63話、暗いトンネルで掴んだ手
今回で長かったエルフ編が終わります。
前章で残したアリアとフリードの問題はこれにて解決です。
何気に初めての長編でした。
読者的にもエドラたち的にも一定の休息は必要だと思うのでしばらく10話くらいは軽い箸休め程度の短編を挟もうと思います。
「フリード、町民の誘拐、強制重労働、およびソロモン教団との共謀の疑いがある。・・・・・・同行願おうか」
勝利の余韻に浸っていたスカイホークの面々の前で、ナタリアが淡々と罪状を突きつける。
その言葉の内容に団員たちの間に戦慄が走った。
「なっ・・・・・・、なんでフリードが! 今はそんなこと関係ないじゃないですか!」
真っ先に声を荒らげたのはエドラだった。
信じられないといった様子で、ナタリアを睨みつけて仲間の潔白を証明しようと一歩前に出る。
「彼はこの騒動を収束させるために、誰よりも尽力したじゃないですか!」
「そうですよ! だいたい、あれは悪魔に乗っ取られていたせいで・・・・・・フリードはむしろ被害者なんです!」
エドラに加勢するように、サリーやスノウもナタリアの前に立ちはだかる。
仲間を守ろうとする彼女たちの声が、聖堂の静謐を切り裂くように響いた。
だが、ナタリアの表情は微塵も動かない。
「・・・・・・だが。その肝心の『悪魔』はもうどこにもいない。跡形もなく消え去ったのだ」
ナタリアは冷徹に、突き放すような口調で言葉を重ねる。
「被害に遭った町民たちに、なんと説明するつもりだ? 『悪魔に操られていただけだから、彼は無実だ』とでも? そんな言葉で納得するほど、世の中は甘くない。――それでは、示しがつかないのだよ」
「ですが……っ!」
「――よせ、エドラ」
低く、だが明確な拒絶の意思を含んだ声が響く。
フリードは、なおも食い下がろうとするエドラを静かに手をかざして制止した。
「でも、フリード! お前は・・・・・・・」
「償う機会が、予想より少し早く来ただけだ」
フリードの表情には、悲壮感よりもどこか憑き物が落ちたような清々しさがあった。
彼はナタリアに向き直ると、真っ直ぐにその視線を受け止める。
「監督官、俺は最初から、その覚悟だ。…………………連れて行ってくれ」
「・・・・・・そうか。ならば、異存はないのだな」
ナタリアが確認するように問いかけると、フリードは迷うことなく静かに頷いた。
フリードがナタリアへ歩み寄ろうとした、その直後だった。
「うおおおおおおッ!」
咆哮と共に、エドラがフリードへと躍りかかった。
「エドラ!?」
突然の暴挙にサリーたちが悲鳴に近い声を上げる。
だがエドラは止まらない。
床に倒れ込んだフリードに馬乗りになり、その胸ぐらを掴んで拳を叩きつけた。
鈍い衝撃音が聖堂に響く。
「――っ! なんでお前は、そうやってすぐに約束を破ろうとするんだよ!」
殴られた頬を歪めながら、フリードが叫び返す。
「離せ! 俺は……一度でも身を清めなければ、アリアの隣に立つことなんて許されないんだ!」
「ふざけるな! お前はアリアさんの隣に立つのが怖くて、『償い』なんて言葉で逃げてるだけだろ!」
エドラの痛烈な指摘に、フリードの顔が怒りと苦悩で赤く染まる。
「・・・・・・お前こそ分かってるのか、エドラ! これ以上騎士団に歯向かえば、それこそアリアの居場所がなくなるんだぞ!」
「そこまでだ、よせ! エドラ!」
「落ち着けよ猪突猛進バカが!」
割って入ったスノウとヴァイルが、逆上するエドラを背後から羽交い締めにして力任せに引き剥がす。
対して、周囲を囲んでいた騎士団員たちは、床に倒れたフリードを保護するようにその身を固めた。
「……っ、離せ! 離せよ!」
もがくエドラだったが、ふと動きを止めると冷徹な視線を送るナタリアへ向けて不敵に笑った。
