67話、ダブルデート2
色とりどりのランタンが夜の帳を鮮やかに彩る中エドラ、サリー、そして今日知り合ったばかりのエヴァとケイルの四人は再び人混みの渦へと駆け出していった。
エヴァの圧倒的なバイタリティに引きずられるようにして投げ輪、射的、さらには力自慢の打撃遊戯と四人は次々と屋台の遊戯を荒らして回る。
たが、勝負事となると容赦のないのがエヴァだった。
「遊戯に負けた奴は、勝者の言うことを聞く! これが祭りの鉄則だよ!」
勝ち誇ったエヴァの宣言により完敗を喫したエドラとケイルは勝者への献上品――ポップコーンを買いに行かされる羽目になった。
「・・・なぁケイル、エヴァさん、強すぎないか?」
「はは、慣れっ子ですよ。あの人、ああ見えて負けず嫌いの塊ですから・・・・」
遠くでサリーと楽しげに笑い合うエヴァの後ろ姿を眺めながらエドラとケイルは肩を並べて長い行列に並んで男同士の奇妙な連帯感を漂わせるのだった。
「エドラくん…君のところの『スカイホーク』は、いつもあんなに賑やかなのかい?」
行列の進みを待ちながら、ケイルがふとした様子で問いかけた。
「え!なぜ、俺たちがスカイホークだって・・・・・・?」
エドラが驚いて聞き返そうとしたその時、ケイルがポップコーンの代金を払おうと腕をまくった。
その逞しい前腕に刻まれていたのは突進する無骨な犀をあしらった誇り高き紋章。
エドラはその意匠をよく知っていた。
「その紋章もしかして、あんた『リノブレイカー』の団員なのか?」
「あはは、隠すつもりはなかったんだ。ただ、説明する暇がなかっただけでね」
ケイルは困ったように笑いながら、袖を戻した。
リノブレイカーといえばこの付近でも指折りの実力派ギルド。
「じゃあ、エヴァさんも……」
「ああ、あんなんだけど、うちの副団長なんだよね」
その言葉にエドラは思わす遠くで高笑いしている女性を二度見した。
「………ウチの副団長と、大違いだ」
脳裏に浮かぶのは生真面目で思慮深く、常に冷静沈着で凛としたアリアの姿だ。
あまりの落差にエドラの口から自然と溜息が漏れる。
「ハハハ、本当だよ。君の言いたいことはよくわかる。でも、あんなふうに飲んだくれでいい加減に見えても仕事だけはキッチリやる人なんだ」
ケイルは誇らしげに、けれどどこか苦労人の顔でそう付け加えた。
行列が一つ進み、二人の間には互いの立場を知ったことで生まれる信頼が生まれ始めていた。
一方、男たちをポップコーンの列に残してベンチで羽を伸ばしていたエヴァはここぞとばかりに隣の少女へ向き直った。
「ねぇ。サリーちゃん、単刀直入に聞くけど・・・・・・エドラくんとは、どこまで行ってるのかな?」
「ふぇ!?い。いきなり、な、何を……っ!」
あまりにストレートでデリカシーのない質問にサリーは持っていたキャンティを落としそうになるほど激しく動揺した。
その反応すら楽しむようにエヴァはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。
「な、なんでもありません! エドラとはただの、その・・・・・・幼馴染の関係ですから!」
「へぇー、幼馴染ねぇ。その割には、さっきから過剰に反応しちゃって。 ・・・・・・もう可愛いなぁ」
エヴァは面白そうにサリーの頬を指先でつついた。
赤くなって俯くサリーは反撃とばかりに気になっていたことを問い返す。
「そ、そういうエヴァさんこそ、ケイルさんとはどういう関係なんですか?」
「私とケイル? ああ、あいつは……都合の良いパシ――」
「今、「パシリ」って言いかけませんでしたか?」
「ゴホン! いやいや、最高に頼れる、可愛い後輩だよ?」
一瞬、本音がこぼれかけた口元を慌てて手で覆ったエヴァはわざとらしいほど爽やかな笑顔を作ってみせた。
その取り締い方のあまりの雑さにサリーは「ケイルさん、本当に苦労してるんだな……」と、遠くの行列に並びポップコーンを手にこちらへ戻ってくる青年の背中に深い同情を寄せるのだった。
