64話、嵐の後に
テロ組織『黒い炎』による騒乱から、二週間が経過した。
「輪廻逆転」によって暴走した前世の魂たちがもたらした爪痕は深く、街では今も損壊した建物の復興作業が急ピッチで進められている。
裏ではナタリアとの密約があったものの表向きには首領アランの逮捕をもって『黒い炎』は壊滅、騎士団とギルドの勝利という形で事態は一応の終息を見ていた。
表向きの勝利の裏で、実行犯である幹部のエルフたちの情報は完全に抹消された。
彼らはナタリアとの取引によって密かに放免され、各地に散らばっていた生き残りの同胞たちと合流すべく国を後にする。
「――あたしたちの手で新たな時代、新たなエルフの里を作れ、か」
黒幕である悪魔がアランたちの手によって討たれたことで、リーラの心を支配していた復讐心は霧散していた。
しかし、その後に残ったのは、何もない虚空だけだった。
「ふ、エイワス翁がそう望まれるのであれば、俺たちはそれに従わねばならない」
絶望とも諦念ともつかない虚無感に浸るリーラへ、ジェラルドが静かに言葉をかける。
「そうそう! アラン坊が俺たちの代わりに『ケジメ』をつけてくれてる間にさ、俺たちの手で最高の里を作って、あいつを迎えに行こうぜ!」
ジェラルドの言葉を引き継ぐようにウィリアムも快活な声を上げた。
それは、立ち止まりそうになるリーラを鼓舞するような彼なりの気遣いだった。
「セシル... アラ坊が冥府に行くまで... あんたの代わりにあたしがアランの面倒を最後まで見るよ」
そんな2人の気遣いにリーラは空を仰ぎ、自身が代わりにアランの面倒を最後まで見ることを亡き親友がいる冥府に向けて誓う。
彼らのその胸に刻まれているのは、アランを通じて託されたあの翁の言葉だ。
「醜い復讐を捨て、種族を紡いでいけーー」 かつて憎悪に燃えた瞳は今、新たな故郷を築くという静かな希望に向けられていた。
王都は騎士団とギルドの勝利に沸き、復興の活気に包まれていた。
だが、その喧騒から切り離されたかのように騎士団最高責任者マクシル長官の葬儀は静かにそして厳かに執り行われた。
参列したのは騎士団員やギルド団員そして彼を慕う多くの市民たちだ。
マクシルの人徳を物語るように会場は隠しきれない悲嘆の声に満ちていた。
彼の迅速かつ的確な指揮により、今回のテロ騒動での負傷者は百名近くにのぼったものの死者はわずか一名に抑えられた。
――そう、その唯一の犠牲者が、指揮官である彼マクシル自身だった。
粛々と進む復興とは裏腹に王都議会は次期長官の椅子を巡る政治工作の場と化していた。
決定打に欠ける議論が空転し続けるなか、副司令兼ギルド監督官のナタリアが暫定的に騎士団とギルドの管理代行に就く。
図らずも、軍事と経済の要が彼女一人の手元に集約される形となった。
環境が少しずつ修復と共に変化していく中、スカイホークも変わらない日常に一つの転機が訪れる。
アーサーの少し無理のある「ギルド囚人更生プログラム」で半ば強引にフリードを入団させた事でナタリアから折檻と同時に懲戒処分として給料6割減給4か月と始末書処分を受ける。
だが、スカイホークに入団したのはフリードだけではなかった。
「今日から入団する私マーリンと娘のイスカよ!みんなよろしくね!」
真相を知ったアーサーと和解したマーリンが娘を連れてスカイホークに入団する。
母親であるはずのマーリンのあまりに若すぎる容姿を改めて目の当たりにした団員たち。
彼らはアーサーと母娘からそっと距離を置くと、小声で緊急会議を始めた。
「ねえ、初めて会った時から思ってたんだけど・・・・・・・。マーリンさんって、どう見ても子供だよね?」