「――おい、監督官。そいつはあんたの言う通りの『被害者』だ。そんな奴の相手をするより、今ここでただの『被害者』に暴行を働いた『加害者』である俺を取り押さえたらどうだ!」
意図を理解したナタリアの眉がわずかに跳ね上がる。
「貴様、もしかして最初からこれを狙って……!」
だが、鉄の規律を重んじるナタリアにそのような子供騙しの小細工は通用しなかった。
「くだらん! そのような真似をして、一度確定した罪状が覆ると思っているのか!」
凛然と言い放つナタリア。
その威圧感に気圧されるかと思いきやエドラは自分を抑えつけていた腕を強引に振り払い、その場に崩れ落ちるように平伏した。
「・・・・・・・お願いします! 監督官!」
石床に額を打ち付け、エドラは叫ぶ。
予想だにしなかったエドラの土下座にナタリアは言葉を失い、その場に立ち尽くした。
「確かに、こいつは罪を犯した。それは分かってます! ですが・・・・・・その罪を、俺たちと一緒に償わせてください! 檻の中で腐らせるんじゃなく、俺たちと一緒に戦わせてください!」
「ああ、もう!」
「見てられないな」
エドラの背中に続くように、サリー、スノウ、エリー・・・・・・そしてスカイホークの団員たちが次々とナタリアの前で膝を突き、顔を床に伏せていく。
アリアとフリードの関係を知っている団員たちは監督官へ必死に懇願する。
「お願いします! フリードを・・・・・・・彼を一人にしないでください!」
「私たちと一緒に、償うチャンスをください!」
聖堂に響き渡る、必死の懇願。
だが、その輪に加わらない者が一人だけいた。
――――アリアだ
「お、お前たち、やめろ! 監督官にこれ以上の迷惑をかけるな!」
アリアは叫び、救いを求めるようにナタリアの傍らへと寄り添った。
軍規を重んじてフリードを拒絶することで自分を保とうとする彼女。
だが、その背後からマーリンが音もなく現れ、耳元で優しく、しかし残酷なまでに核心を突く声を囁いた。
「本当に、それでいいの?」
「自分に嘘をついたままじゃ、誰も、あなた自身も救われないわよ。愛する人と離れ離れになった痛みを私は一番良く知っている。私の様に傷ついて欲しくない!だから自分に嘘付かないで!自分に正直になりなさい!」
アリアの脳裏に、激しい葛藤の渦が巻く。
―――本当にそれでいいのか?
(ああ、お世話になったナタリアさんに迷惑をかけたくない)
―――愛する人の手をここで話すべきなのか?
(大丈夫、牢屋まで面会にいつでも会いに行ける)
―――ほんとにそれが私にとっての幸せなのか?
(……違う!違う違う違う違う違う)
―――フリートと一緒に居たい! 一緒に居たいんだ!!
アリアは、誰よりも・・・・・・エドラよりもさらに前へと踏み出した。
そして、そのまま石床へ崩れ落ちるように、深く深く頭を下げた。
「監督官……っ! ご無礼を承知で、申し上げます!」
震える声が、静まり返った聖堂に響き渡る。
「フリードを見逃してください!・・・・・・お願いします、彼に・・・・・・彼に、やり直す機会をください!」
ナタリアに、目に見えるほどの衝撃が走った。
規律を誰よりも重んじ、そして自分を母のように慕って背中を追ってきたアリア。
その彼女が初めて自分に、そして「法」に牙を剥き、私情をぶつけてきたのだ。
必死に地面に額を押し付ける愛弟子の姿をナタリアはただ、呆然と見下ろすことしかできなかった。
「だッ、ダメだ……。認められない」
絞り出すようなナタリアの声は、微かに震えていた。
喉元まで出かかった情を、彼女は「規律」という名の刃で無理やり押し殺す。
「……っ、どくんだ、アリア! 私に、自分の職務を裏切らせるな」
ナタリアは揺るぎない信念を無理やり奮い立たせ、冷徹な仮面を被り直した。
彼女はフリードを連行すべく、重い足取りで一歩を踏み出す。
だが、アリアは諦めなかった。
――――ようやく暗いトンネルの中から掴んだあなたの手をもう離さない!
