7話、兄と弟2
「コラ、勝手な行動はしないで頂戴! 隊列が乱れたらどうするの?」
リベーナの叱責は、エドラをぐいぐい引っ張って森の奥へ突き進んでいくサリーたちには届かない。思わず肩をすくめるリベーナの横で、ニクスが穏やかに声を掛けた。
「まぁまぁ。一緒に固まって動くより、二手に分かれた方が探しやすいだろ。俺たちも行こう」
彼の手がそっと肩に触れると、リベーナはため息をついて頷いた。
ゾインが焚き火を足でかき消し、ホワイトベアー一行も森の奥へと足を踏み入れる。
ーーーチリーン。
微かに鈴の音がしたが、三人はそれに気づかないまま深い闇へと消えていった。
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エドラたちは前衛にエドラ、中央にサリー、後衛にスノウの布陣で森を進んでいた。サリーが召喚したウンディーネが、水の膜で三人を包むように防御する。
「しかし、お前の戦い方って不思議だよな。氷の矢で撃って、接近されたら終わりじゃねえの?」
エドラの問いに、スノウはいつもの無愛想な調子で返す。
「兄貴と俺は、もともと普通の弓使いだった。でも二人そろって氷魔法に目覚めてな。今は矢も全部氷で生成して戦ってんだ」
「近接戦にされたら?」
「弓身に氷の刃を生成して斬る。それで充分だ」
「お前ほんと器用だな!」
そんな軽口を叩いていると、茂みがガサリと揺れた。
三人は一瞬で戦闘態勢に入る。飛び出して来たのはレベル7のグレイウルフが三体。
だが――遺跡での戦いといろんなクエストをこなしてきたエドラ(Lv15)とサリー(Lv15)、二人以上の場数を踏んだスノウ(Lv17)にとって脅威ではなかった。
「来るぞ!」
エドラが先に飛び出し、剣を横薙ぎに一閃。
銀の斬撃が空気を裂き、迫るグレイウルフ二体をまとめて吹き飛ばす。
残る一体がサリーへ跳びかかろうとした瞬間、氷の矢が鋭い音を立てて発射された。
ズパァッ!
氷矢は狼の頭蓋を貫き、地面に釘付けにする。
「うわ……強くなったね、私たち」
「まぁな。レベル15にもなりゃこの程度は余裕――っと」
スノウは倒れたグレイウルフを見下ろしながら眉をひそめた。
「……おかしい。森に入ってから妙に襲ってくる。しかもグレイウルフってのは、格上には近づきもしねぇ習性のはずなのに。どう考えても俺たちに殺意を向けすぎだ」
「やっぱり……ベヘモトに操られてるのかな?」
「野生でこれなら、人間が相手じゃもっと酷ぇぞ……」
その時だった。
ザザッ。
三人は即座に構え直した。
しかし茂みから現れたのは――リベーナだった。
「リベーナさん……! 一人でうろつくなんて危ないですよ!」
「説教しに来たのかよ?」
エドラが笑いながら肩を叩こうとした瞬間、スノウの表情が固まる。
虚ろな目。焦点の合わない瞳。
生気の抜け落ちた彼女の顔に、悪寒が走る。
「待て!」
スノウは二人の腕を掴み、強引に後ろへ引き戻した。
「いって! 急に何すんだよ!」
「……様子が変だ。なにかおかしい」
言葉の直後。
リベーナは無言のまま錫杖を前へ突き出し、蒼光が炸裂する。
「っ……マジかよ!」
巨大な蒼い光球が魔法陣から放たれた。
「嘘でしょ……ッ! ウンディーネ! みんなを守って!」
ウンディーネが出現し、防御膜を肥大化させて光球を受け止める。
しかし衝撃と威力は凄まじく、ウンディーネは魔力切れで霧散し、防御壁も崩れ落ちた。
「……やっぱりな。まさかとは思ってたがこの様子だとお前の兄貴もーーー」
エドラが呟いた瞬間――
茂みが二ヶ所で同時に揺れる。
現れたのは、虚ろな瞳のゾインとニクス。
ゾインは細身のレイピアを抜き、ニクスは氷の矢を生成し、長弓を構える。
