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勇者の弟子  作者: ヤス
アヴァロンの試練
78/96

78話、アヴァロンの試練6

木漏れ日が差し込む森の通り道。

エリーは気合を入れるように力強く地面を蹴り、前進する。

その後ろをヴァイルは足音も立てず、静かに見守るように歩いていた。


「ねえ、ヴァイル。あんたはランクの昇格とか、狙わないの?」


エリーは振り返ることなく、前を向いたままヴァイルへ問いかける。


「正直、そこまで関心がないな」


ヴァイルの淡白な返答にエリーの肩がわずかに揺れた。


「……意外ね」


「ただ俺は、表の常識に疎いだけだからな……」


独り言のようなヴァイルの言葉にエリーは不意に足を止めた。

彼女がゆっくりと振り返る。

その瞳には先ほどまでの快活さとは違う、真剣な光が宿っていた。


「私、ヴァイルのこと、もっと知りたいな」


「なんだよ、急に」


戸惑うヴァイルを真っ直ぐに見つめてエリーは言葉を継ぐ。


「……あなたを知ることで、それ以外の生き方とか、幸せとか。そういうものをアンタに教えてあげられる気がするから........」


森を抜ける風が二人の間を吹き抜け、木の葉がざわめいた。

ヴァイルがわずかに目を細める。


「……同情か?」


低く、突き放すような声だった。

エリーは弾かれたように顔を上げて声を荒らげる。


「違う! そんなことじゃないわ!」


一歩、ヴァイルの方へ踏み出す。


「ほら、私は……家族のこととか、自分のことをこんなにアンタに話したじゃない。なのに、私はアンタのことを何一つ知らない。それって、なんだかフェアじゃないっていうか……」


