92話、アヴァロンの試練23
濃厚なマナが霧のように澱 む洞窟の奥。
天井の岩肌から差し込む一筋の陽光が暗がりに佇む一柱の影を鮮明に浮き彫りにした。
その異様な存在感にエドラたちは反射的に足を止める。
そこにいたのは、禍々しく変貌した右腕を露わにした海賊の船長アヴァリス。
「こいつが、海賊共を束ねる船長か・・・・・・」
エドラは剣の柄をギュッと握りしめた。
その鋭い眼光を真っ向からアヴァリスへと飛ばす。
エドラの殺気に呼応するように、サリー、スノウ、アリア、アクア、エリー、ヴァイル、フリードたちが一斉に散開し、流れるような動作で戦闘態勢を整えた。
「・・・・・・・なんだ、お前らは?」
己の行く道を阻むように立ち塞がる一行をアヴァリスは不快げに睨みつける。
その苛立ちを体現するかのように彼の右腕が周囲の魔力を強引に引き寄せ、周囲の空気が重く震え始めた。
(なに・・・・・・このプレッシャーは・・・、空気が、吸い込まれていく・・・・・・)
マナの澱む空間で厳然と佇むアヴァリス。
サリーはその圧倒的な威圧感に思わず呼吸を忘れて気圧される。
「お前たち海賊をふちのめす、勇者だ!」
吠えると同時にエドラが地を蹴った。
弾かれたように真っ直ぐアヴァリスへと肉薄する。
その背を追うようにヴァイルとスノウが鋭く連なる。
「そこでずっと突っ立ってろ!」
後方からスノウが氷の矢を連射した。
一矢、二矢。
空気を凍らせながら放たれた煌めきがアヴァリスの死角を突く。
それと同時に、ヴァイルが自身の傷口から溢れる鮮血を瞬時に硬質化させた。
赤黒い結晶の龍手をその腕に纏い、一気に間合いを詰めて拳を振りかぶる。
「捉えた!」
三方向からの同時攻擊。
しかし、アヴァリスは動かない。
その不気味な右腕が獲物を待つ獣のように静かに脈動していた。
「お前たちの魔法・・・ 【買い取らせてもらう】」
アワァリスが不敵な笑みを浮かべ、その禍々しい右腕を無造作に突き出した。
瞬間、右腕を中心に凄まじい「吸引」の渦が発生して反作用のような衝撃波が洞窟内に吹き荒れる。
肉薄していた三人は回避する間もなくその衝撃に呑み込まれ、後方へと吹き飛ばされた。
「なっ……今の衝撃はなんだ!?」
受け身を取りながらスノウが驚愕の声を上げる。
攻撃が届く寸前、まるで空間そのものに拒絶されたような感覚。
「いま言えるのは直感的にアレに触れてはいけない・・・・・・・」
ヴァイルが苦々しく顔を歪める。
「この魔力……どこかで...まさか」
あの右腕から揺れ出る魔力にエドラは拭い去れない既視感を覚えていた。
「三人とも下がって!」
サリーの鋭い制止に三人は即座に後退し距離を取る。
入れ替わるようにして後衛のエリーが空間魔法でタレットを展開して無数の魔弾を掃射した。
さらにサリーが召喚したウンディーネとアクアによる高圧の水流が重なり合いアヴァリスを飲み込まんと殺到する。
「それも【買い取り】だ」
アヴァリスは殺到する連携魔法に対し、逃げるどころか右腕を無造作に差し出して受け止めた。
激突の衝撃が洞窟を揺らす。
直後―――
「その腕を構えている間は隙だらけだな、なあフリード!」
「ああ!」
魔法の光に紛れ、「星の目」で瞬時にアヴァリスの脇へと回り込んだアリアとフリード。
2人の刺突と拳がアヴァリスの腹部と顔面を正確に捉える。
しかし、その強烈な一撃が突き刺さる寸前でアヴァリスはアリアの槍の穂先を左手で鷲掴みにして止めて同時に、フリードの重い拳を頬の肉で強固な壁のように受け止めた。
「……なっ!?」
「悪くない攻撃だ・・・・・・」
衝撃をものともせずアヴァリスが獰猛な笑みを浮かべる。
「アリア!」
