66話、ダブルデート1
夕暮れ時―――
空が濃い藍色に染まり始めると街路灯に混じって色とりどりのランタンが灯り、街は一気に幻想的な光に包まれた。
「魔王を倒した時もそうだったが・・・・・・。何だって毎度毎度、敵を倒したくらいでこうも盛大に祭りを開くんだ?」
「スカイホーク」の団員たちを連れて賑わう通りを歩くアーサーは、誰に聞かせるでもなく周囲の喧騒に紛れ込ませるように小さくした。
魔王はともかくとして人間たちのエゴによって故郷を荒らされたエルフたちが、『黒い炎』を結成してテロ活動に走ったという背景を知るアーサーにとって、この無邪気な祝祭の空気は手放しで喜べるものではなく、どこか複雑な感情を抱かせるものだった。
「アーサー、そうやっていちいち難しく考えていても何も始まらないよ。あなたの言う通り、彼らは悲しき被害者かもしれない。けれど、何も知らない街の人々からすれば、彼らは自分たちの平穏を脅かした加害者でしかないんだから」
アーサーの小言を隣でしっかりと拾っていたマーリンが、ひょいと顔を親かせるようにして言葉を繋いだ。
「…それもそうだな」
アーサーは短く応じると視線を少し下げた。
正論を突きつけられたことへの苦笑いか、あるいは割り切れない思いを飲み込んだのか。
フリード、マーリン、イスカの三人が『スカイホーク』に入団してからは早いもので三ヶ月が過ぎた。
かつて「黒い炎』のテロによって無残に損壊した建物も今ではすっかり元の姿を取り戻している。
新築の建物の匂い、新しく敷き直された石畳、そして何より、行き交う人々の晴れやかな笑顔。
街はかつての、いや、それ以上の活気に満ち溢れていた。
未曽有の危機を乗り越えた復興の証として、そしてテロ組織『黒い炎』を打ち破った勝利の記念として、
少し遅れてやってきたこの祝祭は、今まさに、その幕を開けようとしていた。
「――おーし、お前ら! ここからは二人一組で行動だ。とりあえず、羽目を外しすぎない程度に遊んでこい!以上!」
アーサーはパンと手を叩いて空気を切り替えると団員たちに解散を命じた。
そして、去り際の背中に向けてひときわ鋭い視線を一人に投げかける。
「あとイスカ。お前は俺かマーリンから半径十メートル以上離れるな。いいな、絶対だぞ、以上!」
団長としての号令から一転して語気こそ荒いが隠しきれない「父親の顔」が顔を出す。
「はい!」
父親の呼びかけにイスカは笑顔で答える。
「待ってました!」と言わんばかりの歓声を上げ、クモの子を散らすように夜店へと飛び出していく団員たち。
その熱気に押されるように、祝祭の夜がいよいよ始まった。
「サリー、見ろよ! すっげえ屋台の数だぞ!」
「ちょっと、エドラ! 待ってってば!」
立ち並ぶ屋台の圧倒的な数と熱気に、エドラは目を輝かせて人混みの中へと突っ切っていく。
その勢いに置いていかれまいと、サリーは慌ててその後ろ姿を追いかけた。
普段の任務で見せる精悍な表情はどこへやら今はただの年相応な少年少女に戻った二人は、鼻をくすぐる香ばしい匂いや埋びやかな明かりに誘われるまま、祭りの海へと深く飛び込んでいった。
射的の屋台ではエドラが身を乗り出して銃を構えて、景品を撃ち落とすたびに子供のように無邪気な歓声を上げた。
そんな彼を呆れ半分、微笑ましさ半分で見守るサリーの手には祭りの明かりを反射して宝石のように輝く甘いキャンディが握られている。
ひとしきりあちこちの屋台を冷やかし、祭りの熱気を肌で感じた二人は広場の端にある古びたベンチを見つけると、吸い寄せられるように腰を下ろして一息ついた。
「………私たちが住んでいた町には、こんなにたくさんの屋台なんてなかったよね」
ふと、サリーが遠くを見るような目で呟いた。
故郷を惜しむような、けれど目の前の光景を慈しむような静かな声だった。
「ああ。静かな町だったからな。………………でも、こういう騒がしいのも、悪くないな」
エドラは、隣のサリーに視線を向けた。
「ふふっ、君たち。ずいぶん仲が良いんだね。――もしかして、デートの最中かな?」
