75話、アヴァロンの試練3 エドラvsアーサー
他の参加者を突き放して、いの一番に森を疾走していたエドラが唐突に足を止めた。
「エドラ、どうしたの? 急に止まって・・・・・・」
背後から追いついたサリーが、エドラの視線の先を見て息を呑む。
そこには、枝分かれした巨樹のように三つの道が広がっていた。
その中央には看板が吊るされている。
――『この中のどれか一つが、最難関の道』。
「・・・・・・・この三つのうち、どれか一つに団長が待ち構えているってわけか」
エドラが好戦的な笑みを浮かべる。
「その『最難関』って、間違いなく団長のことだよね・・・・・・?」
サリーは冷や汗を流しながらも看板とエドラを交互に見つめた。
エドラは看板をじっと見つめて、ニヤリと笑った。
「俺は俺の直感を信じる、……こっちだ!」
迷いなく左端の道を選び、エドラは再び力強く地を蹴った。
「できれば団長にだけは当たってほしくないんだけど……」
サリーは滲み出る不安を無理やり押し殺して先行するエドラの背中を追う。
二人はそのまま左端の道へ足を踏み入れた。
二人が先に進んでしばらくして、背後の地面からまるで意思を持っているかのように雑草が勢いよく伸び上がり網の様に編み合わさって壁を作る。
瞬く間に、彼らが通ってきた道は完全に塞がれてしまった。
「……いきなりあの人の所を選ぶなんてね」
遠方の拠点から魔力操作していたマーリンが楽しげに呟いた。
エドラが森を突き抜けるとそこには涼やかな風が吹き抜け、暖かい陽光が水面を照らす美しい川が広がっていた。
「・・・・・・どんだけ、俺のことが好きなんだよ。お前は」
聞き慣れたその声に二人は視線を向ける。
川の中州にただ一人。
待ちわびたと言わんばかりの余裕を漂わせたアーサーが立っていた。
「……ホント、あんたどんだけ勇者好きなのよ。運までそっちに全振りするなんて、どうかしてるわ」
サリーは呆れ果てたように溜息をつきながらもエドラに軽口を叩く。
「いきなりアンタと戦えるなんて、最高だな!」
憧れの頂点を前にしてエドラの口角が吊り上がる。
「試験内容は、俺をこの川に突き落とすこと。・・・・・・・・それだけだ」
アーサーは至って淡々と合格条件を口にした
「なんだよ、最難関って。・・『最高に簡単』の間違いだろ!」
エドラは吠えると同時に地を蹴り、抜刀する。
一気にアーサーの懐へと肉薄する。
「速い……!」
サリーが魔導書を構える暇さえない、エドラの天性の瞬発力。
鋭い一閃がアーサーの喉元を捉えた――かに見えた。
カチン、と乾いた音が響く。
「・・・・・・マジかよ」
エドラの顔が驚愕に染まる。
魔王を倒した英傑は微動だにせず。
その指先わずか二本で、エドラの全力の一撃を「白刃取り」して見せたのだ。
「出だしは悪くない。・・・・・・だがこの場合、無闇に間合いへ入り込まず、まずは中・遠距離攻撃で牽制してから飛び込むべきだったな」
アーサーが剣を指で止めたまま、淡々と指導を口にした直後――サリーか召喚したサラマンダーの口から巨大な火球がアーサー目掛けて放たれた。
「・・・・・・・その点に関しては、サリーの方が戦況を理解しているようだな」
アーサーは顔色ひとつ変えず、最小限の動きでその火球を回避する。
熱風が彼の髪を揺らしたがその瞳は依然として冷静だった。
サラマンダーの火球を回避したアーサーの動きに合わせてエドラも一度後退して間合いを取り直す。
「なるほど.....な!」
エドラはアーサーの助言を即座に飲み込んだ。
剣に赤黒い血を纏わせて、鋭いスイングと共に血の斬撃を放つ。
「――馬鹿が!敵の間合いに入ってから、今さら牽制を放っても遅すぎる」
アーサーは避けるまでもないと言わんばかりにその斬撃を剛腕一つで弾き飛ばした。
「懐に潜り込んでいる間は中・遠距離攻撃は、ただ無駄な隙を生むだけだ。さっきの火球で俺が動いた瞬間、お前がすべきだったのは『追撃」たろう?」
