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勇者の弟子  作者: ヤス
アヴァロンの試練
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82話、アヴァロンの試練10 魔王の右腕vs魔王の心臓2

アヴァリスの能力を観察するため、ヴェレトは一旦距離を取ると黒剣の刀身を横一閃に振るった。


「これでどうだ.......!」


黒剣から放たれた鋭い影の斬撃が森の空気を切り裂いてアヴァリスへと迫る。

アヴァリスは避ける素振りすら見せない。

彼はただ禍々しい右腕を盾のように前に突き出した。


斬撃がその腕に触れた途端、パリンと硝子が砕けるような音が響くと同時にヴェレトの放った影の力が霧散していく。

それどころか霧散した影を纏っていた濃密なマナの輝きまでもが、吸い寄せられるようにその右腕の節々に吸い込まれていった。


「どうした! さっきまでの威勢はどこへ行った!」


アヴァリスの瞳には奪った力による狂乱の光が宿る。

彼は肥大化した右腕を大きく振りかざして大地を抉るような軌道で拳を叩きつけた。


「――消え失せろ!」


轟音と共にヴェレトが立っていた地点の地面が巨大な獣に噛み取られたかのように爆ぜ、土くれと岩石が四散する。


ヴェレトは紙一重で回避したが衝撃波だけで頬が裂けられ、鮮血が舞った。


「絶望しろ!」


「なるほど、攻撃すればするほど奴の腕が強化されていくのか……厄介だな」


ヴェレトは苦い表情で吐き捨てる。

アヴァリスの右腕は、マナを吸収するたびに赤黒い輝きを増して周囲の空間すら歪ませるほどの質量を感じさせていた。


「バカめ! 何度やっても同じこと!」


アヴァリスが嘲笑と共に再び右腕を盾のように構える。

ヴェレトはあえてその正面から、一点にマナを凝縮させた漆黒の斬撃を放った。

アヴァリスの右腕がそのマナを【買い取ろう】と、大きく口を開くように拍動した――その刹那。


「やはりな。マナの吸収は決まってその『右腕』……ならば、その瞬間こそが唯一の隙だ」


ヴェレトは自身の輪郭を極限まで薄めて足元の影へと沈み込む。

アヴァリスが正面の斬撃を処理して肥大化した右腕に意識を集中させて、彼の背後の影が不自然に膨れ上がった。


「――捉えたぞ」


背後の死角。

ヴェレトが影から這い出るようにして自身を実体化させて無防備なアヴァリスの背中へと黒剣を一閃させた。

その黒き刃が敵の肉を断つ寸前、アヴァリスの周囲の影が粘り気を持つ液体のように隆起した。


「なっ……!?」


次の瞬間、影の中から触手のようにうねる無数の影の鞭が飛び出してヴェレトの黒剣を弾き飛ばした。

それはまさにヴェレトが先ほど放ち、アヴァリスの右腕に吸い込まれたはずの「自らの魔法」そのものだった。


「なんだと……!?」


(俺の魔法……どういうことだ?)


ヴェレトは驚愕に目を見開く。

眼前の影は、ヴェレトが操る闇魔法とは明らかに異質で冷たく貪欲な意志を孕んでいる。


アヴァリスの右腕は奪ったマナを単に力に変えるだけでなく、その術の性質までをも「再利用」して自身の影から出力していたのだ。


不意打ちを完璧に阻害されたヴェレトの前にアヴァリスがゆっくりと、不気味な笑みを浮かべて振り返った。


「なあに、答えはシンプルだよ。お前の魔力を【買い取り】、それを右腕に【支払】ったことで一時的にお前の魔法が使える。それだけだよ」


「ふ、強欲野郎が……」


動揺を悟られないようにヴェレトは口角を吊り上げて不敵な笑みで誤魔化す。

だが、その背中を嫌な汗が伝った。


自分の手の内がそのまま敵の武器として牙を剥く。

これほど戦いづらい相手はいない。


「だから、絶望と共に今すぐお前に魔法を【返品】(かえす)ぜ!」


アヴァリスが傲然と右腕を振りかざした。

爪先から溢れ出した黒いマナが凝縮してヴェレトが先ほど放ったものと同じ影の衝撃波がさらに凶悪な質量を伴って撃ち出される。


「他人が唾をつけた粗悪品など、返品は不要だな!」


ヴェレトも負けじと足元の影を爆発的に膨張させた。

本家の意地を見せるように凝縮された闇のマナを巨大な一撃へと変えて真っ正面から迎え撃つ。


漆黒と漆黒。

二つの影の衝撃波が空間の中央で激突した。


――ドォォォォォンッ!


