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勇者の弟子  作者: ヤス
アヴァロンの試練
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81話、アヴァロンの試練9 魔王の右腕vs魔王の心臓1

ヴェレトはアヴァリスの反撃が来ることを予測して彼の影に再び潜り木々の影へ移動する。

木々の影へ移動と同時に影からうねる生い茂る森の中――。

ヴェレトは黒い外套を不吉な凶鳥のように翻し、地を滑るように駆けていた。


(あいつと……エドラを絶対に会わせるわけにはいかない。エドラがあの男と会う前に、俺の手であの『同類』を仕留める!)


ヴェレトの視界を焦燥と決意が交互に塗りつぶす。

海賊船の中に潜んでいたあの身の毛もよだつほど冷たい『同類』の気配。

それを一刻も早く、そして確実にこの世から消し去るために彼は木漏れ日を切り裂いてひたすら前へと突き進む。


――突如、走り抜けるその背後から心臓を直接掴み取られるような強大な殺気が突き刺さった。


「……っ!」


ヴェレトは足元の腐葉土を深く蹴り、急停止して振り返る。

静まり返った森の奥から木々の隙間を縫うようにして一人の男が歩み寄ってきた。


アヴァリスだ。

彼は包帯の巻かれた右腕をだらりと下げてヴェレトを....いやヴェレトの深淵を射抜くかのような、無機質で冷徹な眼差しで睨み据えていた。


「……逃げ足だけは速いと思っていたが。やっぱり、そこに居たんだな。『魔王の心臓』……」


アヴァリスの口から漏れたのは歓喜でも怒りでもない、ただ獲物を特定したことへの確信。

その声は森の湿った空気を重く震わせる。


ヴェレトは鋭く目を細めて静かに腰の剣を引き抜いた。

漆黒の刀身が日光を吸い込むように鈍く輝く。


「そっちから迎えに来てくれるとは有り難いな。おかげで手間が省けた……」


ヴェレトは剣先をアヴァリスの心臓へと真っ直ぐに向けて低く、地を這うような声で宣言した。


「お前をここで排除する。……二度と目覚めぬよう、塵も残さずにな」


「やはり、お前も理解してんだな。『魔王の残骸(おれたち)』は同族への共鳴意識が薄く、殺し合うように定められているのだと…….」


「魔王が遺した、ただ一つの呪いだからな。『残骸』同士でお互いを喰らい、一つの完成体へと至れという……。『残骸』同士お互い仲良く食い合えってな」


ヴェレトは冷徹に言い放ち、低く黒剣を構える。

剣先を向けられたアヴァリスは不敵に笑うと、幾重にも執拗に巻かれた右腕の古びた包帯を一気に引き剥がした。

露わになったのは人の肌の色を失い、赤黒い血管が脈打つ異様な造形――そして、肘から先が禍々しく肥大化した「魔王の右腕」だった。


「『魔王の右腕』の糧となるがいい、同類よ」


アヴァリスが腕を振るう。

その直後、大気が悲鳴を上げた。

右腕から放たれた邪悪な黒い衝撃波が周囲の巨木を容易くなぎ倒しながら、ヴェレトへと牙を剥いて殺到する。


ヴェレトは迷いなく、漆黒の剣身を腐葉土の地面へと深々と突き刺した。

それと同時に彼の輪郭が陽光の下で揺らいでいき液体のように自身の影へと溶け込む。

迫りくる衝撃波は空しくその上を通り抜けて背後の巨木を粉砕した。


アヴァリスが僅かに眉を動かしたその刹那。

彼の足元に伸びる影が不自然に波立ち、内側から鋭い殺気が噴出した。


(――取った!)


背後の虚空から這い上がるように出現したヴェレトが黒剣を高く振り下ろす。

逃げ場のない死角からの強襲。


黒い刃がアヴァリスの首を捉えようとしたその瞬間、森に金属同士が激突する甲高い衝撃音が響き渡った。

肘から突き出た、白く尖った骨の刃。

それが不気味な角度で競り上がり、背後から迫るヴェレトの黒剣を真正面から弾き返したのだ。


「くっ……!?」


手応えのなさにヴェレトが呻きを漏らす。

アヴァリスは振り返ることなくまるで背中に目があるかのような動きで、強靭な「右腕」を後方へと一閃させた。


ヴェレトは追撃が来ることを寸前で予見して再び自身の輪郭を曖昧にする。

振り抜かれた異形の拳が空を切るより早く、彼は足元の闇へと潜り込み、数メートル先の巨木が落とす深い影へと転移した。


実体を取り戻すと同時にヴェレトは左手を大地へとかざす。


「逃がしはしない……!」


呼応するように木々の影が意思を持った蛇のようにうねり、無数の触手となって伸びる。

先端を鋭利な針のように尖らせた影の鞭が全方位からアヴァリスを刺し貫こうと殺到した。


「我が右腕よ。……影の【対価】を【買い取る】」


アヴァリスが低く、地を這うような掠れた声で呟く。

直後、空気を切り裂き迫っていた無数の影の鞭たちがまるで時が止まったかのようにその場で凍りついた。


「なにっ……!?」


ヴェレトの驚愕を余所に影の鞭たちはその形を無惨に崩して漆黒の霧へと霧散していく。

しかし、それは単なる消滅ではなかった。


影を構成していた濃密なマナが、アヴァリスの「魔王の右腕」へと吸い込まれるように収束し、赤黒い血管の拍動をさらに激しく加速させていく。


ヴェレトの術そのものが、アヴァリスの糧へと還元されたのだ。


「――これが、俺の……いや、この『魔王の右腕』が生まれ持つ魔法……『強欲』だ」


アヴァリスは、力を得てさらに禍々しく拍動する右腕を愛おしそうに見つめて嘲笑を浮かべた。


「他者のマナを【通貨】として強制的に没収し、この腕に【支払う】ことで、絶大なる出力を維持し続ける。……奪い、喰らう。それが俺に与えられた唯一の力だ」


ヴェレトの額を冷たい汗が伝う。

目の前の男は、ただ魔法を無効化しているのではない。こちらの全力をそのまま自らの暴力へと変換しているのだ。


「絶望しろ。お前が足掻けば足掻くほど、俺の『強欲』は肥え太り、お前をなぶり殺すための牙となるのだからな」


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