79話、アヴァロンの試練7
誰もいないはずの「聖地」。
そこに部外者が紛れ込んでいた事実にフリード、ヴァイル、エリーの三人は騒然となる。
ランク昇格試験で緊迫していた空気が一瞬にして凍りついた。
だが、最も困惑し、衝撃を受けていたのは他ならぬヴェレト自身だった。
彼は、己の内に潜む「悪しき闇」がこれ以上誰かを傷つけぬように人生最期の地としてこの島を選んだのだ。
強大な光の加護に満ちたこの聖地でその慈悲に抱かれながら、誰にも知られず孤独な死を迎えようとしていたのである。
「......ここって無人島でしょ?なんで人が!?」
エリーが思わず声を上げる。
「そもそも、こんな神聖な島で人が住むの禁じられているはずだ。……おいアンタ、一体誰なんだ?」
ヴァイルも鎌を構えたまま警戒を露わにした。
二人が困惑する中、フリードはいち早く戦闘態勢を解いた。
彼は刺さった棘を躊躇なく引き抜くと呆然と立ち尽くすヴェレトへとゆっくりと歩み寄る。
「俺はフリード。あんたの名前を聞かせて欲しい」
「俺の名前はヴェレト......すまない、あんた達がこの島にいたなんて知らなかったんだ......」
ヴェレトは困惑しながらも謝罪を口にする。
「大丈夫だ!それは俺たちも同じだ」
フリードはヴェレトを威圧せぬように少し離れた位置で足を止めた。
一人の大人として、また一人の団員として、相手を落ち着かせるための穏やかな声を紡ぐ。
「俺たちこそ、民間人がいる事も知らずにここで勝手した俺達の落ち度だ。驚かせてすまない」
フリードは状況を説明するため、誠実な眼差しで言葉を継いだ。
「俺たちはスカイホークというギルドで、今ランク昇格試験の試験会場として借り受け、ランク昇格試験を行っている最中だ。……ヴェレトと言ったな。ここはまだ危ない、試験が終わるまで俺たちの拠点で大人しくしていてくれないか?」
ヴェレトの肩がわずかに揺れる。
フリードは彼の不安を拭い去るように力強く、そして確かな響きで付け加えた。
「試験が終われば俺たちはすぐにこの島を立ち去る。……約束する。だから、今は俺たちの保護下に入ってくれ」
フリードの毅然とした態度にヴェレトの強張っていた肩がわずかに緩む。
この場所で自分を害そうとする意志がないことを悟り、彼は穏やかに言葉を返した。
「......そうだったのか。俺の方こそ済まなかった。あんた達の試験の邪魔をしたな」
ヴェレトは周囲の惨状に目を向けて小さくため息をつく。
本来、ここは穢れなき聖域だ。
自らの「闇」を道連れに消える場所として選んだが島に人がいることにヴェレトの心に僅かな迷いが生じた。
ここで果てることは懸命な彼らに対しても、そしてこの静謐な地に対しても、あまりに無礼ではないのか。
ヴェレトは静かに頭を振り、決意を口にする。
「折角の申し出だが、やはり俺はここを離れるよ。……その方が、お互い無難だろ?」
「アンタがそう望むなら仕方ないな。せっかくだボートを用意させてもらうよ」
フリードはヴェレトの要求を無下にせず、すぐさまエリーへと視線を向けた。
「エリー、魔法でボートの用意って出来るのか?」
「出来なくはないけど一回アジトに戻らないとダメね」
「ありがとう。……だが、俺は自力で移動できる手段を持っているから大丈夫だ」
ヴェレトはそう言って自らの影に溶け込むかのような不思議な気配を纏い、再び森の奥へ姿を消そうとした――その瞬間。
「……っ!?」
突如、耳を劈くような轟音が島に轟いた。
遅れてやってきた凄まじい振動が足元を揺らして鳥たちが一斉に空へと飛び立つ。
遠く、海沿いの山岩が着弾の衝撃で砕け散り、砂煙が舞い上がるのが見えた。
「コレは.......」
「今のは……砲撃か!?」
フリードは迷いなく、森を突き抜けるようにして海沿いの断崖へと駆け出した。
ヴァイルとエリーもそれに続く。
そこには一隻の船がこちらに向かっていた。
崖の上から見下ろした視線の先。
穏やかだった海に不気味な影を落とし、一隻の巨大な軍船がゆっくりと接岸を始めていた。