瞬間一一。
言葉が終わるよりも早く、アーサーはエドラの眼前まで肉薄していた。
「な.....!は........や....J
「お前のその無駄な動きが、このように敵の反撃を招くんだ。エドラ」
防御の隙さえ与えない。
アーサーは槍のように鋭く脚を突き出し、エドラの腹部を真っ向から蹴り抜いた。
「が・・・・・…はっ……!」
強烈な衝撃。
エドラの体はくの字に折れ曲がり、岸辺の境目まで一気に吹き飛ばされた。
一歩、また一歩。
アーサーは悠然と吹き飛んだエドラへと距離を詰める。
彼が次の一歩を踏み出そうとしたその時だった。
「はぁい、勇者様、お届け物でーす」
抑揚のない声が頭上から響く。
現れた水の精霊ウンディーネが両手を広げると川の水が奔流となってアーサーを呑み込み、巨大な水の檻へと閉じ込めた。
(…………………なるほど。エドラを囮にして俺を引きつけて同時にその窮地を救う一手か、いい判断だ。サリー)
戦況を冷静に見極めて最善のサポートを繰り出したサリーにアーサーは口角を上げる。
(だが――弱所を突けばそれも無意味だ)
アーサーは足元の中州に転がっている石を一つ拾い上げると頭上の精霊へ向けて、力任せに投げつけた。
本能的に「死」を察知したウンディーネは、飛来する石に対して紙一重で顔を逸らした。
「精霊相手に・・・・・・なんて容赦ない人・・・・・・・っ」
あからさまな殺意を込めた一撃にウンディーネの背筋を冷たい悪寒が駆け抜ける。
石は彼女の頬を掠め、鮮血を散らして背後の巨樹を粉砕した。
幸いかすり傷で済んだものの、その一瞬の動揺で魔力が乱れてしまいアーサーを閉じ込めていた水の檻が音を立てて崩壊する。
アーサーの意識が頭上の精霊へ向いているその隙をエドラは見逃さなかった。
「・・・・・・・捕らえたぜ、団長!」
立ち上がったエドラの手には、光を剣に纏わせて変形させた「光銃剣」が構えられていた。
銃口から放たれた一条の閃光が、最短距離でアーサーを貫かんと突き進む。
「勝った気になって慢心して声を出す・・・・・・。そんなんじゃ不意打ちの意味がないだろう」
アーサーは眼前まで迫った光線をまるで煩い虫を払うかのように素手で無造作に振り払った。
「――っな・・・・・・!?」
「エドラ、逃げて!」
エドラが驚愕に思考を停止させるよりも早く、サリーが叫ぶ。
彼女は即座にウンディーネを操り、水の触手でエドラの体を強引に引っ張ってその場から回避させた。
ウンディーネに強引に引き寄せられたエドラはようやくサリーの隣へと着地した。
「すまんサリー、助かった・・・・!」
「気をつけて。相手はあの『勇者』よ。一瞬でも気を抜いたら終わるわ」
サリーは魔導書を握りしめる手に力を込めて前方を見据える。
「ああ、分かってる。一筋縄じゃいかないとは思ってたが・・・・・・・まさか、ここまでとはな.......」
エドラは光銃剣を構え直すが、その指先はわずかに震えていた。
ただそこに立っているだけで周囲の空気を支配する。
―――圧倒的な強者。
二人の前には、あまりにも高く険しい「頂点」がそびえ立っていた。
「だが――改めて決めた。俺は今ここで、団長を・・・・・・勇者アーサーを超える!」
エドラの瞳に宿る情熱がさらに激しく燃え上がった。
その体から溢れ出す気圧が周囲の空気を震わせる。
「はあ!ちょっと!本気なの!? いまは試験中なのよ! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
サリーは慌てて叱責した。
目的が「合格」から「打倒アーサー」へとすり替わりつつあるエドラに正気を取り戻させようと必死だ。
「関係ねえ!ここで俺の長年の夢、『アーサーを超えた勇者になる」というこの夢を今この場で果たしてやる!」
エドラは吠えた。
もはや試験の合否など、彼の中では些末な問題でしかなかった。




