73話、アヴァロンの試練1
聖なる島、アヴァロン。
その白砂の岸辺に巨大な影を落として一隻の飛行艇が着陸した。
直後、金属が激しく噛み合う駆動音が響き渡る。
巨大な船体は流れるようなシーケンスで展開して見る間にいつもの「アジト」へとその姿を変えた。
文字通り、一瞬にして島の中に難攻不落の拠点が完成したのだ。
「とりあえず俺は先に行って、いろいろ準備しておく。お前ら全員、ここで待機だ」
団長のアーサーは心底面倒そうに後頭部を掻きながら告げた。
そのまま振り返ることもなく、一人で深い森の奥へと消えていく。
その背中が完全に見えなくなったのを見計らったかのような、鮮やかな手際だった。
「……よしッ!」
エドラがいきなり服を脱ぎ捨てたかと思うと、宝石のように透き通った海へと迷わず飛び込んだ。
「うっひょお! 気持ちいいい!」
水しぶきを上げてはしゃぐエドラに、同行していたアリアの眉間が吊り上がる。
「コラ! エドラ!」
慌てて制止しようとするアリアだったがその肩を横から伸びてきた手が軽く叩いた。
フリードだ。
「まあ待てよ、アリア。『ここで待機』って命令なんだ。下手に島をうろついて迷うより、ここで泳いで遊んでる方がよっぽど得策だろ?」
「しかしだな、フリード。私は一応、ギルドの副団長としてだな……」
「安心しろ」
フリードは水平線を眺めながら、ニヤリと不敵に笑った。
「団長は『待機しろ』とは言ったが、『泳ぐな』とは一言も言ってない」
「――はっ、フリードにしてはいいことを言うな」
その屁理屈を面白がるようにヴァイルが歩み寄った。
「副団長、ほんの少しばかりのバカンスも、悪くないでしょ?」
ヴァイルの横からスノウが顔を出してフリードを擁護する。
さらにマーリンが歩み出た。
「まあまあアリアちゃん。私が波打ち際で見守っておくし、アーサーには私からうまく言っておくわ。だから、ね?」
「……っ、マーリンさんまで」
アーサーの次の年長者であるマーリンの言葉にアリアは反論の言葉を失い、閉口するしかなかった。
ふと視線を向ければ、マーリンの後ろに控えていた女性陣も待ちきれないといった様子で目を輝かせている。
その無言の圧力はどんな魔物の猛攻よりも凄まじかった。
「……分かった、分かった! ただし、絶対に森の奥へは行かないこと!」
アリアが半ば投げやりに許可を出すと、静寂は一瞬で打ち破られた。
「「「ありがとう、アリアさん!」」」
浜辺には、作戦成功を祝うような女性たちの歓喜の声が響き渡った。
――それから数分後。
年長のマーリンこそ木陰で優雅に椅子を並べていたがそれ以外の団員たちは皆、思い思いの水着姿に着替えて波打ち際へと繰り出していた。
アヴァロンの強い日差しを反射して白い砂浜がいっそう眩しく輝く。
「何だかんだ言いながら、アリア。お前も結局一番楽しそうに遊んでんじゃねえか」
膝まで海水に浸かり、まんざらでもない表情で波と戯れていたアリアにフリードが意地の悪い笑みを浮かべて声をかけた。
「う、うるさい! 私はお前達が溺れないように監視役としてここに居るだけだ!」
顔を真っ赤にして言い返すアリアだったが水着から覗くその肢体は、日頃の鍛錬を感じさせるしなやかさと女性らしい柔らかな曲線を完璧なバランスで両立させていた。
(……くっ、大きい……!)
