91話、アヴァロンの試練22
「・・・・・・うぅ・・・・・アーサー?」
「悪い、雑魚共の一掃で遅れた」
アーサーは腕の中のマーリンを壊れ物を扱うように静かにゆっくりと地面へ降ろした。
「アイツは、俺がやる。お前は少し休んでろ・・・・・・・」
「ありがとう、アーサー・・・・・・」
アーサーはゆっくりと立ち上がり、静かにイーサンを見定める。
その背中からは先程までの森の鳴動をさえ抑え込むような圧倒的な圧迫感が放たれていた。
「その顔・・・・・・・そのオーラ・・・・・・・。あんたが・・・・・・アーサーか」
イーサンの口元が微かに震える。
それは決して死への恐怖によるものではなかった。
語り継がれる伝説―――追い求めた究極の「武」が今、目の前にある。
畏怖を飲み込み、イーサンの胸を支配したのは強者と出会えたことへの純粋な歓喜と魂が沸き立つような圧熱であった。
「アーサあああああああああ!!!」
喉を潰さんばかりの咆哮とともに、イーサンは自制心をかなぐり捨てて地を蹴った。
狂熱に突き動かされたその拳には周囲の森から吸い上げた莫大な生命エネルギーが凝縮され、空間を歪めるほどの圧力を帯びている。
だが、アーサーは眉ひとつ動かさない。
吸い込まれるような速度で放たれたイーサンの豪拳をアーサーは最短距離で伸ばした掌ひとつで受け止めた。
「……!?」
激突の瞬間、大気が爆ぜ、周囲の木々が衝撃波でなき倒される。
渾身の一撃を完全に静止させられたイーサンは目を見開いた。
まるで巨大な山脈を殴りつけたかのような絶望的な手応え。
しかし、その絶望こそが彼の狂喜をさらに加速させる。
「ははっ・・・・・・・すげぇ・・・・・・・これだよ、これこそが俺の求めていた『本物』だ!」
笑いながらイーサンは止まった拳を起点に、至近距離から次々と打撃を叩き込む。
森を揺るがす打撃の応酬。
アーサーは一歩も引かず、岩石のような拳と掌でそれらすべてを真っ向から迎え撃った。
一方その頃、エドラ達は岩山の奥深く影の這いずる洞窟の入口に集っていた。
湿り気を帯びた岩肌をなぞるように冷たい風が吹き抜ける。
「マーリンさんの話では魔力が尋常じゃないほど強大・・・・・・・。恐らく、この先にいるのが海賊の首領に違いないわ」
エリーは一呼吸置き、溢れ出しそうな緊張を抑えるようにマーリンから得た情報を整理した。
彼女の瞳にはかつてない強敵への警戒が滲んでいた。
「……待って、この空気、少しおかしいわ」
一歩踏み出したサリーが眉をひそめて足を止めた。
洞窟の奥から漂ってくるのは、肺を圧迫するような重苦しい空気―――目に見えるほど濃密なマナの残滓だ。
「マナの濃度が濃すぎる……。皆、『マナ酔い』に注意して!最悪の場合、意識を保てなくなる、私とエエドラがそうだったから」
サリーの警告にフリードとアリアが顔を見合わせ、深く頷く。
呼吸を整えて濁った魔力の波に飲まれぬよう、精神の障壁を強固にする。
「船員たちの一掃で、すでに俺たちの体はボロボロだ。・・・・・・だが、ここで引き返すわけにはいかない!」
フリードが自身の傷を厭うことなく仲間の顔を一人ひとり見据えた。
疲労と怪我、そして濃密なマナの障壁。
満身創輿の現状を冷静に分析しながらもその瞳に宿る覚悟は消えていない。
「全員で協力して、一秒でも早くそいつを覧す。いいな?」
「気を抜かず、私たちで勝利を勝ち取るぞ!」
フリードの隣でアリアが折れそうな心を繋き止めるようにそして己に言い聞かせるように力強く仲間を鼓舞する。
返ってきたのは、重苦しい空気を切り裂くような、短い、しかし魂の籠もった咆哮。
