72話、未来への遺産
今日から新章突入です。
この章で序盤に登場したヴェレトの再登場とヴェレトについて少し深掘りしていこうと思います。
王都を彩った喧騒が過ぎ去ってから、四日が経とうとしていた。
スカイホーク一行は今、果てなき雲海を切り裂いて一路ある島へと突き進んでいた。
エリーの空間魔法によって飛空艇へと変形を遂げたアジトが重厚なエンジン音を響かせる。
目指すは、神聖なる島「アヴァロン」。
かつて女神カリヴァが降臨したと伝えられる、人の立ち入りを拒む聖域である。
――事の始まりは、二日前にまで遡る。
王都騎士団本部、重厚な扉に閉ざされた執務室。
執務室にかつて魔王を討ち果たしたとされる四人の英雄が集まったアーサー、ランスロット、ガラハッド、ナタリア。
静寂が支配する一室で、彼らは突きつけられた「現実」と向き合っていた。
ソロモン教団を裏で操り、そして、『黒い炎』によるテロ事件の背後で蠢動 していた”魔王の残骸”。
これまで漠然とした予感でしかなかった悪夢は、今や抗いようのない確実な脅威として彼らの前に現れたのである。
かつての平穏を揺るがす「確定した悪夢」に対して四人は静かに、しかし冷静に対策を練り始めていた。
「今回の『黒い炎』によるテロ事件で、疑念は確信に変わった」
ナタリアは組んだ両手の上に顎を乗せて鋭い視線で三人を射抜いた。
「魔王は悪魔やソロモン教団のような欲深い人間を駒として利用して水面下で着実に力を蓄えている。すべては、完全なる復活を果たすために……」
「マクシル長官を失ったのは、俺たちにとってあまりに大きな痛手だったな」
ランスロットが重苦しく口を開き、マクシル長官の死を悼むように目を伏せた。
「……仮に魔王が全盛の力を取り戻して復活したとして、今の俺たちに何ができる」
ガラハッドが自身の拳をじっと見つめ、絞り出すような声を出した。
その手は微かに震えている。
「俺たちはあの頃より歳をとり、確実に衰えている。……かつてのような奇跡が二度も起きるとは限らないんだぞ」
「.........らしくないな。お前がそんな弱音を吐くなんてよ」
暗い空気を切り裂くように、アーサーが軽口を叩いた。
「だが、嘆くのはまだ早い。……マクシル長官は、ただ倒れたわけではないからな」
ナタリアは机の引き出しを開けて一束の分厚い資料を取り出した。
それは、時間魔法の予知で先を見知った亡き長官が残される者たちのために編み上げた「予言の書」とも呼べる代物だった。
「長官は、時間魔法による予知で我々が次に移すべき行動を一手二手先まで見据えていた」
事も無げに語られた衝撃の事実にランスロットは息を呑んだ。
「自分の死すらも……あの人の予想の範疇だったというのか。なんて人だ……」
用意周到という言葉すら生温いマクシルの執念に、ランスロットはその遺志の重さに圧倒されていた。
「どこまでも、中年の俺たちをガキ扱いして食えないオッサンだ」
マクシルの執念にアーサーは不敵に笑う。
ナタリアが資料の中から一枚の紙を拾い上げて静かに読み上げる。
―――アーサー、ランスロット、ガラハッド。そして、ナタリア。
君たちがこれを読んでいるということは、僕はもうこの世にはいないのだろう。
僕がいなくなった後の世界を見据え、僕が予知で視た未来の断片をここに記す。
アイアンからゴールドまでのランク昇格試験については、例年より早めに各ギルド・騎士団において、通常業務と並行して実施してもらいたい。
一方で、本来行われるべきプラチナ以上のランク昇格試験は本年度はすべて凍結する。
その代わりに全ギルドおよび騎士団には「悪魔討伐隊」の編成を命じてほしい。”魔王の残骸”そして復活を目論むルシファーに対抗するための選抜試験を行うのだ。
世間には混乱を避けるため、魔王の名は伏せておきたまえ。あくまで悪魔たちの一掃を目的とした軍事行動という形で情報を公開する。……時間は、我々が思っている以上に残されていない―――
マクシルが見ていた未来。
それは、彼らの想像を遥かに超える苛烈な戦いの始まりを告げていた。
「どうやら、我々が今すべきことは我々だけで事態解決を図るのではなく、次世代を育てて共に事態解決を図るというのがマクシル長官の遺志のようだな」
読み終えたナタリアが資料を静かに閉じる。
「つまり各々で来るべき戦いに備えて部下たちを鍛えさせておこうって事か」
ガラハッドは腕を組んでナタリアを見据える。
「ああ、そうだ」
「それで、いつからランク昇格試験を行えばいいんだ?」
ランスロットが静かに問いかける。
「お前達が帰った後に各ギルド・騎士団に全通達を行う」
「「「了解!」」」
三人の英雄たちの声が重なり、執務室の重苦しい空気を切り裂いた。
それは新たな戦いへの幕開けを告げる宣誓でもあった。
そして、時は現在へと戻る。
飛空艇の舳先 が雲を割り、眼下にはエメラルドグリーンの海に抱かれた神聖な島「アヴァロン」が、その荘厳な姿を現していた。
「ランク昇格試験かぁ! よーし、やってやるぞ! 楽しみだ!」
「すぐに失格になるなよ?」
「こいつはすぐに失格になるから大丈夫だろ!」
「なんだと!お前ら!」
いつも通りいがみ合うエドラ、スノウ、ヴァイル。
そんな彼らの騒ぎを余所に女子たちはデッキから身を乗り出していた。
「見て、雲がすぐそこにあるわ! 飛んでるみたいですごく気持ちいい!」
「はわわ……高くて怖いです~っ!」
空を駆ける絶景にサリーは興奮し、彼女の隣にいるアクアはあまりの絶景の高さに足をすくませて情けない声を上げて後ずさりする。
「アクア、落ちないから大丈夫だって。ほら、手をつないでてあげるから」
そんな怯えるアクアをサリーが苦笑しながらフォローし、その背中を優しく支えていた。
十代の少年少女たちの瞳は希望と少しの不安に満ちて輝いていた。
吹き抜ける潮風と、未知の聖域への高揚感が彼らの背中を押している。
「……こんな美しい場所があったなんてね。本当にここで、昇格試験を行うの?」
神秘的な森に覆われたアヴァロンを見つめて隣に立つアーサーへ問いかけるマーリン。
その声には、場にそぐわぬ静かな緊張が混じっていた。
「ああ。つっても、ランク昇格試験ってのは表向きの建前だ」
はしゃぐ少年たちの背中をアーサーは目を細めて見つめた。
その表情は先ほどまでの英雄としての鋭さとは異なり、どこか親が子を見守るような慈しみに満ちている。
「実際は団員どもを悪魔どもと渡り合えるまで徹底的に叩き上げることが目的だ。……本音としては出来れば俺たちが残した不始末をこいつらの代で終わらせず、自分たちの手で片づけたい」
青い海と大空を舞台に無邪気に夢を追う若者たち。
その傍らでアーサーはこっそりとマーリンにだけ、この地を訪れた真の目的を打ち明けるのだった。
だが、そんな光り輝く空の下とは対照的にアヴァロンの深く静まり返った森の中には、一足先に異質な影が落ちていた。
「『アヴァロン』……神聖な地であるここなら……」
陽光すら届かぬ巨樹の隙間で、黒の外套に身を包んだ影――ヴェレトが静かに佇んでいた。
その呟きは冷え冷えとして聖域の静寂に溶けていく。