そんなアリアの抜群のプロポーションを間近で見たサリーは思わず自分の胸元に視線を落とし、深く溜息をつく。
眩しすぎるアリアの姿と自分を比較してしまい、彼女の自信はアヴァロンの波間に消えていくようだった。
「大丈夫よ、サリー。あなたはまだまだ若いんだから。これから、いくらでも成長するわよ」
落ち込むサリーの気持ちを察したエリーが優しく肩を抱き寄せた。
姉のように寄り添うその温かな言葉に、サリーは堪えていたものを決壊させる。
「うう、エリーさん……っ!」
サリーは子供のようにエリーの胸元へ泣きついた。
エリーは苦笑いしながらもその背中を優しく叩いてなだめる。
そんな感傷的な空気を切り裂くように、水面を叩く音が響いた。
「おい、エドラ! どっちが一番深く潜ってられるか勝負だ!」
声を上げたのはスノウだった。
「へっ、いいぜ! 望むところだ!」
エドラが不敵に笑う。
「ガキだな。お前らは.....」
その様子を横で見ていたヴァイルが鼻先で笑い飛ばした。
「おいおい、腰抜けが横でなんか吠えてるぜ」
スノウが冷ややかな視線をヴァイルに向ける。
「勝負始める前から負け犬の遠吠えかよ」
エドラも息の合ったコンボで煽り立てた。
勝負に参加しないヴァイルを焚きつけようと煽るエドラとスノウ。
「ふざけんな!俺はお前ら雑魚と比べて深く潜れる自信あるわ!」
「俺に勝って証明して見ろよ仕事人(笑)」
「ああ上等だ!やってやるよ!」
怒号と共に、ヴァイルは鋭いしぶきを上げて海中へと消えた。
煽り勝ったエドラとスノウもニヤリと顔を見合わせると彼の後を追うように深く潜っていった。
その頃、アジトの出入り口付近ではアクアが羞恥心と緊張の板挟みになっていた。
壁に背を預けて外の喧騒をうかがいながらも最後の一歩が踏み出せない。
(はわわわ……っ。水着でスノウさんと一緒に遊びたいけど……でも、こんな格好のスノウさんに見られたら、私、恥ずかしくて溶けちゃうかも……!)
指先を落ち着かなく動かして自分の水着姿を何度も見直しては溜息をつく。
そんな彼女の葛藤を見透かすように、背後から小さな声がかけられた。
「アクア姉ちゃん一緒に泳がないの?」
振り返るとそこには無垢な瞳で見上げるイスカの姿があった。
「はわわ! イスカちゃん……っ。お姉ちゃん、泳ぎたい気持ちはあるんだけど、なんだか緊張しちゃって……」
「じゃあ、私と二人で泳ごう! 私が一緒なら大丈夫だよ!」
迷いのないイスカの言葉と共に、小さな温かい手がアクアの指先を力強く握りしめた。
その純粋な優しさに毒気を抜かれたのかアクアの胸を支配していた強張りがふっとほどけていく。
「……そうね。ありがとう、イスカちゃん」
少女に引かれるままアジトの外へ一歩踏み出すとアヴァロンの眩しい太陽がアクアを包み込んだ。
波打ち際で楽しげに笑い合う仲間たちの輪へアクアはイスカと手を繋ぎ、弾むような足取りで駆け出していった。
――それから30分後。
森の奥で設営作業を終えて汗にまみれたアーサーがアジトへと戻ってきた。
だが、そこで彼を待ち受けていたのは聖地を完全にプライベートビーチへと変貌させた団員たちの姿だった。
「……おい..........なんだ、これは?」
アーサーの低い声が、寄せては返す波音に混じって響く。
その視線の先ではエドラが派手なしぶきを上げてスノウが優雅に水面を滑っている。
「あらアーサー、お帰りなさい。いやね、ずっと待っているのももったいないから、みんなで泳ごうって私が提案したのよ」
アーサーの帰還に気づいたマーリンが、パラソルの下から涼しげな顔で振り返った。
手元には、いつの間にか用意されたトロピカルな飲み物まである。
「いや、これ一応仕事中! 」
アーサーの訴えは、海から勢いよく飛び出してきたエドラによって遮られた。
「あ、団長お帰り! ちょうどいいところに来たな! 団長も一緒に泳ごうぜ!」
屈託のない笑顔で、びしょ濡れのまま駆け寄るエドラ。
「いいからお前は、少し黙ってろ……!」
「げふっ!?」
アーサーの無慈悲な鉄拳がエドラの脳天に落ち、彼はそのまま砂浜へと沈んでいった。
静まり返る浜辺に、アーサーの深いため息だけが虚しく響き渡る。
(コイツ等で魔王の残骸や悪魔ども相手させて大丈夫なのか.....旦那......)