ベンチの隣に座っていた一人の女性――エヴァが悪戯っぽく目を細めて二人に問いかけた。
突然の部外者からの言葉に、サリーの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「い、いやっ!べ、別にそんなんじゃ、な、ないし! エドラはただの幼馴染で、その・・・・ただ一緒に回ってるだけで!」
サリーは真っ赤になって両手を振り回して懸命に否定する。
しかし、あまりの動揺に言葉はしどろもどろで自ら墓穴を掘っているようにも見えた。
「アハハハハ! こめんごめん、あまりに良い反応をするから、つい。私の名前はエヴァ、悪い人じゃないから、そう警戒しないで」
腹を抱えて笑っていた女性はようやく息を整えると茶目っ気たっぷりにウィンクをして見せた。
「俺はエドラ、こっちはサリーだ。よろしく」
エドラが自己紹介を返すと、ようやくサリーも小さく会釈をした。
「えっと、エヴァさんは一人で祭りに来てるの?」
サリーがまだ少し頬を赤らめたまま尋ねるとエヴァはベンチの背もたれにゆったりと身体を預けた。
「いいえ、ここで連れを持っている最中、たまたま目の前に可愛らしい二人が現れたから、暇つぶしに少しからかわせてもらっただけだよ。驚かせてごめんね?」
エヴェの言葉に合わせるかのように人混みの後方から彼女を呼ぶ男の声がした。
1回のジョッキを両手に持った一人の青年が、溢れそうになる中身を気にしながらこちらへ近づいてくる。
「エヴァ先輩お待たせしました!」
「おお!ケイル。遅い遅いぞ」
「これでもだいぶ急いだ方ですよ。人気店はどこも長蛇の列なんですから。・・・・・・あ、あれ? 先客ですか?」
男――ケイルは少し肩で息をしながら、並々と注がれた飲み物が入ったジョッキの一つをエヴァに手渡した。
ふわりとエールの香ばしい香りが漂い、エドラとサリーは思わずその様子を物珍しそうに眺めた。
「いや~、君を待ってる間が暇でさ〜。たまたま隣に座っていた可愛らしい少年少女をからかって、時間を潰させてもらっていたんだ」
エヴァが事もなげにむしろ楽しそうに言い放つと、ケイルは呆れたように天を仰いだ。
「見ず知らずの他人に何してんすか、アンタは!・・・・・・本当にすみません、うちの先輩がとんだご迷惑を」
ケイルは慌ててエドラとサリーの方を向き、誠実さが滲み出るような深いお辞儀をした。
「いいよいいよ、俺たちそこまで気にしてないし」
エドラが気楽に手を振ると、ケイルは少しだけ安心したように表情を緩めた。
そのやり取りを見守るエヴァは面白そうにジョッキを傾けている。
先ほどの悪戯で見せたサリーの純情な反応がすっかり気に入ったのかエヴァは思いついたかのように半分ほど空いたジョッキを膝の上に下ろした。
その目は既に、さらなる「楽しいこと」を企んでいる色だ。
「そうだ!せっかくオフの祭りで出会ったんだし、これも何かの縁。四人でダブルデートといこうじゃないか!」
「ええっ!?」
あまりに唐突かつ強引な提案にケイルとサリーの声が綺麗に重なった。
「先輩 アンタ何言ってんすか! 初対面の子供たち巻き込んで無茶苦茶ですよ!」
「そうですよ、そんな、デートだなんて……!」
顔を真っ赤にして固まるサリーと必死にブレーキをかけようとするケイル。
しかし、当のエヴァは酒の勢いも手伝ってか完全に悪ノリのスイッチが入っている。
「いいじゃないか。ケイル、これもお祭りだ、――あ、そうだ、君、エドラくんだったっけ? 四人で回るなら、お姉さんが今夜の夜店の分は、ぜーんぶ奢ってあげるよ?」
「え!奢ってくれるのか!? エヴァさん、ありがとうございます!」
察しの悪さというよりもはや清々しいほどの食い気でエドラがノリノリで食いついた。
「よし決まり!そうと決まれば次は肉だ、肉!ほら、行くよケイル、サリーちゃん!」
「……はぁ、こうなると誰も止められないんだから」
既に悪酔い気味で上機嫌なエヴァに腕を引かれ、ケイルは重い溜息をつきながらも困り果てた様子のサリーに「ごめんね」と目配せを送るのだった。