エリーがその若々しすぎる一というか幼すぎる容姿に疑念の眼差しを向ける。
「だよね! イスカちゃんの年齢を考えたら、だいぶ無理があるもん。親子っていうより、お姉さんの間違いじゃないの?」
サリーも同意し、二人の年齢差から生じる矛盾を指摘した。
「……もし、エリーさんの仮説が本当だとしたら。団長さん、とんだ変態ですよ〜」
アクアがトドメを刺すような一言をポソリと零し、女子たちの間に戦慄が走る。
「お前たち、やめないか! 団長がそんな・・・・・・・そんな破廉恥なことをするわけがないだろ!」
アリアが必死に割って入る。
だが、その顔はどこか引きつっていた
「もしかしたら、そう呼ばせるように「躾けている』可能性だって、万が一・・・・・・いや、億が一くらいはあるかもしれないだろ!」
「「「それ、一番ダメなやつ!!」」」
女性陣のツッコミが、見事に重なった。
「団長がいい加減な人だと思っていたが、まさか相手がまだ子供とはな」
母マーリンの若々しすぎる容姿に衝撃を受けるスノウ。
「こんなガキを連れて一緒に旅をしてたってのは信じられない!話を盛ってんじゃないか?」
アーサーが見栄を張って話を盛ったのではないかと疑うヴァイル。
「俺の勇者像が穢されていく~」
その横で理想が穢されていくことを嘆くエドラ。
「こんな危ない奴に拾われて俺は大丈夫なのか?」
むしろ監獄に大人しく捕まっておいた方がマシなのではないかと後悔し始めるフリード。
と男性陣は違う意味で盛り上がっていた。
「ねえ、アーサーさんのギルドって、いつもこんな感じなんですか?」
背後で繰り広げられている不穏な会議に気づくはずもなく、純粋無垢なイス力は無邪気な瞳をアーサーに向けた。
「あはは、ずいぶん面白い子たちじゃない!」
自分が原因でアーサーに「重大な疑惑」がかけられていることなど露ほども思わず、マーリンは楽しげに団員たちを眺めている。
「・・・・・・はぁ。お前がその姿が子供だから、入団させるのを渋ってたんだよ」
部下たちの間に広がる「団長変態説」を肌で感じ取り、アーサーは深々とため息をついた。
額に手を当て、自らの社会的地位が音を立てて崩れていく未来を幻視しながら、彼は独りごとのように呟く。
「この二人を入れて良かったのか....俺は...」
「「団長、少々よろしいでしょうか」」
男女それぞれの代表と言わんばかりに、アリアとフリードが揃ってアーサーの前に立ちはだかった。
「・・・・・・なんだよ、藪から棒に」
嫌な予感を感じ取り、アーサーは不機嫌さを隠そうともせず身構える。
だが、二人の瞳に宿る「真実を求める熱」に、思わず気圧された。
「「団長。…………………本当に、マーリンさんと『昔』お付き合いされていたのですか?」」
異口同音に発せられた直球の問い。
「 あ・・・・・・・。いや・・・・・・・、それは、だな・・・・・・・」
アーサーは喉元まで出かかった言葉を、情けなく飲み込んだ。
肯定すれば「幼女趣味」の烙印を押され、否定すればマーリンから冷たい眼で見られる。
稀代の英雄は、かつてない窮地に冷や汗を流した。
「アーサー・・・・・・・あんたまさか、イスカだけでなくこの子たちにも、まだ『あのこと』を話してないの?」
歯切れの悪いアーサーの様子を見て、すべてを察したマーリンがその顔を覗き込む。
アーサーは慌てて団員たちの視線を遮るように立ち、マーリンの腕を引いて受付ホールの隅へと連れ出した。
「……っ、おい! 今のこの状況で話せるわけねえだろ!」
イスカや団員たちに漏れないよう、アーサーは声を潜めて吐き捨てる。
