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勇者の弟子  作者: ヤス
アヴァロンの試練
80/96

80話、アヴァロンの試練8

フリードがヴァイルエリーペアと交戦していた時まで少し遡る。

不気味な髑髏を象った帆を掲げて巨大な影がアヴァロンの聖域を侵食していく。

海賊船の甲板では、略奪を予感して昂ぶる船員たちが「いまか、いまか」と獲物を待ち侘びる獣のように狂乱に近い熱気を帯びていた。


本来、聖地アヴァロンは特殊な海流と国が隠匿する秘密の航路によって守られており、アウトローな彼らが辿り着くことなど万に一つもあり得ないはずの場所。


だが、彼らはここにいる。

たった一つだけ聖域の守護すら無力化し、禁忌の地を正確に指し示す羅針盤――”魔王の残骸”(レギス・レリック)を手にした者がその呼び声に導かれたという一点を除いては……。


「国が厳重に隠匿する秘境に、この俺たちが土足で踏み込める……。これ以上の快楽があるかよ! なあ、船長!」


操舵席の近くで、船員のラカムが下卑た笑みを浮かべる。

彼は興奮と心酔の入り混じった眼差しを船長アヴァリスへと向ける。


「……あそこに、俺の求めていた『モノ』がある。間違いなくな」


アヴァリスはラカムの言葉を気に留める様子もなく、ただ静かに、そして執念を孕んだ双眸(そうぼう)でアヴァロンの島影を見据えた。

その視線は島を通り越し、その最奥に眠るであろう、魔王の残骸(モノ)を既に射抜いていた。


揺れるマストの頂、監視台。

女船員アンナは古びた魔導書を片手に静かに瞼を閉じていた。

彼女の意識は、既にここにはない。


召喚した精霊「マーメイド」へと乗り移って船に先駆けてアヴァロン周辺の海域を水底から滑るように索敵していた。


(……おかしいわね。ただの島にしては、人の気配が濃すぎる)


マーメイドの瞳を通じて送られてくる視覚情報に、アンナは眉をひそめた。


波打ち際、砂浜に残された不自然な跡。

切り開かれたばかりの木々。

それらは、ここが長い間人の立ち入りを拒んできた「秘境」ではないことを雄弁に物語っていた。


(あの建物……いえ、あれはただの建物じゃない。隠れ家? それとも――軍のアジト?)


