76話、アヴァロンの試練4 エドラvsアーサー2
エドラは光銃剣を解除して剣を再び握り直した。
「サリー、悪いが・・・・・・・・ここからは俺一人でやらせてくれ。手出しは無用だ!」
「何を言ってるのエドラ! 一人じゃ無茶よ! 私たちの連携で団長を川に突き落とさなきゃ、合格できないのよ!?」
サリーの悲鳴に近い制止も今のエドラの耳には届かない。
「試験なんて、もうどうだっていい! 目の前にあの人がいて、俺は武器を握っている・・・・・・このチャンスを、俺は死んでも無駄にしたくないんだ!」
今この瞬間に訪れた憧れを超えて己を証明するための好機。
エドラは「合格」の二文字を心の外へ放り投げてただ一人の挑戦者として、最強の勇者の前に立ち塞がった。
「なぜ、サリーと協力しない。 ・・・・・・・・・合格は一人より二人の方が確実だろう?」
アーサーの静かな問いかけをエドラは鼻で笑って一蹴した。
「必要ない! あんたを超えるってんなら俺は俺一人の力で、あんたを叩き伏せなきゃ意味がねえんだ!」
吠えると同時にエドラは剥き出しの闘争心を叩きつける。
だが、アーサーは微塵も揺らがずそれどころか憐れむような視線をエドラへ向けた。
「・・・・・・お前、夢に囚われすぎて、周りが何も見えていないな」
「うるさいっ、黙れ!」
本質を突かれた苛立ちを誤魔化すようにエドラは無造作に剣を振るった。
放たれたのは赫い炎と蒼い水の斬撃。
「今のお前は、俺を超えるどころか・・・・・・勇者になることさえ叶わないな」
エドラを根本から否定するような冷徹な言葉と共にアーサーは迫りくる無数の斬撃をすべて、両腕で弾き飛ばした。
「うるさいッ!」
エドラが叫ぶと同時に剣を振りかざすと、今度は周囲の水を吸い寄せて鋭利な槍の形へと変容させる。
渾身の力を込めて、その「水槍」をアーサーへ向けて投擲した。
「何も見えていないお前が、俺に届くはずがない」
アーサーは迷いなく地を蹴った。
飛来する水槍を空中への跳躍で軽々と回避する。
そのまま重力に従い、槍のように鋭く突き出した脚をエドラの元へと落下させた。
「ぐ・・・・・・っ、あああ!」
エドラの喉から押し潰されたような悲鳴が漏れる。
アーサーはその眼差しで、組み伏せたエドラをゆっくりと見下ろした。
「今のお前に言えることは一つだ。仮に俺を倒せたとしても、お前は勇者にはなれない。・・・・・・その理由が分かるか?」
「・・・・・・あんたを、倒した後に・・・・・・ゆっくり考えてやるよ!」
エドラは死力を振り絞り、自分を抑えつけるアーサーの重い足を掴んで押し退けた。
強引に距離を作ると弾き飛ばされていた剣をひったくるように拾い上げて眩い光を纏わせる。
だが、再起の瞬間をアーサーが待つはずもなかった。
「――甘い」
アーサーが指先で弾いた小石が弾丸の如き速度でエドラの鳩尾を的確に撃ち抜いた。
「 あ..........、が……………っ!」
衝撃で呼吸が止まる。
エドラの体が折れ曲がる。
その一瞬の硬直を見逃さず、アーサーは肉薄。
鎌のごとく振り抜かれた剛腕がエドラの首元を捉えて強烈なラリアットとなって彼を吹き飛ばした。
強烈な衝撃でエドラの体は中州を大きくはみ出して水飛沫を上げて川の深瀬へと沈んでいった。
「エドラ!!」
サリーが叫び、必死の形相で彼のもとへ駆けつけようとする。
だが、その行く手を遮るようにアーサーが音もなく立ちはだかった。
「……!?」
言葉を失うサリーを勇者の双眸が射抜く。
「お前も一人で立ち向かってくるか? サリー、それとも――」
アーサーが言いかけた―――
その瞬間――――。
激しく水面が爆ぜ、全身濡れ鼠のエドラが水中から飛び出した。
死線を越えた執念の跳躍。
彼はそのままアーサーの完全な死角――その背後を捉えようと、鋭い一閃を繰り出す。
「うおおおおおおッ!」
咆哮とともにエドラは渾身の力で光銃剣を振り下ろす。
勝利への渇望を乗せた。
まさに必殺の一閃。
刹那――髪から滴り落ちた冷たい水滴がエドラの右目を打った。
「――っ!」
反射的な瞬き。
わずかコンマ数秒―――
視界が途切れる。
再び瞼を上げた時、目の前にいたはずのアーサーの姿は掻き消えるように消え失せていた。
「しまっ………………! 」
総毛立つような戦慄がエドラを襲う。
