83話、アヴァロンの試練11
魔王の残骸たちの壮絶な殺し合いが行われていたその頃、聖域アヴァロンに野卑な海賊たちが生い茂る木々を薙ぎ払い、土足で踏み荒らす野卑な足音が蹂躙していく。
略奪の熱気に浮かされる海賊たちの背後で――鬱蒼とした茂みの中に息を潜めて鋭い眼光を光らせる影があった。
ギルド「スカイホーク」のメンバーは、島を揺るがした異常事態を受けて急造された拠点から各地へと分散して侵入者を迎え撃つべく網を張っていた。
林道。
周囲の『へプタグラム』を展開させるフリードと冷静に槍をアリア。
断崖。
短弓を番えたスノウを筆頭に震える手を握りしめるアクアとサリーが崖上から眼下を睨む。
森深部。
エドラとヴァイルが、それぞれの得物を手に静かな闘志を燃やす。
そして団長アーサー1人赴くまま森の中を歩く。
設営された拠点で
魔力で船員たちの気配を感知するマーリンと彼女に合わせて罠を張るエリー。
彼女たちの背後では、イスカが固唾を呑んで静かにその様子を見守っている。
「ポイントに入ってきた。エリーお願い!」
マーリンの合図と共にエリーが指先を鋭く弾いた瞬間、森のあちこちで空間が異様な軋みを上げた。
「――っ!? なんだ、これは!」
先陣を切っていた海賊の一人が不可視の「壁」に衝突したかのようにのけぞる。
直後、足元の地面がパズルのように反転して海賊たちを捕縛する。空間魔法を組み込んだ光の網が獲物を逃さぬよう一斉に空を舞った。
「掛かった! 皆、今よ!」
エリーの号令が緊急通信を通じて各地に響く。
聖なる島を戦場に変えた侵入者たちに対してスカイホークの真の反撃が静寂の森を裂いて始まった。
思わぬ罠と鮮やかな奇襲により、侵入した船員たちは次々と無力化されて森に響いていた野卑な怒号は悲鳴へと塗り替えられていく。
各団員が圧倒的な連携で残党を蹴散らして勝利の女神がスカイホークに微笑みかけた――そう思われた瞬間だった。
「……ちっ、雑魚共が。ま、これだから数だけ集めた連中は使えないか」
林道。
混乱する船員たちを冷徹に叩き伏せるアリアとフリードの前に、一人の男が悠然と姿を現した。
湾曲した刃が特徴的なカットラスを肩に担いで凶悪な殺気を隠そうともしない男――ラカムだ。
その眼光は、単なる略奪者とは一線を画す重みを持っていた。
一方、断崖。
眼下の敵を狙い撃っていたスノウたちの背後から鬱蒼とした茂みの中で不穏な気配が溢れ出す。
サリーとアクアが背筋を凍らせて振り返った先には静かに魔導書を開く一人の女アンナ。
彼女の瞳には慈悲など微塵も存在せず、ただ静謐な魔力がその指先に集束していく。
森深部では、エドラとヴァイルの前に筋骨隆々の巨漢が豪快な笑みを浮かべて立ち塞がっていた。
「ガハハ! ようやく骨のあるのが出てきたな!」
クレインのその言葉と共に周囲の木々が彼の放つ覇気だけでミシミシと軋みを上げる。
そして――。
マーリン、イスカ、エリーが完璧な指揮を執っていたはずの拠点。
その中心に、いつの間にか一人の男が立ち尽くしていた。
イーサンだ。
彼は何をするでもなく、ただ静かにそこに「居る」。
それだけで拠点の空気が氷結したかのように重く沈み、マーリンたちの言葉を奪った。
一部の船員を残して一掃したはずの戦場に真の「怪物」たちが、その牙を剥き出しにして降り立ったのだ。
アリアは銀色の穂先を向けて鋭い眼光をラカムへと飛ばす。
その隣でアリアの肩を静かに叩いて前に出た男がいた。
「あんた、他の船員共よりは少しはマシな動きをするな……幹部か何かか?」
フリードは冷静な響きを帯びた声で問いかけてアリアを庇うようにしてラカムの正面に立った。
その瞳には感情の起伏はなく、ただ標的を捉える猛禽類のような鋭さだけが宿っている。
対するラカムは挑発的な笑みを浮かべて、値踏みするように二人を見つめた。
「まあ、そんなところだな。……それにしても、いいツラしてるじゃねえか、そっちのネーチャン。気に入ったよ! 俺の女にな――」
