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勇者の弟子  作者: ヤス
アヴァロンの試練

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87/100

87話、アヴァロンの試練15

森の深部―――。


エドラとヴァイルは、連携を崩さぬよう神経を研ぎ澄ませながら一人の男と対峙していた。

そこに立つのは、エドラたちの数倍はあろうかという肥大化した筋肉の塊、クレイン。

彼は両手で扱うことすら困難に見える巨大な無骨の大剣をまるで指揮棒でも扱うかのように、片手で軽々と振り回している。


「おいおい。どうした! かかって来いよ、ガキども!」


クレインが軽く手首を返しただけで、大剣が空気を切り裂き、爆音のような風切り音が森に響く。

その異常な振りの速さに、二人はどうしても踏み込むための間合いを見出せずにいた。


「あんなの、まともに食らったら一溜まりもないぞ・・・・・・・」


エドラの声は震えていた。

彼が感じているのは、単なる巨大な鉄塊への恐怖ではない。

その大剣が、物理法則をあざ笑うかのように「重さ」を失っている異質さへの本能的な拒絶だ。


クレインの魔法——『質量操作(マス・シフト)」。


彼が大剣を握る間、その武器の慣性質量は極限までゼロに近づけられる。

振りかぶる予備動作に時間はかからず、重厚な剣先はナイフよりも鋭く加速する。

しかし、ひとたび標的に接触すれば彼はその質量を瞬時に「本来の重さ」へと回帰させるのだ。

回避不能な速度で迫り、衝突の瞬間に万雷の重圧へと変貌する一撃。


エドラは、大剣が地面を掠めるたびに土煙が舞うほどの凄まじい破壊力を前に骨髄が凍りつくような悪寒に襲われていた。

まるで巨大な肉食獣の檻に放り込まれたかのような、逃れようのない死の予感に喉が乾く。


「・・・・・・冷静になれ。あの大剣だ、振りは速くても軌道は直線的になるはずだ、中距離を保って牽制し、攻め続けるのがベストだろう」


ヴァイルが額の汗を拭いながら、クレインの動きを鋭く分析する。

しかし、彼らはまだ知らなかった。


その「重い」はずの大剣が、次の瞬間には物理法則を無視した加速で自分たちの喉元に迫ることを.......。


ヴァイルは自らの掌を裂き、溢れ出した鮮血を魔力で編み上げていく。

血は空中で赤黒く硬質化し、禍々しい輝きを放つ大鎌へと形を変えた。


「そうなると、リーチの長い得物で対応したほうがいいな」


エドラもまた、ヴァイルが流した血の一部を自らの剣に纏わせる。

血の魔法を受けた刃は、脈打つように長刀へとその姿を変貌させた。

一向に攻めてこない二人にしびれを切らしたのか、クレインが鼻で笑う。


「慎重なこった。だが、それで逃げ切れると思うなよ」


クレインはあの大剣を片手で構えたまま、重力を無視したような軽やかな動作で跳躍した。

巨躯に似合わぬ音のない踏み込み。

瞬時に距離を詰めた彼が振り下ろすのは、先ほどまでとは比較にならないほど()()一撃だった。


「なっ……!?」


回避は間に合わない。

エドラは咄嗟に赤黒い長刀を掲げて頭上から迫る質量を迎え撃った。

耳を刺すような金属音が轟き、エドラの膝が激しく地面を叩いた。

防いだはずの刃を通じて、鉄槌で殴られたような衝撃が突き抜ける。


電流を浴びせられたような激しい痺れが足先まで駆け抜け、骨が軋む悲鳴が脳内に響いた。


「ぬぉぉおお! この速さでこの重さ、パケモンかよこいつは!」


歯を食いしばり、必死に大剣を押し返そうとするエドラ。

しかし、クレインは不敵な笑みを崩さず、さらに片手に力を込めるのだった。


(―――何か来る。ここにいたら死ぬ!)


生存本能がけたたましく警揺を鳴らした。

エドラは反射的に剣を押し返す力を抜き、地を蹴って後方へと跳んだ。


「ほう、ガキの割にはなかなか鋭いな」


クレインが口角を吊り上げる。

逃げる判断の速さに感心したようだが、その瞳には獲物を追い詰めた猛獣の冷徹さが宿っていた。


「だが、それでも遅い!」


振り抜かれた大剣の慣性が「ゼロ」へ書き換えられる。

空振りに終わるはずだった巨剣が物理法則を無視して空中で静止してそのまま不自然なまでの鋭さでエドラの腹部へと突き出された。


(くそっ、止まらないのかよ!)


