先で地面をなぞる。

エリーの魔力に応じ、足元の地面がサークル状に輝きを放ち始めた。


「・・・・間に合わせるか! 死ね!」


アヴァリスの嘲笑と共に山のごとき大槌が凄まじい風圧を伴って振り下ろされる。

空間こと押し潰すかのような一撃が地面に到達する、その刹那――。


エリーたちの姿は、光の粒子となってその場から消失した。


轟音と共に大槌が地面を粉砕して洞窟内に巨大なクレーターを穿つ。

だが、そこに「獲物」の姿はどこにもなかった。

アヴァリスは誰もいなくなった地面を見つめ、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「・・・・・・チッ、逃がしたか。ネズミ共が」


アヴァリスが不快げに毒突いた、その時、


「誰がネズミだって?」


天から降ってきた声。


アヴァリスが咄嗟に顔を上げるとそこにはエリーの空間魔法で真上へ飛ばされたエドラとフリードの姿があった。


星の目(セブタグラムゲイズ)」による極光の輝きを纏い、二人は流星のごとき速度でアヴァリスへと急降下する。


「この位置なら、右腕で吸いきれるか!」


エドラが咆哮し、魔力を一切乗せない純粋な剣技でアヴァリスの脳天を狙って剣を振り下ろした。

フリードの背後から無数の小型のヘプタグラムが展開され、多角的な配置から一斉に極光の光線を放ち始めた。


怒涛の勢いで降り注ぐ光線がエドラの周囲を固めるようにアヴァリスを包囲する。

フリード自身も光線の支援を背に受けながら徒手空拳でアヴァリスの死角へと躍り出た。


「無駄だと言っている・・・・・・・・・・!」


アヴァリスが右腕を天に掲げようとした瞬間、視界の端が真っ赤に染まった。


「逃げ道はないわ!」


上空―――


サラマンダーを駆るサリーがアヴァリスの周囲を一瞬で火の海へと変えた。

逃走を許さず、防御に専念させるための炎の檻。


そして、その火柱の中から、もう一つの「死」が降り注ぐ。


「堕ちろ……ッ!」


サリーの背から飛び降りたアリアが重力加速を味方に槍とともに隕石のような勢いでアヴァリスの真上へと落下した。


極光の支援を受けるエドラの剣。

背後を突くフリードの拳。

そして全質量を乗せたアリアの穿孔。


三方向、文字通りの同時多角強襲。


アヴァリスの強欲な右腕が果たして、この「物理」と「速度」の波を処理しきれるか――戦場が激しく明滅した。


「やはり、物理にはその能力は効かないようだな!」


衝撃波が巻き起こる中、エドラの放った無属性の斬撃がアヴァリスの防御を強引にこじ開けた。


「あいにく。俺たちも拳だけだったらお前の相手は出来るんだよ!」


僅かに生じた死角。

そこへ影のように滑り込んだスノウとヴァイルが一分の狂いもない連携を見せる。

魔力を一切排した純粋な筋肉の爆発。

スノウの鋭い回し蹴りがアヴァリスの脇腹を捉えてヴァイルの重いストレートがその顔面を正面から打ち抜いた。


「ガハッーー!?」


魔力を「徴収」できてない肉体の衝撃がアヴァリスの脳を激しく揺さぶる。


「クソがああああ!」


スカイホーク総出の猛攻、その容赦なき連携にアヴァリスは激昂した。

これまで築き上げてきた絶対的な優位がただの「暴力」によって切り崩される屈辱。


彼は怒りに任せ、パンパンに膨れ上がった右腕を地面へと大きく叩きつけた。


「いい加減に……消え失せろ!」


徴収した「税」の強制執行。

叩きつけられた地面が爆ぜ、そこから先ほど奪われたウンディーネの水が噴水どころか巨大な水の如き勢いてきいた。

地底から突き上げる殺意。


高圧の水流が物理的な壁となりアヴァリスに肉薄していたエドラ、スノウ、ヴァィル、アリア、フリードを強引に弾き飛ばし、戦場を力ずくて引き離した。


「・・・・・さて、清算の時間だ」


アヴァリスが低く呟くと同時に彼の右腕がドクンと大きく脈打った。

奪い、溜め込み、飽和した魔力が右腕を通じてアヴァリス自身の肉体へと「支払」われる。

膨大なエネルギーが血管を焼き、筋肉を無理やり膨張させ、彼の存在そのものを一回り大きくそして不気味に変質させた。


刹那、アヴァリスの姿が戦場から「消えた」。


「ぐっ……!?」


真っ先に声を上げたのはエドラだった。

認識すらできない速度。


アヴァリスの拳がエドラの構えた剣を無視してその腹部にめり込んだ。

衝撃を自覚するより早く、肺の空気がすべて叩き出される。


「調子に乗るなよ、ガキが・・・・・・!!」


アヴァリスが地を蹴り、瓦礫の山から無造作に巨大な岩を掴み取った。

奪った魔力を右腕の筋力に全投入し、その巨岩を上空へ向けて力任せに投げつける。


空気を切り裂く轟音。

投げられた岩はもはや投石の域を超え、砲弾のような速度で直上昇した。


サラマンダーを駆り、上空から支援を送ろうとしていたサリーは回避する間もなくその衝撃に見舞われる。


「きゃっ・・・・・・あああああ!」


巨岩がサラマンダーの身体を激しく打ち抜き、サリーは騎乗のバランスを完全に喪失した。

重力に引かれて彼女は成すすべなく、高空から真っ逆さまに突き落とされる。


「……がっ!」


「が…………うう……!」


アヴァリスの近くにいたスノウ、ヴァイル、フリードを標的に彼らを蹂躙していく。

次々と上がる呻き声。


アヴァリスはもはや人ではない。

他者の魔力を燃料(マナ)として燃焼させ、その爆発的な推進力で空間を跳ねる「略奪の獣」だ。

加速は止まらず、その一撃一撃が重く、鈍い衝撃となってスカイホークのメンバーを潰していく。


「ああ……ぐぉ」


最後に崩れ落ちたのはアリアだった。

かつてないほど強化された圧倒的な身体能力。

理不尽なまでの暴力の前に盤石だったはずの連携は無惨に散らされた。


洞窟の床に伏し、喘ぐスカイホークたち。

その中心に悠然と立つアヴァリスの全身からは奪った他者の魔力が黒い蒸気となって立ち上り、彼を無敵の魔王へと押し上げていた。


残されたエリーとアクアは恐怖におびえながらもそれでも構えた。


「残るはお前たちだ....!」


怪物が一歩また一歩彼女たちに近づこうとした瞬間――。


一つの小さな礫が弾丸の速度でアヴァリスの頭を打ちぬく。

礫が飛んできた方向へエリーとアクアが視線を向けるとイスカが目を湿らせていた。



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