瞬間―――。
ラカムの言葉を断ち切るように、その頭上の虚空から凄まじい質量が降り注いだ。
『星の目』により、先ほどまで頭上を舞っていたヘプタグラムとフリード自身の位置を一瞬で入れ替えてラカムの真下へ急降下したのだ。
彼はその勢いのままラカムの脳天へ重い踵落としを叩き込んだ。
「がっ……!?」
咄嗟にカットラスの腹で強烈な踵を防いだもののラカムの足元の大地が衝撃で陥没する。
「悪いが、お前じゃあアリアの隣に立つには釣り合わない」
着地したフリードは、冷たい視線でラカムを射抜いた。
「ハハッ! いいねえ、最高だぜ……! 突然消えたかと思えば、空からお出ましか。その妙な魔法、熱々で燃えるじゃねえか!」
ラカムは陥没した地面から、フリードの脚をカットラスで力任せに跳ね除けて獰猛な獣のような笑みを深めた。
その瞳は既に背後のアリアではなく、目の前の「敵」であるフリードへと完全に獲物を定めている。
「いいねえ、たっぷり楽しめそうだ! オラ、来いよ!」
ラカムはカットラスを構え直して地面を爆ぜさせるような踏み込みで、一気にフリードとの距離を詰めていく。
咆哮と共に放たれたラカムの豪快な横一閃。
刃がフリードの肉を断つ寸前、宙に浮かぶ「へプタグラム」がフリードの周囲に集まって幾何学的な紋様を描き、不可視の障壁を構築した。
「――無駄だ」
キィィィィィィンッ!
鼓膜を突き刺すような金属音が響き、カットラスの重い一撃が虚空で火花を散らして弾き返される。
強引な力技を正面から否定されたラカムの体躯が物理的な反動でわずかに仰け反った。
その刹那―――。
「……隙だらけだ!」
冷徹な声がラカムの背後から降り注ぐ。
弾かれた一瞬の隙を突いてアリアが既にラカムの背後である完全な死角へと回り込んでいたのだ。
銀の穂先が冷たく獲物の急所へと解き放たれる。
吸い込まれるように放たれた一突き。
銀の穂先は狙い過たずラカムの分厚い胸板を真正面から貫き通した。
―――決着が付いた。
確信に近いその思いがアリアとフリードの脳裏を過った。
心臓を、あるいはそれに類する中枢を抉り抜いたはずの感触。
噴き出す鮮血が死の刻印であるはずだった。
しかし―――
「……あァ?」
ラカムは胸を深々と貫いた銀の槍を見下ろし、まるで見慣れぬゴミが服についたかのようなひどく場違いな反応を見せた。
そして、ゆっくりと顔を上げると驚愕に凍りつくアリアの至近距離で下卑た笑みを浮かべたのだ。
「いい突きだぜ、ネーチャン。……だが、俺を殺すにゃ、これじゃあ穴が小さすぎるなあ!」
グッ、と。
ラカムは己の胸を貫いている槍の柄を鷲掴みにした。
アリアが引き抜こうとするよりも早く、筋肉の咆哮を上げるような異様な音を立てて彼は自らの肉体から槍を無理やり引き抜いたのだ。
ドシャリ、と腐葉土の上に不快な音を立てて血が撒き散らされる。
だが、ラカムのその瞳には痛みに対する恐怖も死に対する焦りも微塵も存在しなかった。
「な……っ!?」
アリアは思わず息を呑み、後ずさった。
槍を引き抜く際の肉が裂け骨が軋む生々しい音。
そして何よりも致命傷を負いながらも一切揺らぐことのないラカムの眼光が、彼女の戦士としての本能に警鐘を鳴らしていた。
「……どういうことだ!? 心臓を貫かれて、なぜ立っていられる!」
フリードもまた冷静な仮面の裏側で激しい困惑を覚えた。
自身の結界を弾くほどの怪力もさることながらこの男の生命維持システムそのものが既存の生物の枠組みから逸脱している。
ラカムは真っ赤に染まった胸の孔を気にする様子もなく喉の奥から絞り出すような、不気味な哄笑を漏らした。
「ヒャハハハッ! 驚いたか? だが、残念だな……。俺は、まだまだやれるぜ。いや……むしろ、ここからが本番だ!」
ラカムの全身から、それまでとは比べものにならないほど濃密でどす黒い殺気が噴出した。




