90話、アヴァロンの試練21
マーリンは視界を白銀に染め上げるほどの眩い閃光と光芒を森林一帯ごとイーサンへと叩きつけた。
大気が熱を帯び、浄化の光がすべてを消し去るかに見えた。
しかし、光の奔流が収まった跡に広がっていたのは焼土ではなく、異様なほどに青々とそして巨大に膨れ上がった幾何学模様の巨木であった。
森は焼かれるどころか、その光を吸い込み、爆発的な進化を遂げていたのである。
静寂の中、脈動する巨木の幹からイーサンが何事もなかったかのように姿を現す。
その肌には傷一つなく、むしろ溢れんばかりの生命力に満ちていた。
「そんな・・・・・・・馬鹿な!効いてない!?」
自慢の光魔法が敵を討つどころかその糧となった事実。
崩れ落ちるマーリンの目の前でイーサンは静かに、しかし残酷なまでの慈悲を湛えて微笑んでいた。
「――お前の光を『光合成』として受け取り、俺の緑魔法を急成長させた。どうやら、俺たちの相性は最高だったみたいだな」
イーサンの言葉に合わせるかのように周囲の樹木が歓喜に震え、さらなる高みへと枝を伸ばす。
マーリンが放った渾身の光芒は皮肉にもイーサンの緑を加速させて最強の盾と矛へと変貌させてしまったのだ。
「「最高」?……ふ。「最悪」の間違いでしょ?」
不敵な笑みを浮かべてマーリンは震える膝を叩いて立ち上がった。
その手にある錫杖が、足元に幾何学的な光の魔法陣を鋭く刻む。
「吸い取られるなら、放出しなければいいだけの話」
放たれるはずの熱量を自身の肉体へと逆流させ、マーリンの全身が黄金のオーラに包まれた。
光による肉体強化。
魔導師の常識を捨てた一陣の風と化したマーリンは、驚愕に目を見開くイーサンの懐へと一気に踏み込む。
「これならどう!?」
唸りを上げる錫杖が回避不能の速度でイーサンの急所を突き、払う。
魔法の相性を武の技で覆すべく、黄金の軌跡が深い緑の森を切り裂いていった。
だが、イーサンも負けじと野性的な勘でその一撃を読み切る。
錫杖の横なぎを綱のような前腕で弾き、流れるような動作で受け流した。
「あいにく、俺は魔法よりも素手で語り合う方が専門なんだわ!」
不敵に歪めた口元から放たれるのは、爆発的な踏み込みとともに繰り出される俊敏な拳。
大気を切り裂くその拳を、マーリンは錫杖の柄で辛うじて逸らす。
光を纏う魔導師と森の生命力を宿す魔法を扱う格闘家。
錫杖と拳が衝突するたびに激しい衝撃波が周囲の樹木を揺らし、二人は互角のまま死闘の渦へと身を投じていった。
(――かつて、アーサーと共に旅した日々、あの時、身を守る術として叩き込まれた護身術が、まさかこんな形で役に立つなんてね)
不屈の魔導師は脳裏を掠める古い記憶を力に変える。
イーサンの猛攻を紙一重でかわしながらマーリンは、錫杖の石突で相手の腕を鋭く弾き飛ばした。
流れるような円の動き。
その一瞬、イーサンの構えに致命的な空白が生まれる。
(しめたっ!)