周囲一帯の森が悲鳴を上げ、地響きと共に大気が震える。

激突の余波だけで巨木が根こそぎ吹き飛び、爆風が渦巻いて視界を白く染め上げた。


凄まじい魔力の反発。

「くっ……!」


「ほう……!」


想定を上回る衝撃に両者の体が弾かれた。

衝突地点から発生した猛烈な衝撃波が、二人の存在を拒絶するように左右へと力任せに押し流す。


アヴァリスは背後の山肌へと弾き飛ばされた。

幾本もの大樹を背中でへし折りながら彼は岩壁の深部へと深くめり込んでいく。


一方、ヴェレトは反対側の断崖――海の方角へと一直線に吹き飛ばされた。

空中で受身を取る余裕すら与えられず、彼は崖下の荒れ狂う波間に向かって真っ逆さまに突き落とされた。


巻き上がる砂塵と潮騒(しおざい)の狭間で、二人の気配は急速に遠のいていく。


「……ハァ、ハァ……。クソっ、あいつ……」


山肌にめり込みそのまま山の中の洞窟最深部まで突き落とされたアヴァリスが、吐血と共に忌々しそうに空を見上げた。

右腕の脈動は既に限界を超えて全身の筋肉が悲鳴を上げている。

今の彼にはもう一度あの崖まで走る体力も海へ落ちた敵を追う執念も残されていなかった。


一方、激しい水飛沫と共に海へと呑まれたヴェレトもまた深い青の底へと沈みながら意識を遠のかせていた。

黒剣が手から滑り落ち、四肢に力が入らない。


互いに全力。

そして、互いに致命的な一撃を喰らい、物理的な距離によって戦闘は強制的に中断された。


山と海。

あまりに遠く引き離されたその場所で二人の怪物は動くこともできず、ただ遠くの戦場を睨みつけることしかできなかった。


決着はつかなかった。

このアヴァロンの島で火蓋を切られた因縁はより深く、より逃れられない鎖となって二人を繋ぎ止めていた。


「ハハハ、『魔王の残骸』同士は食い合い、殺し合う........か」


アヴァリスは一人、闇に溶けるようにして意識を手放した。

島を巡る戦いは決着を見ぬまま、さらなる混迷の渦へと飲み込まれていく。


(……動け……。動けよ、俺の身体……)


暗く、冷たい海の底。

ヴェレトの意識は、吐き出された気泡と共に薄れていく。

視界は既に混濁(こんだく)し、届かない海面に揺らぐ月明かりさえもが砂嵐のようにひび割れて見えた。


(あいつは……必ず……俺の手で、ころ……)


最後の一絞り。

ヴェレトは泥のように重い腕を伸ばして虚空を掴もうとした。

指先が冷たい水流を掻き、わずかに痙攣する。

だが、燃え上がるような殺意を以てしても物理的な限界は残酷だった。


振り絞った力は波に溶けて伸ばした腕は抗うことなく力なく垂れ下がる。

肺に溜まったわずかな空気が口端から漏れて気泡となって地上へ上がる。ヴェレトの視界から光が完全に消失した。


ヴェレトはそのまま、音のない深い闇の深淵へと静かに沈んでいった。


その背後で、二つの怪物が凄絶なぶつかり合いを演じていたことなど知る由もないアーサー率いる「スカイホーク」の面々は島を侵食し始めた殺気に応じるように各地で静かにだが確実に戦闘配備を完了させていた。

立ち込める潮の香りに混じるのは不吉な鉄の匂い。

迫りくる略奪者たちをこの聖域で迎え撃つべく、森の静寂が、嵐の前の張り詰めた緊張へと塗り替えられていく。




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