黒く染め抜かれた帆には、不吉な髑髏の紋章が翻っている。
「海賊……!? なぜアヴァロンに!」
エリーの悲鳴に近い問いにフリードは険しい表情で応じる。
「アヴァロンはマナの源流が湧き出る聖域……。古の女神カリヴァが降臨したという伝承がある地だ。当然、そこには女神を称える秘宝も眠っていると言われている。奴らの狙いはそれか」
迷っている暇はない。フリードはセプタグラムを召喚してセプタグラムを通して全団員へと緊急通信を飛ばした。
「全団員へ告ぐ! 緊急事態発生だ! 繰り返す、緊急事態発生! アヴァロンの領海に海賊船を確認! 直ちに戦闘配備に就け!」
静かだった聖なる島が一転して、戦場へと変貌しようとしていた。
「ヴェレト、島を出るのは止めてひとまず俺たちと一緒に非難し.......」
緊急通信を終えたフリードが避難を呼びかけようと振り返ったが、そこには既にヴェレトの姿はなかった。
その頃、ヴェレトは鬱蒼とした森の深部を全速力で駆けていた。
(今ここで闇魔法で移動して逃げればいいが彼らに余計な混乱を与えてしまう。それに……何よりまずいのはあの海賊船の中に一人、俺と同じ『同類』の気配が混じっていることだ)
その禍々しくも冷たい感覚を肌に感じとったヴェレトは奥歯を噛み締める。
(そいつとだけは、絶対に会うわけにはいかない……!)
森を抜け、川沿いの開けた場所に出た瞬間だった。
「ああ、お前は!」
「アンタは!」
不意に横から聞き覚えのある驚愕の声が重なった。
ヴェレトが反射的に顔を向けるとそこには信じられないことに、遺跡のダンジョンで相対したエドラとサリーが立ち尽くしていた。
ヴェレトは目を剥き、声を荒らげる。
「クソっ!エドラ!なんでお前がここに居んだよ!」
「それはこっちの台詞だ! こんなところで何をしている!」
エドラの表情が一瞬で敵意と興奮に染まる。
「逃がさんぞ、ここであったが百年目だ!」
エドラは迷わず腰の剣を抜き放ち、地を蹴ってヴェレトへと肉薄した。
(だから、お前とは戦いたくないんだよ!)
ヴェレトは苛立ちを隠さず眉に皺を寄せる。
迫りくる白刃に対して彼は避けるどころか自ら距離を詰めてその鋭い剣先を平然と素手で掴み取った。
「な......!?」
エドラが驚愕に目を見開く。
その隙を逃さず、ヴェレトは空いたもう片方の手でエドラの腕を力強く掴み取った。
直後――。
掴んだ腕から伝わる体温と共に、ヴェレトの感覚がエドラの内奥と共鳴 する。
視界が急激に歪み、ヴェレトの意識は強引に「あちら側」――エドラの中に潜む『ナニカ』の領域へと引きずり込まれた。
そこは、静寂が支配する赤黒い闇の世界―――
禍々しく重苦しい大気に満ちたその闇の底で、『ソイツ』はいた。
重い瞼の隙間から鋭い双眸がヴェレトを射抜く。
「――これは……!?」
ヴェレトは戦慄した。
深い眠りについているはずの『ナニカ』は今や確かに脈打ち、微かな胎動を始めていた。
「想像以上に目覚めが早い……!? これ以上俺がエドラの近くにいてはダメだ!」
覚醒の予兆を間近に感じとり、危険を察知したヴェレトは弾かれるように意識を現実へと引き戻した。
鋼の指先が剣身を力任せに固定してヴェレトはそのまま、まるで小石でも投げるような動作でエドラを川の深瀬へとぶん投げた。
豪快な水飛沫が上がり、川底に沈むエドラへ向かってヴェレトは吐き捨てる。
「前にも言ったはずだ、俺はお前と戦う気なんて微塵もない! それに今は、そんな馬鹿げたことをしている場合じゃない!」
言い切るや否やヴェレトは背を向け、再び鬱蒼とした森の奥へと消えるように駆け出した。
(最悪だ……! エドラがいるなんて、不味い、不味すぎるだろ……!)
一番顔を合わせたくない人物との再会。
ヴェレトの胸中には冷や汗を伴う焦燥とやり場のない苛立ちが黒く渦巻いていた。
一刻も早く、この因縁の連中から距離を置かなければならない。
彼は脇目も振らず、ただ闇を裂くように疾走した。