「というか、お前こそなんでイスカに、俺が本当の父親だって教えてねえんだよ!」
「はぁ? 私から説明するより、父親であるあんたの口から説明するのが筋でしょ。それが親としての常識ってものじゃない!」
悪びれもせず言い放つマーリンにアーサーはこめかみを押さえて天を仰いだ。
「話せるわけねえだろ! 今あいつらはお前の姿を見て、俺に・・・・・・その、ロリコン疑惑を向けてんだよ!」
屈辱に顔を赤くしながら絞り出すアーサーに、マーリンは呆れたように肩をすくめた。
「分かったわよ。じゃあ私から、みんなに実年齢を教えてあげる。あんたはそのタイミングで、自分が父親だってカミングアウトしなさいよね」
「・・・・・・あいつらがお前の言葉を素直に聞き入れてくれるとは、到底思えねえんだが」
アーサーは遠くて自分たちを疑いの目で見つめる部下たちを思い浮かべ、絶望的な気分で嘆いた。
彼女の実年齢を明かしたところで、「そういう設定 か」とさらに深読みされる未来しか見えなかったのだ。
「皆、驚かせてごめんなさいね。私、この容姿だけど、実際はアーサーと同い年の35歳なのよ!」
満面の笑みで実年齢を告白するマーリン。
しかし、返ってきたのは納得の拍手ではなく、重苦しい同情の沈黙だった。
「・・・マーリンさん。もう、団長のために無理をしないでください」
アリアが静かに歩み寄り、マーリンの肩にそっと手を置いた。
その瞳は濁りなく、あまりに純粋な光を宿している。
「裏でアーサー団長に、無理やり言わされているんですよね? 『同い年という設定にしろ』と脅しを受けたのでしょう・・・・・。分かります、その若々しさで35は、あまりに無理がかりますから!」
「おい。やめろアリア。それは勇者にかける言葉じゃないだろ。下劣な盗賊に吐き捨てるセリフだぞ」
さりげなく。しかし必死にアリアヘツッコミを入れるアーサー。
だが、団員たちの疑いの視線は一向に晴れない。
「……っ、お前らが衝撃を受けるのも無理はないか。いいか!お前らよく聞け!こいつは本当に俺と同い年のババーー」
言い切るより早く、マーリンの鋭い拳がアーサーの顔面に突き刺さった。
「ぐっ!?・・・・ともかく!俺にはそんな、後ろ暗い性癖なんてねえよ!」
鼻筋を押さえ、痛みで涙目になりながらも、アーサーは覚悟を決めて居住まいを正した。
そして、何も知らずに自分を見上げているイスカの目を見つめ、静かに、重い言葉を口にする。
「・・・・・イスカ、あと.....そのお前たち全員にも話さなきゃならないことがある。・・・・・・イスカ、お前の父親は、俺だ」
衝撃の告白。
その場は、まるで時間が止まったかのように凍り付いた。
イスカはショックのあまり小さな両手で口元を覆って絶句している。
その沈黙を破ったのは、エドラの震える声だった。
「イスカが......団長の娘,.....。こんな、勇者の皮を被ったオーガみたいな団長に、あんな可愛い娘がいるなんて....信じられない…………!!!
「・・・・ああ、確かに。団長にはこれっぽっちも似てねえな」
ヴァイルが、汚物を見るような目でアーサーとイスカを見比べる。
さらにスノウが、追い打ちをかけるように淡々と分析を口にした。
「馬鹿かお前らは、イスカは、通遺伝子の99%がマーリンさんで構成され、残りのわずか1%に、アーサー団長の何かが混じって成り立っているんだ。似るわけがないだろう」
弾丸のごとく速さでアーサーの拳骨を食らう3人。
「お母さん....どういうことなの?」
母に真実を求めるイスカにマーリンは口を開く。
「そうね、そこも含めて説明するわ」」