入り江の奥、崖の陰に身を隠すように設置された「スカイホーク」のアジトをマーメイドの透き通った瞳が捉える。

新しく、そして組織的に整えられたその拠点の姿にアンナは唇を吊り上げた。


「……面白いわ。先客がいるなんて、お宝の分け前が減っちゃうかしら?」


アンナはゆっくりと目を見開く。

その瞳には、略奪者特有の狡猾な光が宿っていた。


「アヴァリス!どうやら既に私たちよりも先に「お客様」が来島してるわ!」


不意に、アンナの声がマストの上から鋭く甲板へと降ってきた。

感情を削ぎ落としたその声は冷たい静寂を伴って甲板に響く。


「マジかよ!騎士団連中か?」


アンナを見上げたのは荒くれ者のクレインだ。

獲物を横取りされることを何より嫌う彼は、血走った目で早くも殺気を放つ。


「正規の騎士団ではないわね。装備や統制の取り方から推測するにただのギルドね。……衝突は避けられないわ」


アンナは瞼を閉じたまま一片の揺らぎもなく事実のみを告げた。

その態度は、目の前の不確定要素をただの「排除すべき障害」として処理する冷静な術者そのものだった。


「船長、どうする?財宝略奪の障害になるなら、排除するが......」


甲板に立つ船員イーサンが、一切の私情を排した声でアヴァリスに問いかける。


「既に邪魔が入っているなら、砲撃で牽制しつつ強引に接岸するのみだ。……目的を果たすためなら、死体の山を築くことも厭わん」


アヴァリスは冷徹に言い放ち、全船員へと非情な進撃の指揮を下した。


アヴァリスが傲然と顎をしゃくると、それに応じるようにして重厚な鉄の軋みが甲板に響いた。

船員たちが手際よく巨砲を旋回させてアヴァロンの島肌へとその漆黒の砲口を向ける。


「――撃て」


アヴァリスの静かな死の宣告と共に、空気が爆ぜた。

凄まじい反動が船体を揺らし、放たれた鉄塊が咆哮を上げて空を切り裂く。


次の瞬間――

島の中腹に突き出していた岩山が、内側から弾けるように爆散した。

衝撃波が森をなぎ倒して立ち昇る噴煙がアヴァロンの静寂を無惨に塗りつぶしていく。

接岸への強引な地ならしが、今ここに始まった。


巨大な錨が唸りを上げて海中に投下されて飛沫と共に海底へと突き刺さる。

船の巨体が浅瀬に固定されると、手際よく数艘(すうせき)の小舟が降ろされた。


海賊たちが飛び乗った小舟は波を切り裂き、白い飛沫を上げながらアヴァロンの岸辺へと迫る。

やがて鈍い衝撃と共に砂浜へと乗り上げると、野卑 (やひ)な熱狂を湛えた略奪者たちが次々と上陸を開始した。


「俺は目的の『魔王の残骸(ブツ)』を探しに行く。……お前たちは、好きにしろ」


アヴァリスは背後に控える船員たちを振り返ることなく、淡々と言い放った。

何重にも及ぶ包帯で固く巻き上げられたその右腕が島の奥から響く微かな脈動に呼応するように、ドクンと不気味に疼く。

それを無造作に左手で押さえながら彼は一人、獲物を狙う獣のような足取りで砂浜を踏みしめて歩を進める。


その背に、ラカムやクレインを筆頭とした船員たちが飢えた狼のような笑みを浮かべて付き従う。

アヴァリスに「好きにしろ」と言われて退く者など、ここには一人としていない。

彼らにとって船長の歩む道こそが、最高の略奪と殺戮へと続く唯一の航路なのだから。


一方、不気味な海賊たちが島へとなだれ込む喧騒から離れた森の深部。

ギルド「スカイホーク」の面々は試験の中断と島を揺るがす異常事態を受けて急造された拠点へと集結していた。


「なんで、海賊たちがココに?一体何が起きているの? 」


不安を隠せない様子のサリー。

その隣では、アクアが「はわわわ……」と力なく声を漏らしながら、落ち着きなく周囲を見渡していた。


「ここは国が指定するダンジョン……。そもそも立ち入り自体が厳しく制限されている上、特殊な航路を使わなければ辿り着けないはずなのに。どうして奴らが……」


アリアが顎に手を添えて厳しい表情で沈思(ちんし)する。その隣で、フリードがアーサーへと視線を向けた。


「団長、どうしますか?」


「試験は中止だ。敵が来たなら俺たちで迎撃する。ただそれだけだ」


アーサーは迷いなく断を下した。その声に宿る静かな闘志が拠点に漂う不安を払拭していく。


「まあ、そう来なくちゃな!」


アーサーの意向に賛同するスノウは手際よく短弓の弦を弾いて状態を確認する。


「あいつらに試験を邪魔されたのは気に入らないしな」


それに呼応するように、ヴァイルが鋭く視線を尖らせた。

その最中、アーサーは傍らに立つ愛娘へと向き直った。


「イスカ、お前はマーリン、エリーと一緒に安全な場所に隠れていろ。……いいな?」


不測の事態。

愛する娘を戦火に晒すわけにはいかない。

アーサーの声には団長としての厳格さと、父親としての深い慈愛が入り混じっていた。


イスカはその言葉を噛みしめるように一度だけ深く頷くとアーサーは傍らに控えるマーリンへと視線を向けて「イスカを頼む」と重みのあるアイコンタクトを交わす。


拠点が慌ただしく実戦配備へと移り変わる中、エドラだけは濡れた体を温める焚き火の炎をただ一人虚ろに見つめていた。

爆ぜる薪の音も、周囲の喧騒も、今の彼には遠い世界の出来事のようにしか感じられない。

普段なら真っ先に吠えて、誰よりも熱く先陣を切るはずの男が魂の抜けた殻のように動かずにいた。

そんな彼に異変を感じたサリーが静かに歩み寄る。


「エドラ、大丈夫なの……? なんだか、元気ないみたいだけど」


「……あ?」

サリーの声にエドラは一拍遅れて顔を上げた。

その瞳には、いつもの眩いばかりの熱情はなく深い困惑の(おり)が沈んでいる。

エドラの脳裏では、ヴェレトが川へ投げ飛ばした後に吐き捨てた言葉が呪いのように繰り返されていた。


『前にも言ったはずだ、俺はお前と戦う気なんて微塵もない! それに今は、そんな馬鹿げたことをしている場合じゃない!』


(あいつは俺と戦うのを躊躇って戦うことすら拒んだ。……いや、相手にすらしてないのか?)


握りしめた拳が、怒りと情けなさで小さく震える。

一体、あのヴェレトという男は何者なのか。

あの一瞬の接触の際、指先から伝わってきたあの不気味で冷たい感触は一体何だったのか。


サリーの心配そうな眼差しに気づき、エドラは慌てて顔を叩いて強引に頬を吊り上げた。


「ん、ああ……! 大丈夫だ! 悪い、ちょっと考え事してた!」


いつもの笑みを無理やり作り、彼はバッと立ち上がる。

水を含んだ重い服を振り払うように、エドラは大きく両腕を広げた。


「よし! 燃えてきた! 海賊だかなんだか知らねえが、まとめてぶっ飛ばしてやる!」


その空元気すぎる宣言にサリーは納得したような、それでいてどこか釈然としない表情を浮かべて頷くのだった。

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