着地の間際、無防備な空中という絶望的な状況下でエドラは、必死に長刀の腹を盾にしてその巨剣を迎え撃った。

重戦車の突進を至近距離で浴びたような衝撃がエドラを襲う。

辛うじて内臓への直撃は免れたものの、長刀の表面を覆っていた血の装甲がガラスが砕けるような音を立てて剥落した。


無惨なヒビが刻まれ、エドラの体が木の葉のように後方へと吹き飛ばされる。

だが、その直後だった。


「首が隙だらけだ・・・・・・・!」


エドラに追撃の手を緩めないクレインの背後から、影が躍り出た。

ヴァイルだ。

赤黒く硬質化した大鎌が、死神の爪のようにクレインの太い首筋を刈り取らんと迫る。

完全な死角。


いかに質量を操ろうと、振り抜いたばかりの大剣を戻す隙はない一。

誰もがヴァイルの勝利を確信した刹那、クレインが空いた左手を無造作に突き出した。


「甘いな」


金属が擦れる嫌な音を立てて、クレインの無骨な五指が大鎌の柄を真正面から掴み取った。

強引に静止させられた大鎌の衝撃がヴァイルの腕を襲う。

続けざまに、クレインは大鎌の柄を力任せに引き寄せると岩のような手首を強引に回転させた。


質量操作の干渉を受けない「血」の武器でありながら、それを無視するかのような絶対的な膂力。

ヴァイルの体は、自身が振るった大鎌の勢いをそのまま利用される形で宙へと放り投げられた。

地面を転かったヴァイルは、すぐさま受け身を取って体勢を立て直した。

肩の筋肉を強引に捩じ切られたような痛みが走るが、その瞳は冷徹に敵の正体を探り当てていた。


「お前の能力、だいたい見えてきたぞ・・・・・・・」


ヴァイルは口元の血を拭い、大鎌を構え直す。

その視線は、クレインの手元で「羽根のように」軽く回る大剣に固定されていた。


「その大剣・・・・・・触れている間だけ質量を限りなく『ゼロ』に書き換えているな?だから、その体に見合わぬ異常な加速が可能になる」


クレインの眉が僅かに動く。

ヴァイルは確信を深め、言葉を継いだ。


「だが、攻撃を与える瞬間だけ、お前は意図的に質量を戻している。衝突のエネルギーを最大化するために。・・・・・・・そういう魔法なんだろ?」


静寂が森を支配した。

クレインは一瞬、呆気に取られたような顔をしたかやがて太い喉を鳴らして笑い始めた。


「ハハッ、ああ、その通りだ! ガキの割にはいい観察眼た。それが俺の誇る『質量操作』の魔法よ!」


不敵に笑うクレイン。

しかし、弱点を突かれた動揺など微塵も見当たらない。


むしろ、正体を明かした上ですべてを粉砕してやるという絶対的な自信がそこにはあった。

自信満々なクレインを前に、ヴァイルは不敵に口角を上げた。

その笑みには、獲物を罠に誘い込んだ狩人のような冷ややかさが宿っている。


「そして・・・・・・その魔法はあくまで『無機物』限定だ。お前自身や、お前に触れる俺たちのような『有機物』には作用しない」


静かな断定。

クレインの笑いが止まり、不快そうに眉をひそめる。


「・・・・何が言いたい?」


「俺の武器は、俺自身の血でできている。血は体内で生成される生命の象徴だ。魔法というシステムからすれば、それは明確に「有機物」として分類される」


ヴァイルはさらに一歩、重心を低くして言葉を紡ぐ。


「あんたはさっき、俺の鎌を「魔法」ではなく「素手」で受け止めた、質量を無限大にして弾くことができなかったからだ。・・・・・違うか?」


クレインの表情に、僅かな硬直が走る。

ワァイルはその隙を見逃さず死の宣告を突きつけた。


「あの瞬間、俺は大鎌から数満の血を一お前の首筋に付着させた」


「まさか……」


クレインの顔から余裕が消えて首筋に冷たい感触が走った。


「そこにいる白兵戦しか能がない猪突猛進バカと比べて、俺は暗殺が得意でね。俺の血は、遠方からでも()()()()()操ることができるんだよ」


ヴァイルの瞳には獲物を仕留める直前の冷徹な光が宿る。


「貴様ああああああ!」


言葉の裏にある致命的な真意を悟り、クレインが猛然と飛びかかった。

大剣を捨て、丸太のような腕でウァイルの頭部を握りつぶそうと肉薄する。

だが、その指先が届くよりも早く、ヴァイルは静かに指を鳴らした。


「もう。遅い」


パチン、という乾いた音が森に響く。

直後、クレインの首筋に付着していた数滴の血が、生き物のようにその皮膚を食い破った。

体内に侵入した血液は瞬時に硬質化し、鋭利な釘へと変貌して深部へと突き刺さる。


「カッ!?」


クレインの巨駆が、見えない糸に引かれたように硬直した。

ヴァイルの血は的確に頸動脈を内側から破裂させ、噴水のような鮮血がクレインの首筋から宙へと吹き出した。


質量を操る無敵の巨漢が、自らの血の重みに沈む瞬間だった。

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