「あのランスロット団長の娘にしては、だいぶウブねぇ、サリーちゃん」
手元のジョッキに残っていた酒をエヴァはグイっと一気に飲み干した。
ふはぁ、と満足げな吐息を漏らすと少し潤んだ瞳でサリーを見つめる。
「いい? サリーちゃん。本当の『ただの幼馴染』ってのはね、ここまで過剰に反応したりしないものなの。まあ、青春真っ盛りだもんね。相手をただの幼馴染じゃなく、一人の異性として意識しちゃうのは、決して悪いことじゃないわよ?」
「な、なにを、急に……っ! 何を言ってるんですか、エヴァさん!」
「自分に正直になるとたいぶ気が楽だよ? これはお姉さんからの、大人へのアドバイス」
エヴァは少しだけ声をトーンダウンさせて諭すようにけれど茶目っ気を忘れない笑みを浮かべた。
「わ、私はいつでも正直です! いつだって真っ直ぐ、正直に生きてますから!」
顔を真っ赤にしながら、必死に胸を張って言い返すサリー。
その様子は、エヴァの目には「もっといじめてほしい」と訴えているようにしか見えなかった。
「ふふ、もう!ほんっとに可愛い!」
「きゃああ!エヴァさん!苦しい!」
耐えきれなくなったエヴァは逃げようとするサリーの肩を抱き寄せてその柔らかい頬をぐにぐにと弄り回すのだった。
「うおおおおい! 先輩、アンタ何やってんすか!」
ポップコーンを抱えて戻ってきたケイルがその光景を見るなり絶叫した。
慌てて駆け寄り、サリーの顔面に張り付かんばかりのエヴァの腕を掴んで引き剥がす。
「やだぁ、ケイル離してよぉ。私、サリーちゃんを持って帰りたい! スカイホークから引き抜いて、私の専用マスコットにするんだから!」
「何がマスコットですか! 副団長のアンタが未成年に手を出して拉致なんて、洒落になりませんって!」
エヴァは手足をバタつかせながら抵抗するがケイルは手慣れた様子で彼女を制圧し、そのままひょいと背負い上げた。
「……ったく、すみません。これ以上ここにいたら、ウチの副団長が『事案』で捕まりかねないんで、今日はここまでにしときます」
背中でなおも「サリーちゃぁ〜ん!」と未練がましく手を振るエヴァを無視してケイルは苦笑いを浮かべた。
「サリーちゃん、エドラくん。いろいろ巻き込んじゃって本当にごめんね。またどこかの任務で会えたら、その時はもっとまともな挨拶をさせてくれ」
嵐のような去り際にケイルは申し訳なさそうにけれど温かい笑顔を残して人混みの中へと消えていった。
「・・・・・・なんか、嵐みたいに過ぎ去っていったね」
サリーがぽつりと零した。
二人きりになったベンチ。
周囲の喧騒は相変わらずだが先ほどまでの台風のような賑やかさが嘘のようにそこには落ち着かない静寂が流れていた。
「ああ…………………。ところでサリー、エヴァさんと離れて大丈夫だったか? 変なこと、されてなかったか?」
エドラが心配そうに顔を覗き込み、サリーの方へ視線を向ける。
その瞳には下心など微塵もなかった。
あるのはただ幼馴染を案じる純粋な光だけだった。
『本当の「ただの幼馴染』ってのはね、ここまで過剰に反応したりしないものなの』
『自分に正直になると、だいぶ気が楽だよ?』
エドラの真っ直ぐな気遣いを受けた瞬間、先ほどのエヴァの言葉が凪いていたサリーの心に小さなさざ波を立てた。
今まで疑いもしなかった「幼馴染」という言葉の境界線。
それが今、ほんの少しだけ実感を伴って揺らいでいる。
エドラの何気ない優しさがいつもよりわずかに意識を掠めていくような、説明のつかない違和感だけが胸に残った。
「・・・・・・さ、サリー? 顔、真っ赤だぞ。やっぱり具合悪いんじゃー」
「う、うるさい! なんでもないから、こっち見ないで!」
「はぁっ、なんでだよ!」
まともに顔を見ることができずサリーは慌てて顔を背けた。
一度自覚してしまった動悸は祝祭の太鼓の音よりも激しく、彼女の胸の中で鳴り響いていた。