「最悪のタイミングだな……」
「なんでお前の不吉な予感だけすぐ現実になるんだよ!」
「うるせぇ! 思ったこと言ったらたまたま当たっただけだ!」
「なんでこんな状況で喧嘩してるのよアンタたち!!」
サリーの怒号が森に響く。
しかし敵は待ってくれなかった。
三人は一斉に襲い掛かってくる。
エドラはゾインを、サリーはサラマンダーを召喚してリベーナを、スノウは兄ニクスとそれぞれ対峙する。
細いレイピアが獣の牙のように迫る。スピードが速すぎる。
「ちっ……!」
エドラは剣で弾こうとするが、レイピアはまるで蛇のように軌道を変え、肩を浅く切り裂いた。
「ぐっ……!」
一撃の重さが桁違いだ。
間合いを詰めようと踏み込みかけた瞬間、足元へレイピアが滑り込む。反射で跳び退くも、ゾインは無表情で追撃してくる。
「速すぎだろ……!」
ゾインのレベルは27。
剣を交えるたび、腕が痺れていく。
「サラマンダー! 援護して!」
炎の精霊が咆哮し、リベーナへ火炎弾を連射する。
しかしリベーナは無言で杖を振り、蒼い結界を展開。炎を吸い込むように消していく。
「えっ……!?」
次の瞬間、リベーナは杖を地面に突き立て――
ザッ!
空に魔法陣を展開、魔法陣からテニスボールサイズの蒼光が連続で飛び出し、サリーを蜂の巣にしようと迫る。
「ひゃっ……!」
サラマンダーがサリーを抱え上げ、炎の翼で緊急回避する。
リベーナの魔法は威力も精度も異常だった。
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「……兄貴」
ニクスは無言で氷の矢を番えた。
直後、三本の矢が並列に生成され、放たれる。
ヒュンッ!!
回避したスノウの背後の木が、凍り付いたまま粉砕された。
(マジかよ……本気の兄貴、強すぎる……)
スノウは肩を震わせ、視線が揺れる。
圧倒的な兄との差、その現実が頭を支配する。
「どうすりゃ……勝てるんだ……」
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エドラはゾインの連撃を必死に受け止めながら、スノウの方を横目で見た。
スノウの短弓が下がっていく。
「……スノウ!!」
ゾインのレイピアを弾き飛ばし、エドラは無謀にもスノウの横に飛び込んだ。
そして――
ガンッ!!
スノウの額に頭突きを食らわせた。
「いってぇぇぇぇぇ!!?」
突然の出来事にサリーも目を剥く。
スノウは怒りのままエドラの胸倉を掴み上げた。
「テメェ何しやがる!!」
「これで少しはやる気が出たか?」
「……なっ……!」
「俺はお前の家の事情とか知らねぇ。でもよ、今が兄貴を超えるチャンスなんじゃねぇのか?」
スノウの目が揺れる。
「逃げたら、お前は一生兄貴の背中すら見えねぇ弱虫のままだ!」
「……!」
「兄貴と比べて落ち込むとか、そんなのどうでもいい! お前はお前だろ!!」
スノウは呆けたようにエドラを見た。
そして――ふっと笑った。
「……うるせぇよ。兄貴は俺がやる。エドラ、お前はベヘモトを倒せ!」
「ああ!」
二人は拳を合わせた。
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ゾインが無言で間合いに踏み込み、レイピアを突き出す。
「悪い、相手してる場合じゃねぇんだ!!」
エドラは剣を大地に擦りつけながら踏み込み、
遠心力を乗せたローキックをゾインの脇腹に叩き込む。
ドガァッ!
ゾインの体が吹き飛び、木に激突して崩れ落ちる。
「サリー、スノウ! 後は任せた!」
エドラは森のさらに奥、ベヘモトの気配が渦巻く方向へ駆けていった。