―――もう二度と手放したくない。
――――最初で最後の反抗期でごめんなさい。ナタリアさん
「お願いします!」
アリア、そしてスカイホーク団員全員は声が枯れるまでひたすらナタリアに懇願し続けた。
好きな人の為に初めて慕っている人を反抗するアリアは声を震わせた。
「――おい、何やってんだ、お前ら」
聖堂の柱の陰から、団長のアーサーが悠然と姿を現した。
その姿を認めたナタリアが救いを求めるように声を上げる。
「アーサー! ちょうどいいところへ。この者たちを指導してくれ! 規律も職務も忘れて、この有様だ!」
団員たちの間に緊張が走る。
アーサーまでもがナタリアに同調すれば、もはや抗う術はない。
全員が最悪の事態を覚悟し、身構えた。
だが――。
鋭い眼光を向けたアーサーの言葉は、項垂れる部下たちに向けられたものではなかった。
「――俺に許可なく、ウチの団員を勝手に引き抜いてんじゃねえよ。なぁ、ナタリア」
「なっ……!?」
その場にいた全員が息を呑んだ。
「アーサー・・・・・・・貴様、どういうつもりだ?」
「それはこっちのセリフだ! 監督官ともあろうお人が、ギルドの『御法度』を犯すとはいい度胸じゃねえか」
アーサーは鼻で笑い、不敵な笑みを浮かべてナタリアの前に立ちはだかる。
「そもそも私は、フリードを貴様の団に迎え入れたという報告など受けていないぞ!」
「ああ、そりゃ単純に俺が報告書を出すのを忘れただけだ。彼は『今この瞬間』から、ウチの正団員なんだよ」
「…………………馬鹿者! そんな道理が通ると思っているのか!」
聖堂に、ナタリアの怒声が再び響き渡った。
「……『ギルド囚人更生プログラム』って知ってるか?」
アーサーの唐突な言葉に、ナタリアの動きが止まる。
「ギルド囚人更生プログラム……!? まさか貴様、それを使うつもりか?」
「ああ。ギルド条約に締結されている、社会復帰のための特例措置だ。刑期を終える前の模範囚をギルドが身元保証人として預かり、数年間の従事をもって実戦経験と更生実績に替える……。法務局のお墨付きのシステムだったろ?」
アーサーは肩をすくめ、動揺するナタリアを面白そうに眺める。
「このプログラムが適用されている間、管理責任は刑務官からギルド団長……つまり、この俺に移る。フリードはもう、騎士団の管轄じゃねえ。スカイホークの『預かり』なんだよ」
「そのような……! フリードのような重罪人に、適用が認められるはずがない!」
「認められるかどうかを決めるのは、現場の報告書と団長の判断だ。文句があるなら、本部へ異議申し立てでもしな。……もっとも、それには半年はかかるだろうがな」
アーサーの余裕たっぷりの宣言に、ナタリアは苦虫を噛み潰したような顔で絶句した。
「……ふん、いいだろう。貴様の下らない詭弁、あえて付き合ってやる」
ナタリアは深くため息をつくと冷徹だった瞳にわずかな光を戻し、アーサーを鋭く睨みつけた。
「だが、このまま見逃せば法を重んじる他の者に示しがつかん。アーサー、監督官である私への報告義務を怠った責を負ってもらう。――懲戒処分として、貴様には四ヶ月の減給と始末書30枚提出を言い渡す。異存はないな?」
「……へっ、そいつは痛えな。だが、団員1人守れるなら安いもんだ」
アーサーは肩をすくめ、膝を突く団員たちを顎で示した。
ナタリアは一度だけアリアに視線を送り、何も言わずに背を向けた。
「――騎士団、回れ右。これより本陣に帰還する。全員、目を瞑って耳を貸すな。これは職務ではない……私個人の、単なる『私情』だ」
ナタリアは足を止め、フリードを冷徹な視線で射抜く。
「フリード。前に出ろ」
困惑しながらもフリードが数歩進み出ると直後、ナタリアの重い拳が彼の顔面に叩き込まれた。
骨の軋むような音が聖堂に響く。
「がッ……!」
たたらを踏むフリードを見下ろし、ナタリアは感情を押し殺した声で告げた。
「その拳一発で、アリアを泣かせた分は手を打ってやる。……だが、肝に銘じておけ。今後一度でも彼女を泣かすようなことがあれば、その時は法でも職務でもなく、私のメイスで貴様を殴殺してやる」
師として、育ての親として、そして母として。アリアを想うナタリアの魂が込められた言葉と拳が確かにフリードに届いた。
「……っ、はい! 肝に銘じます!」
フリードは殴られた頬を押さえながらも、力強く、迷いのない声で返答した。
「アリア!もう二度とその手……フリードを離すなよ。いいな、これは団長命令だ」
アリアの横を通り過ぎる間際、アーサーは足を止めることなく、背中越しにぶっきらぼうな言葉を投げた。
その瞬間、アリアが必死に堰き止めていた涙の堤防が音を立てて決壊した。
視界が滲み、温かい雫が次から次へと頬を伝って床に落ちる。
「……っ、ハイ! 了解しました……っ!」
泣き笑いのような、それでいて凛とした声が夕暮れの聖堂に真っ直ぐに響き渡った。




