77話、アヴァロンの試練5
エドラとサリーがアーサーと戦っている一方、
こちらの森もまた激しい火花を散らしていた。
対峙するのはスノウ、アクア。
そしての試験官アリア。
アリアの得物は、ただの稽古用木棒だ。
しかし、彼女が振るえばそれは最強の魔槍へと変貌する。
有無を言わせぬ速度で繰り出される連突。
空気の爆ぜる音が連続し、死角のない点突が二人を追い詰める。
防戦一方のスノウを庇うようにアクアが自身の傘を弾くように開いた。
直後、傘の表面を凄まじい連打が叩く。
アリアの一撃一撃が、アクアの両腕を激しく痺れさせた。
アリアの苛烈な攻めにアクアの傘が大きく弾かれる。
体勢を立て直せず、そのままズルズルと後退を余儀なくされた。
「スノウさん、すみません……!」
謝るアクアにスノウは短く応じる。
「いや気にするな!......やっぱり副団長なだけあって、いざ敵に回すと恐ろしいな......」
スノウは喉を鳴らし、目の前のアリアという強敵を睨み据える。
対するアリアは乱れぬ呼吸で木槍を構え直した。
「試験だろうと関係ない。私は常に最善を尽くすだけだ」
その瞳には一抹の妥協もなく、ただ試験官としての凛とした表情を崩さない。
そのまま吸い込まれるような鋭さで再び二人へと踏み込んだ。
「アクア! 奴の足元に水溜まりを!」
スノウの鋭い鼓舞にアクアが即座に応じた。
「はいっ!」
アクアが魔力を練り、アリアの踏み込みに合わせて足元の地面を濡らす。
そこへスノウが寸分の狂いもなく氷矢を放った。
氷矢が着弾した瞬間、水溜まりは結晶を散らしながら瞬時に凍結する。
「なっ……!」
次の一歩を踏み出そうとしたアリアの足先が鏡面のように凍りついた氷の上で空を切った。
踏み込もうとしたアリアは、予期せぬ足元の滑りにその勢いを殺される。
無敵に思えた副団長の動きに初めて明らかな隙が生まれた。
直後―――
傘の石突と弓の矢先、二つの銃口が並ぶようにアリアへ向けられた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」
二人の叫びと共に水流と氷矢が一閃の光となって放たれる。
アクアの放った激流を追い越すように、スノウの氷矢が背後から突き刺さった。
冷気を纏った水流は瞬時に凍てつき、巨大な氷の槍となってアリアへ殺到した。
「まだだ!」
だが、アリアは動じない。
アリアは木棒を地面に突き刺した。
棒を軸にして、その美脚で高く、鋭く地を蹴る。
物理法則を無視したかのような高度な跳躍が必殺の連携を虚しく空振らせた。
「コンビネーションは悪くない。あとは、その力をどう広げるかだ!」
指導の言葉と共に、アリアが木棒を投げ飛ばした。
「……させるか!」
だが、スノウの反応はそれ以上に速かった。
迎撃の一矢が空中の水分を瞬時に凍てつかせて迫る木棒を宙で完全に封じ込める。
「捉えた!」
空中で回避し、武器を手放したアリアにはもはや次を避けるための足場も盾もない。
その無防備な一瞬を逃さず、アクアが動く。
広げた傘を回しながら放たれたのは、鋭い水の刃。
アリアの隙を突く、容赦のない一撃が戦場を切り裂いた。
アリアは空中で斬撃を籠手に滑らせながら防戦から一転、弾丸のような速度で前進した。
「私が槍だけだと思うな!」
スノウとアクアの間を割り込むように懐に潜り込み、アリアは得物を捨てた身一つで接近戦を仕掛ける。
「速い……っ!?」
「え.......っ!」
変幻自在にシフトする攻撃リズムにアクアの意識が追いつかない。
無防備に晒された胸元へアリアの背中と肩を合わせた重厚な鉄山靠が叩き込まれる。
「ア.......ウア!」
アクアは木の葉のように宙を舞い、地面へと激しく転がされた。
「アクア!......」
スノウは瞬時に氷で腕と胴体の鎧を生成して、アリアと殴り合う。
「……!」
スノウが氷の腕で殴りかかる。
その懐へ――
アリアは半歩、踏み込んだ。
拳ではない。
掌が、鎧の胸元に“置かれた”。
次の瞬間―――。
地面を蹴った脚から腰、背、肩、腕へと力が一気に連なり、至近距離で衝撃が“炸裂”する。
氷の鎧が悲鳴を上げて内側から砕け散った。
スノウの身体が浮くより早く、今度は拳が――寸勁の一撃が腹部に突き込まれる。
「ぐっ……!」
息が音を立てて漏れた。
とどめに開いた掌が横薙ぎに振るわれる。
空気ごと叩き割るような一撃がスノウの身体を吹き飛ばした。
「お前たちは懐への守りが弱い……特にアクア。お前はセンスが良い! あとは不測の事態に備えて、臨機応変に対応することだな」
アリアは淡々と二人に言葉を送りながらも周囲の異変に気づく。
(なんだか蒸し暑いな。この島の湿度が高いのか……いや、これは濃霧!)
