8話、兄と弟3
森の奥深くへと駆けるエドラ。その足音が遠ざかっていく一方で、サリーとスノウはニクスとリベーナを足止めしていた。
リベーナの魔法陣から迸る青白い光が、容赦なくサリーに襲いかかる。サリーは後退しながら炎の精霊サラマンダーの炎を盾にするが、防戦一方だった。
(……強い。……けど――)
リベーナの瞳は虚ろで、動きは鋭いがどこかぎこちない。
(操られてる……だからだ。攻撃は強烈だけど、動きが単調……!)
サリーは決意し、サラマンダーの耳元で小さくささやく。
「サラマンダー……お願いがあるの」
赤い精霊は主の真剣な瞳を見つめ、静かに頷く。
サラマンダーが火球を放つ。リベーナは魔法陣を展開し、炎球は爆ぜて土埃が森に広がった。
リベーナは揺らめく影に青い閃光を撃ち込む――が、手応えはない。
その瞬間、背後に現れたサリーが手をかざした。
「――ウンディーネ!」
透明な壁が形成され、リベーナを包み込む。水の結界。内部は呼吸できない水の世界。
リベーナの力が抜け、意識が落ちていく。
「……よし……!」
サリーは膝から崩れ落ちた。サラマンダーを戻し、残った少ない魔力でウンディーネを再召喚、さらに自分の水分身まで作り即興で囮にした――限界すれすれの戦い。
「はぁ……はぁ……なんとか……勝てた……」
サリーが倒れこむ横で、スノウと兄ニクスの戦いは激しさを増していた。氷矢の生成速度は互角……だが、わずかに兄のほうが速い。
ニクスの目は虚ろで、ためらいが消えていた。ただ機械のように矢を射つ。二撃、三撃、四撃――凄まじい速射。
スノウは咄嗟に地面へ魔力を流し込む。
「凍れッ!」
隆起する巨大な霜柱が壁となり、矢をすべて防ぎ切った――かに見えた。
しかし五撃目が滑り込むように霜柱を回避し、スノウの鳩尾に突き刺さる。
「……ッガ……!」
呼吸が止まり、視界が一瞬白く染まる。
立ちすくむスノウへ、霜柱の脇から四本の氷矢が飛ぶ。手足に突き刺さり、続く魔力を込めた必殺の一矢が霜柱を貫いて爆ぜ、スノウは吹き飛ばされた。
地面へ倒れ込み、兄の冷たい影が覆いかぶさる。
(――終わった……)
だが、脳裏に浮かぶのはあの言葉だった。
『今が兄貴を超えるチャンスなんじゃねぇのか?』
(……エドラの言葉……)
逃げたくなるほど痛い。怖い。けれど――
「『兄貴は俺がやる』って……言っちまったんだ……!」
スノウは短弓を杖代わりに立ち上がる。
(兄貴が強くなるたび……俺は置いていかれる気がして……怖かったんだ……
独りになるのが……嫌だった……)
(でも――違う。スカイホークにいる限り……俺は、もう独りじゃねぇ!)
ボロボロの体を引きずり、三歩退いて距離を取る。
ニクスは深追いせず、その場で必殺の氷矢を生成しはじめた。圧縮されていく冷気。これが直撃すれば、命はない。
(兄貴を超えて……兄貴の隣に立つんじゃねぇ。
兄貴やみんなを……守るために!)
「アンタを超えるまで俺は死ねない……!
俺は……あんたを超えるんだ!!」
スノウは最後の魔力を一矢に注ぎ込み、弦を引き絞る。震える指を抑え、照準を固定し――
同時に、二人は矢を放った。
「うおおおおおおおッ!」
矢同士が激突し、周囲の木々が震えるほどの衝撃波が走る。
そして――スノウの矢が兄の矢を弾き飛ばし、そのままニクスの胸へ突き刺さった。
冷気の霧が森へ漂い、サリーが絶句する。霧が晴れると、手足を凍結させられて倒れ込むニクス。そしてそれを見下ろし、歓喜の雄叫びを上げるスノウの姿があった。
「すごいよスノウ!これで問題解け――」
「――何が“解決”だって?」
背筋に凍りつく殺気。聞き慣れた声なのに、今は地の底から響くような冷たさ。
サリーはゆっくりと後ろを振り返る。
仁王立ちで腕を組み、怒気を全身から放つアリアがいた。
(……お父さん、お母さん……娘が先に逝きます……)
サリーは心の中で深く手を合わせた。
そのころ、ようやくエドラはクエスト対象であるベヘモトを発見していた。
森の木々をも覆う巨体。太い鼻を丸め、猫のように眠る巨獣。
「でけぇ……!」
魔力を流し込み、情報を読む。
――レベル39。
「この大きさでこのレベルか……倒し方考えねぇと、スノウたちが危ないな……」
慎重に策を練ろうとしたが――
「あー、もう考えても仕方ねぇ!寝てるし……先手必勝!」
剣を抜こうとした瞬間、背後から殺気。
振り向くと――アーサーがいた。
(…………終わった)
エドラは正座させられ、アーサーは背を向けたまま説教を始める。
「おまえなぁ、勝手に突っ込むなって何度言わせんだよ!」
「……今それどころじゃないんだけど」
「なんか言ったか?」
「いえ!言ってません!」
アーサーの怒声が森を揺らし――ベヘモトが目を覚ます。
「団長!起きてる!ベヘモト後ろ!後ろって!!」
しかしアーサーは説教続行。
苛立ったベヘモトが前脚を振り上げ――
「人が説教してる最中にゴチャゴチャうっせぇんだよ、テメェは!!」
一喝。
アーサーの拳がベヘモトの頭を粉砕し、巨体は崩れ落ちた。
エドラは絶句した。
アーサーはエドラを片手で抱えて戻り、キャンプ地は賑やかだった。
テントではホワイトベアーの三人が治療を受け、外では正座したサリーと、それを説教するアリア。
その中で、スノウは兄を介抱していた。
意識を取り戻したニクスの傷だらけの体を見て、スノウは胸が痛んだ。
(……俺以上に、兄貴は……苦しんでたんだな)
「スノウ……すまない。ひどいことをした……」
「兄貴たちに責任はないよ。アリアさんが調べてくれたんだけどベヘモトは鈴のような音を発してそれを聞いた生物は操られてしまうんだって、俺たちは同期の召喚魔法の結界で防げたから何ともなかったんだ」
ニクスは弟を見つめる。
「俺はお前が思い悩んでいたことを知っていた。ランスロット団長と相談して、スカイホークで移籍させれば少しはお前の悩みは解消するのかと」
「まあ移籍したおかげであっちの方で別の悩みは出来たけどな」
軽口で返す弟の笑みを見たニクスは微笑む。
「どうする?お前がホワイトベアーに戻りたいなら団長と掛け合うが.....」
「いや、もう少し俺はスカイホークで頑張ろうと思う!」
笑顔で答えたスノウに、ニクスもほっと微笑む。
ゾインは微笑ましくその光景を眺め、リベーナは――初めて見るスノウの笑顔に、少しだけ驚いたように目を丸くしていた。
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