アヴァリスが魔法を吸い込み続ける右腕を振り上げてアリアの腹部へ叩きつけようとする。
間一髪、フリードが「星の目」を再発動。
瞬時に彼女を後方へと逃がして自らが身代わりとなる形でその位置へ滑り込んだ。
鈍い衝撃音が洞窟に響く。
アヴァリスの容赦ない剛拳がフリードの腹部に深く沈み込み、彼は成す術もなく弾丸のような勢いで吹き飛ばされた。
受け身すら取れず地面を転がったフリードは内臓が軋む不快な音と共にその場に大きく吐血した。
どす黒い鮮血が洞窟の土を濡らす。
「オエエエ」
「フリードオオオ!!」
絶叫し、なりふり構わず駆け寄ろうとするアリア。
だがフリードは震える腕で地面を突き、掠れた声でそれを制した。
「来るな・・・・・・ッ!」
鋭い一唱がアリアを釘付けにする。
フリードは、激痛に歪む顔を強引に前へと向けてアヴァリスから目を逸らさない。
「いいか・・・・・・、俺のことは気にするな。目の前の敵に・・・・・・集中しろ!」
損傷した腹部を自身の腕で締め上げるように抑えてフリードは泥を噛む思いで立ち上がった。
呼吸をするたびに折れた肋骨が内側から突き刺さるような激痛が走る。
だが、その瞳に宿る闘志は微塵も衰えていなかった。
(・・・・・・骨が数本、いってやがるか。だが、まだ動ける)
アリアは唇を噛み、溢れそうになる動揺を槍の穂先に封じ込めた。
フリードの覚悟を無駄にしないように彼女は再び、氷点下の眼差しをアヴァリスへと向けた
「うおおおおお!」
アリアが再び地を蹴り、一気にアヴァリスの懐へと肉薄する。
槍を構えてその心臓を貫かんとした瞬間。
「・・・・・・これを【返品】しょう」
アヴァリスが愉悦を孕んだ声で囁き、禍々しい右腕を前に差し出した。
無から生じた水の塊がしなやかに形を変えて鋭利な刃となってアリアに襲いかかる。
「かっ……あ……?」
回避不能の問合いで放たれた水魔法。
アリアは激しい水圧に身体を打ち抜かれて、小石のように軽々と吹き飛ばされた。
「水魔法だと・・・・・・!?」
ヴァイルが驚愕に目を見開く。
だが、隣にいたアクアはそれ以上に激しい戦慄に襲われていた。
「この水・・・・・・・この魔力の質感・・・・・・まさか、私の魔法・・・・・!?」
先ほど自分が放ったはずの魔力が、アヴァリスの右腕から「敵」として解き放たれている。
その事実に気づいた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「これも【返品】 そう、今度は『利息』付きだ」
アヴァリスが指先を鳴らすと、宙に無数の氷矢が生成された。
それは先ほどスノウが放った魔法そのもの。
だが、アヴァリスの右腕から放たれた氷矢はオリジナルを遥かに凌駕する魔力密度と速度でエドラたち全員を容赦なく射抜いた。
洞窟内に水の破片が飛び散り、衝撃で全員が地面に叩きつけられる。
自らの魔法で傷つけられるという皮肉な絶望が戦場を支配した。
「こんなの・・・・・・・・どうしろってんだよ・・・・・っ!」
エドラは膝をつき、震える手で剣の柄を握り直した。
自分たちの全力がまるで最初から彼の手のひらで転がされていたかのように無力化され、凶器へと変えられた。
目の前に立つ男は戦う相手ですらない。
あらゆる価値を飲み込み、暴力的な利息を付けて突き返してくる巨大な「穴」そのものだ。
「攻撃すればするほど・・・・・・・追い詰められていくのかよ・・・・・・・」
スノウが力なく呟く。
仲間たちの魔法が仲間たちを傷つける。
その残酷な構図に一行の士気が目に見えて削り取られていく。
アヴァリスの冷徹な笑みが、暗い洞窟内で不気味な光を放っていた。