いつの間にか空気中の水蒸気が膨れ上がり、急激な気温低下によって濃い霧が発生していた。
数メートル先も見通せないほどの白濁が、アリアの視界を遮っていく。
立ち込める濃霧――それが自然の産物ではなく、アクアとスノウによる作為的なものであるとアリアの勘が告げていた。
弾かれたようにスノウがいたはずの地点へ視線を走らせる。
しかし、そこには白く濁った空間が広がるばかりで標的の姿は影も形もなかった。
「なるほど……。やられた振りをしていただけか。食えない連中だ」
敵の健在を確信したアリアは、空中で凍結し固定された木棒を救い出すべく拳でその氷を粉砕した。
弾け飛ぶ氷晶の中、掴み取った凍てつく得物を正眼に構えて全神経を霧の深淵へと集中させる。
「そこだ!」
視界の端をかすめた微かな人影に向けてアリアは迷わず木棒を突き出した。
しかし、手応えはない。
それは霧が作り出した虚像に過ぎなかった。
「……ふん、なるほどな。誘い込もうというわけか」
アリアは低く身を沈めて足元の石をいくつか拾い上げる。
彼女の瞳には、すでに次なる策が宿っていた。
濃霧の中から幻影たちが嘲笑うように何体も姿を見せた。
アリアは冷静に腰を落として手近な石をいくつか拾い上げる。
掌の中で石に鋭い魔力を練り込むと、彼女は間髪入れずにそれらを弾き飛ばした。
魔力を帯びた石は霧を切り裂いて次々と幻影を透過していく。
しかし、右前方の一体だけが肉を打つ生々しい衝撃音を上げた。
「そこかっ!」
迷いはない。
アリアは爆発的な踏み込みで距離を詰めて渾身の力を込めて木棒を突き出す。
切っ先が深々と標的に突き刺さり、重い感触が返ってきた。
勝利を確信した瞬間、アリアの目が見開かれる。
木棒が貫いていたのは、スノウの上着を纏わされただけの氷の彫像だったのだ。
「……っ!? デコイか!」
罠に嵌められた。
戦慄が背筋を駆け抜けたときには、もう遅い。
(取った!)
背後、完全な無音。
いつの間にか忍び寄っていたアクアがその石突を無防備な背中へと突き出していた。
「当たれぇ!」
アクアの構えた石突から奔った水流が網のように波打ち、アリアの肢体を搦め捕る。
幾重にも重なる水の鎖がアリアを逃がさぬよう堅固な檻を形成した。
静まり返った霧の中から、軽やかな足音が響く。
ゆっくりと歩み寄ってきたのは短弓を構えたスノウだった。
その瞳には、確かな勝利の光が宿っている。
「チェックメイトですよ。副団長!」
アリアはしばし呆然としていたが、やがて短く息を吐くと力を抜いて目を閉じた。
「……認めよう。私の負けだ。見事な連携だったな」
「よくやったな、アクア!」
「はい!」
副団長という大きな壁を突破したことに、二人は顔を見合わせて歓喜の声を上げるのだった。