「「おお!」」
力強い開の声が上がった直後、エリーがふと足を止めて傍らの小さな人影へ視線を落とした。
彼女は静かに腰を下ろしてイスカと同じ目線になると、優しくその肩に手を置いた。
「イスカ、あなたはここで待っててくれる?」
「私もみんなと一緒に行く! お願い、置いていかないで!」
イスカは強く叫ぶ。
だが、エリーは悲しげに首を振った。
「ダメよ。この先はこれまでの道とは比べものにならないほど危険なの。マナ酔いだって、あなたには耐えられないかもしれない」
「でも・・・・・・でも、私だって役に立ちたい!」
必死に食い下がるイスカの前に今度はエドラが割って入った。
彼もまた膝を折ってイスカと真っ直ぐに向き合う。
「エドラ・・・・・・」
「気持ちは嬉しいさ、イスカ、だかな、団長がお前を可愛がっているように、俺たちだってお前を大事に思ってるんだ、死なせるわけにゃいかねえ」
エドラの指がイスカの頭を慈しむように撫でた。
「それに、お前の役目はもう一つある。これからここへ向かってくる団長やマーリンさんを案内する役だ。この洞窟は迷いやすい。お前がここで二人を待っていてくれないと、あの団長は道に迷っちまうかもしれないだろ? それは、俺たちを助けに来るのが遅れるってことだ。結構、重要な仕事だと思わないか?」
エドラの言葉にイスカは言葉を詰まらせて潤んだ瞳で皆を見渡した。
自分にできる「最善」を諭され、小さな挙をぎゅっと握りしめる。
傷つき、喘ぎ、濃いマナの空気に誰一人として足を止める者はいない。
彼らは再び歩み出す。
暗い間が支配する洞窟の深淵へその先に待ち受ける元凶を断切るために―――。
マナが濃密に澱む洞窟の奥底。
岩肌から染み出した魔力の残滓が紫の霧となって立ち込める中、アヴァリスはただ静かに佇んでいた。
その肩からは鈍い光を放ち、脈動する禍々しい右腕が、まるで意思を持つ蛇のようにぶら下がっている。
「俺は・・・・・・・確かヴェレトと激突して・・・・・・・・それから・・・・・」
混濁した意識を繋ぎ止めるようにアヴァリスは言葉を絞り出した。
脳裏を焼くのは凄まじい衝撃と魔法の光。
ふと彼が顔を上げると遥か高い天井にぽっかりと開いた一筋の天穴があった。
そこから差し込む陽光が暗澹たる洞窟内に一本の光の柱を立て眩い粒子を散らしている。
その温かな光に触れた瞬間、散らばっていた記憶の断片が猛烈な勢いで収束した。
「そうだ。俺はお互いの魔法が相殺し、その余波でここに・・・・・・・吹き飛ばされたのか」
アヴァリスの瞳に宿命の敵との戦いの記憶が鮮明に蘇る。
彼は静かに右腕を握りしめた。
右腕が震えるように鳴動し、洞窟の間をさらに深く染め上げていった。
不気味な鳴動と共に、脳内に直接響くような本能の叫びが上がる。
――ヴェレト.......ヲ.......クワセロ.......!
異形の『魔王の右腕』が、同類という甘美な餌を求めて狂おしいほどに蠢いていた。
血管を逆流するかのような悍ましい拍動。
「・・・・・・・分かっている。そう急き立てるな」
アヴァリスは歯を食いしばり、暴れ狂う右腕を左手で必殺の思いで抑えつけた。
皮膚を内側から引き裂かんばかりの圧力。
だが、その苦痛以上に彼の胸を焼き焦がしていたのは底知れぬ野心だった。
(あの男を食らい、その魔力を根こそぎ奪えば・・・・・・・俺は、さらに・・・・・・この海を支配する真の王となれる)
強大な力に飢えていたのは右腕という呪いだけではない。
アヴァリスという一人の男の魂もまた同様に理性を焼き切るほどの飢餓感に支配されていた。