好機を逃さずマーリンは黄金の魔力を錫杖の先端に凝縮させる。
無防備になったイーサンの胸部へ向けて渾身の力を込めた一突きを真っ向から繰り出した。
黄金の衝撃に押し込まれるイーサンは派手に後方へと吹き飛ばされる。
地面を削りながら後退するその足は、かつての余裕を完全にかき消していた。
「・・・・・・ふっ、面白い。女だ子供だと侮っていたが、取り消す。これほどの闘気をふつけられてはもはや性別など無意味だ」
イーサンがゆっくりと顔を上げる。
その鋭い眼光は、先程までの冷笑を捨てて獲物を見据える獣のようなーーいや、対等な強者のみに許される『武人』の熱を帯びていた。
(・・・・・・あの目、何かが来る)
肌を刺すような重圧 を感じたマーリンは、光の魔力をさらに高めて錫杖を構え直した。
静まり返る森の中で、二人の闘志だけが爆発寸前のエネルギーとして渦巻いていた。
マーリンは再び錫杖の先端に光を集めて限界まで凝縮させる。
そして一閃、地を強く蹴り、もう一度必殺の刺突を繰り出そうとしたその時。
周囲に生い茂っていた自然の草木が主を守る壁となってマーリンの突撃路を遮った。
(しまっ…………………草木にこの光を当てたら、さらに活性化しちゃう・・・・1)
脳裏を過る戦慄。
だが、強化された身体が放つ慣性と速度は彼女自身の制御すらも超えていた。
「ダメ、間に合わない!?」
悲鳴にも似た呟きが漏れる。
凝縮された先端の光が、無情にも防壁となった木々に触れた。
刹那、強烈なエネルギーを吸った木々は爆発的な活発化を見せる。
猛烈な勢いで伸びた太い枝が回避不能の距離でマーリンを真っ向から撃ち抜いた。
「あぐっ……!?」
内臓を揺らすほどの衝撃が走り、光のオーラを散らしながらマーリンの身体は後方へと勢いよく吹き飛ばされた。
急所をまともに打たれてマーリンは激しい咳き込みと共に地に伏せて悶え苦しむ。
視界が火花の散るような痛みで明滅する中、イーサンの足音がゆっくりと確実に近づいてきた。
「さて、ここで終わりか? 俺はまだまだ戦えるぞ」
勝利を確信したイーサンの声が頭上から降りかかる。
しかし、マーリンは苦問に顔を歪めながらもその瞳から闘志の火を消してはいなかった。
「そう・・・・・・ね。やり方次第では・・・・・・・私はいくらでも、戦い続けられるわ・・・・・・例えば、こんな感じに」
マーリンは地に這いつくばったままイーサンに気づかれぬように震える指先で地面をそっと撫でた。
次の瞬間、イーサンの周囲を全方位から囲むように硬質な光の結晶壁が爆発的にせり上がった。
「……っ!?これは!?」
不意を突かれたイーサンが足を止める。
物理的な障壁でありながら、内側から強烈な輝きを放つプリスムの牢獄。
「『木々』に触れれば、あなたの魔法は際限なく強化される。でも、あなた自身の肉体は、植物ほど光を栄養にはできないはず」
口角に溜まった鮮血を拭い、マーリンは不敵に笑って顔を上げた。
「つまり、その純粋な生身にだけ、直接光魔法をぶち込めばいいのよ!」
「――やらせるかぁっ!」
イーサンが怒号と共に結晶壁の内側で地面へ手を突き出した。
王手をかけたはずのマーリンの足元から不気味な震動と共に一本の若芽が芽吹く。
それは一瞬にして意思を持つ大蛇のような巨木へと急成長し、マーリンの華奢な肉体を根こそぎ巻き込んだ。
「ぶはぁっ・・・・・・!」
無理やり押し戻していた血流が激しい圧迫によって逆流し、マーリンの口から鮮血が虚空へ飛び散る。
「知ってるか?木ってのはな、岩だろうが人工物だろうが、邪魔なものはすべて巻き込んで成長する。・・・・・そして、生物の遺体さえも栄養に変えて、さらにその速度を早めるんだ」
無慈悲な自然の理を説くイーサンの瞳は冷ややかに、しかし確実な殺意を宿してマーリンを見据えていた。
拘束され、搾り取られる魔力。
光の魔導師に最大の危機が訪れようとしていた。
「うあああああああ!」
断絶的な悲鳴と共に巨木はマーリンの魔力を吸りなから天を突くほどにその質量を増していく。
――しかし。
完成を間近に控えたはずの巨木が不自然な震動と共にその成長をピタリと止めた。
(成長が止まった・・・・・・・? おかしい、あの女はまだ中に囚われているはずだ、なぜだ、魔力の供給が途絶えたのか?)
不可解な事象にイーサンが目を見開いたその時、 凄まじい「キシリ」という音と共に鋼よりも硬いはずの巨木の幹に肉厚な『手』がめり込んだ。
「おい、お前。強い奴と戦いたいんだろ?」
静寂を切り裂く凛とした声。
イーサンが驚愕する間もなく、その『手』が指先だけで巨木の表皮を握り潰し、まるで紙細工のように引き裂いた。
ミシミシと木の繊維が断裂する絶望的な破壊音が響き渡る。
「だったらここにいるぜ! 飛びきり強いのがな!」
凄まじい筋力が解放された。
アーサーは剥き出しの握力だけで巨木の中枢を掴み、そのままリンゴでも潰すかのように圧壊させた。
爆音と共に幹が四散し、内側に捕らわれていたマーリンを拘束から引き剥がす。
飛び散る木片の雨の中、マーリンを軽々と抱きかかえて悠然と地に降り立つ影。
そこに立っていたのは、抜身の剣のような鋭い眼光を放つアーサーであった。