必死に言葉を探すエリーをヴァイルは冷めた視線で見つめたまま、小さく鼻で笑った。


「他人に対して、そこまで自分のことを切り売りする必要なんてないだろ。……お前が勝手に話しただけだ」


その冷ややかな言葉に、エリーは唇を噛んだ。


「あんたが、私の家の問題を見て見ぬふりできなかったように。私も、あんたのことが放っておけないのよ!」


「……っ」


ヴァイルがわずかに息を呑んだ、その時だった。


「――おい。試験中になに痴話喧嘩してんだ、お前らは」


冷や水を浴びせかけるような低い声が、二人の間に割り込んだ。

エリーとヴァイルが同時にそちらを向けば、試験なのを忘れて痴話喧嘩するヴァイルとエリーに対して不機嫌そうに腕を組んだフリードが立っている。


「……おしゃべりはこの辺にして、とっとと終わらせるぞ」


ヴァイルは話を打ち切るように、自らの手のひらに鋭い傷を刻んだ。

溢れ出した鮮血が異様な音を立てて硬質化して赤黒い輝きを放つ二本の小鎌へと姿を変える。

それを逆手に構えてヴァイルの瞳に鋭い殺気が宿った。


対するフリードは、微動だにせず鼻で笑う。


「『ヘプタグラム』は使わない。代わりに拳でお前たちの実力を評価する」


フリードが腰を落として構えた。


「――そうかい!」


爆発的な踏み込み。

ヴァイルの体が地面を削るような低空の軌道を描き、一瞬でフリードの懐へと滑り込む。

鎌の切っ先がフリードの喉元を捉えようとした――その瞬間。


「.......甘い」


フリードは既に動きを読んでいた。

ヴァイルが踏み込んだ先には、迎撃するように突き出された巨大な拳が既にその顔面を捉えようとしていた。


「ヴァイル!」


エリーの鋭い声が響く。

彼女が指先で空をなぞると、ヴァイルの周囲の空間がパズルのピースのようにカチリと外れて数メートル後方の無事な空間と瞬時に入れ替わった。

フリードの拳が捉えたのは、つい先ほどまでヴァイルが立っていた「空虚な場所」であり、凄まじい風圧が空を切って森を震わせる。


「……助かった」


「私の空間魔法を使うには、ここは分が悪すぎる! 少し移動するわよ!」


エリーはヴァイルの腕を掴むとそのまま鬱蒼とした茂みの中へと駆け込んだ。

必死に枝葉をかき分け進む二人の前に、巨大な岩肌の崖が立ちふさがる。


「おい、エリー! 行き止まりじゃねえか!」


ヴァイルの焦燥を含んだ叫びに、エリーは不敵な笑みを返した。


「いいえ、むしろ絶好の舞台よ!」


エリーが険しい崖の表面に掌を当てる。

そのままゆっくりと横へスライドさせるように手を動かすと空間が軋むような轟音が森に響き渡った。


巨大な岩壁がパズルのピースのように分割されていき、重々しい音を立てて複雑に組み替わっていく。

崖の内部からは侵入者を拒むための無機質な砲身――迎撃タレットが次々と競り出し、フリードが追ってくるであろう方向へと一斉に狙いを定めた。


「ここでフリードを撃つ!」


直後、二人を追いかけてきたフリードが揺れる木々の間から悠然と姿を見せた。

異様に組み替わった崖と自分を狙う数多の砲口を目の当たりにしても、フリードは余裕を崩さない。


「なるほど、俺をここで迎え撃つ訳か。……素手でどこまでやれるかは分からんが、やるしかないな」


「いけぇぇぇ!」


エリーの号令と共に、タレットから魔導の砲弾が掃射される。

フリードは凄まじい脚力で跳躍すると弾幕を紙一重で回避しながら、弾道の間を縫うように距離を詰めてきた。


「ヴァイル……まずはお前からだ!」


着地と同時に放たれたフリードの強烈な一撃をヴァイルは二本の小鎌を交差させて受け止める。


「やってみろよ、試験官補佐さんよぉ!」


かまいたちの如き鋭さで繰り出される小鎌の連撃。

対するフリードは魔力の籠った素手でその刃が流れるような動作で受け流していく。


火花を散らす超至近距離の攻防。

エリーはタレットを操り援護しようとするがあまりにも二人の距離が近く、激しく入れ替わる立ち位置に指先が凍りついた。


(だめ、今撃ったら……ヴァイルに当たっちゃう!)


守るための力が、逆に仲間を傷つける凶器になりかねない恐怖。

エリーは引き金となる魔力を込められぬまま激闘を繰り広げる二人の背中を見つめることしかできなかった。


「エリー! 何を躊躇っている! 俺に構わず撃て!」


痺れを切らしたヴァイルが怒声を飛ばす。

目の前の敵を仕留めるためなら、自分への誤射すら厭わない――その壮絶な覚悟にエリーはさらに顔を強張らせた。


「馬鹿言わないで! アンタに当たるでしょ!」


「一瞬の余所見(よそみ)だな」


叫んだエリーに気を取られたヴァイルの反応がコンマ数秒遅れた。

フリードはその隙を逃さず、強引に踏み込むとヴァイルの両腕を強く押さえつける。


「仲間を信じての自己犠牲か。……合理的だが、俺はそんなもの評価しないな」


「……何だと?」


動きを封じられたヴァイルが呻く。

フリードは落ち着いた眼差しで至近距離から言葉を叩きつけた。


「実戦では常に合理的で柔軟な判断をしなければ全滅する。それは真理だ。だがな、仲間を大事にするのは結構だが、自分を大事にしない奴に合格点はやれねえよ」


フリードの拳に先ほどまでとは違う、より重く鋭い圧力がこもる。

その圧倒的な圧を前にヴァイルは低く、地這うような声で呟いた。


「……やはり、俺一人でやらないとダメみたいだな……」


ヴァイルの掌から三滴の血が地面へと静かに滴り落ちた。


直後――フリードの足を、痺れるような鋭い激痛が襲う。

不審に思ったフリードが足元へ視線を下ろすと、先ほど滴った三滴の血が、地面で赤黒く、そして鋭く尖った「棘」へと変貌し、彼の肉を深く貫いていた。


「っ……!」


反射的にフリードの拘束が緩む。

その一瞬の隙を死線を潜り抜けてきた男が逃すはずもなかった。


激痛でフリードの拘束が緩んだヴァイルはすぐさま、距離を取る。


二人の間に流れる静寂の空気―――。


戦いの流れはどちらも有利―――。


(近距離は危険だ。俺の血で中距離を攻めていくしかないな.......)


ヴァイルは血が滴り落ちる掌をフリードに向ける。

掌から滴る血を硬質させて一発の銃弾に変化させてフリードに目掛けて射出する。

フリードは瞬時にヴァイルの攻撃を避ける。

ヴァイルが放たれた血の弾丸は奥の木々が粉砕して倒れていく。


倒れた木々の中から人影―――ヴェレトが立っていた。


「「!.....?」」


驚愕する三人。

だが、それは誰もいないと思っていたヴェレトも同様だった。


「なんだと!......まさかこの島の住民がいるとはな......⁉」

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