気づいた時には、アーサーは既に懐の奥深くまで入り込んでいた。
「・・・・・・今のは良かったぞ」
至近距離―――。
回避不能の間合いからアーサーの掌打がエドラの胸部へ向けて真っ向から叩き込まれた。
「ゴホッーー、か、はっ……」
肺の空気をすべて絞り出されたような掌打にエドラは地に伏して激しく悶え苦しむ。
視界が火花を散らし、意識が混濁する中―――。
自分を覆う巨大な影を感じたエドラは辛うじて顔を上げた。
そこには、逆光を背負って冷然と佇むアーサーがいた。
「・・・・・・なぜ、今のお前が勇者になれないのか。理由を教えてやる」
アーサーが静かに告げると同時だった。
世界が凍りついたかのような、強大で禍々しい「殺気」が場を支配した。
「……あ……」
サリーは魔導書を握ったまま石のように硬直し、声すら出せない。
エドラは骨の芯まで震え上がるような恐怖に全身を支配されて抗うことさえ忘れて、ただカチカチと歯を鳴らして震えることしかできなかった。
それはまさに、蛇に睨まれた蛙の姿だった。
理屈ではない。
死に直面した生物が等しく突きつけられる、本能的な恐怖。
麻痺した二人の脳裏を埋め尽くすのはたった一文字――『死』。
戦場を駆けてきたエドラにとって、これまでの死は常に他人のものだった。
だが今、生まれて初めて「自分の死」という怪物に正面から組み伏せられている。
その恐怖に耐えきれず、エドラの瞳から溢れ出した涙が頬を伝い、静かに地面に落ちる。
―――死にたくない。
―――嫌だ、まだ死にたくない。
――――生きたい。まだ、生きたいんだ
震える唇から声は出ない。
ただ、心の底から叫びとなって溢れ出すのは理想でも夢でもなく、剥き出しの生存本能だけだった。
「……参り…ました」
ただ一言―――。
震える唇から漏れ出た。
それは、エドラが意図した言葉ではなかった。
プライドも夢もかなぐり捨てて生存本能が無意識に吐き出させた、敗北の証明。
「お前に足りないのは、『恐怖』を知ることだ、エドラ」
アーサーは放っていた殺気を舞散させるとエドラの目線に合わせるように、静かにゆっくりと腰を下ろした。
「勇者に必要なのは、己の恐怖を正しく識ることだ。恐怖を知ることで、初めて己の弱さと向き合える。……そしてな、エドラ。自分が味わったその絶望を、サリーや仲間たちは決して味わわせない。そのために誰よりも早く前に立ち、道を切り開いていく・・・・・・。それが勇者というものだ」
アーサーの瞳が諭すようにエドラを射抜く。
「恐怖を知らぬ者は、誰かを守るための本当の強さに辿り着けない。お前が夢に見る『勇者』には、いつまで経ってもなれはしないんだ」
「焦る気持ちは分かるが、今はまだその時じゃない。……エドラ、これだけは覚えておけ。世界を救うことだけが勇者の役目ではない」
アーサーの声は、先ほどの冷たさが嘘のように穏やかで慈愛に満ちていた。
「お前にとっての大事な者を救い、守り続けること、それこそが真の勇者の在り方だ。世界の命運を救うなどというそんな大層な話はな・・・・目の前の人間を一人ひとり救い続けたその先に、後からついてくる結果に過ぎないんだ」
アーサーはそう言って、傍らで立ち尽くしていたサリーを一瞥した。
「一人で強くなり、一人で世界を救えると思うな!エドラ、まずはお前のすぐ隣にいる者を守り続ける事から始めろ」
「……はい」
エドラは絞り出すような声で静かに頷いた。
その瞳からは、先ほどまでの独りよがりな熱は消え失せていた。
エドラの中にあったアーサーへの闘争本能は完全にへし折られたのだ。
「よし、今の恐怖を忘れず、糧にして成長すると誓うなら・・・・・・お前たちは合格だ」
「えっ……そ、そんな理由でいいんですか、団長!?」
あまりに呆気ない幕切れに、サリーは驚きで目を丸くする。
川に叩き落とすのが合格条件だと思っていた彼女にとって、今の裁定は予想外だった。
「正直なところ、俺はお前たちの成長は認めてるからな。・・・・・・それに、その腕っぷしでいつまでも 『アイアン』じゃ、格好つかないだろ?」
アーサーはそう言って、悪戯っぽく口角を上げた。
最高峰の勇者らしい深遠な教えとどこか食えないいい加減さ。
その両面を併せ持つ師の手によって、二人には「合格」の刻印が力強く刻まれた。




