62話、賢人たちの夜明け
ベルフェゴルの肉体が光の粒子となって霧散していく。
それをエドラたちは肩で息をしながら、ただ静かに見届けていた。
魔王の残骸の消滅に呼応するように辺りを埋め尽くしていた不浄な闇も潮が引くように、静かに、だが確実に溶けて消えていく。
「・・・・・・よっしゃあ! 勝った・・・・・・・勝ったんだっ!」
エドラは天を仰ぎ、顔をくしゃくしゃにして勝利の咆哮を上げた。
その顔には、死線を越えた者だけが浮かべられる最高の笑みが宿っている。
「・・・・・・・終わったんだな」
アリアが武器を下ろし、膝をつく。
5人がそれぞれのやり方で勝利を噛み締めていた、その時だった。
奥の扉がゆっくりと開き、二人の人影が姿を現した。
立ち込める塵と光の向こう側から、確かな足取りで歩み寄ってくるのは、アーサーとマーリン。
「「団長!」」
地獄のような闇から生還した二人にエドラ、アリア、フリードが駆け寄る。
「アラン、復讐に囚われる日々はもう終わりだ。これからは生き残ったエルフの民と共に、新たな里を、新たな歴史を築いてゆけ」
エイワスは、戦いて煤けたアランの肩を大きな手で優しく、力強く掴んだ。
「エイワス翁・・・・・・それでも、貴方と一緒に・・・・・・!」
「言ったはずだ。新しき時代に、我らのような過去の遺物は不要だと。里を作るのは、老い先短い隠居ではなく、未来をその手に持つお前たち若きエルフなのだ」
その厳しくも温かい眼差しに、アランはこみ上げるものを堪え、力強く頷いた。
「・・・・・・はい!」
その時、静寂を取り戻した扉の奥から聞き慣れた、だが懐かしい声が響いた。
「アラン・・・?」
「姉さん・・・!」
そこには姉、セシルの姿があった。
駆け寄るアラン。
復讐のために凍りついていた彼の心は家族の温もりによって、今解き放たれた。
「姉さん、僕は・・・」
「いいのよ、アラン、全部わかっているから・・・・・・大丈夫よ」
センルはアランを優しく包み込んだ後、ゆっくりとアーサーの方へ視線を向けた。
その瞳は、すべてを見透かしているかのように穏やかだ。
「貴方も、アレイスターの ・・・・・・・・お友達ですよね?」
「ああ、……まあ、友達っつーか、ただの腐れ縁というか」
アーサーは照れくさそうに頭を掻いたが、その表情にはかつての友を想う切なさが滲んていた。
セシルはそれを見て、満足そうに微笑む。
「もし、アレイスターに会うことがあったら、伝えてほしいの、『エルフの里を救おうとしてくれて、本当にありがとう。私はここで、のんびり貴方を持っているから』って」
アーサーは一瞬沈黙し、それから力強く頷いた。
「・・・・・・・ああ。あの野郎に会ったら、まず一発ぶん殴ってから、必ず伝える。約束だ」
「 ふふ。ありがとう。よろしくお願いしますね」
「姉さん! 僕は・・・・・・・姉さんがいなければ、何にもできない! 行かないでくれ、僕も連れていってよ!」
復讐という鎧を脱ぎ捨てたアランはかつての冷徹な剣士ではなく、ただの泣きじゃくる幼い弟に戻っていた。
「アラン、貴方がここに来るのはまだ早すぎるわ! 私は大丈夫、だから……」
「嫌だ!姉さんと離れたくない! すっと傍にいたいんだ!」
すがりつくようなアランの絶叫が響いた瞬間一一。
エドラの拳が、アランの頬を容赦なく弾き飛ばした。
「・・・・・・・・甘ったれてんじゃねえっ!
衝撃で倒れ込んだアランの胸倉を、エドラは逃がさないと言わんばかりに力任せに掴み上げた。
そして、己の額をアランの額に骨が鳴るほどの勢いで叩きつける。
「お前はあの爺さんにエルフの未来を託されたんだろ! 授かった使命を放り出して、自分だけ逃げようってのか!」
至近距離でエドラの怒気に満ちた瞳が、アランの揺れる瞳を逃がさない。
「現世でお前を待っているエルフたちの思いを踏みにじるんじゃねえ!生きて、生きて・・・・・・・死ぬまでその使命を全うしやがれ!」
「そうじゃ、アラン。エドラの言う通り、お前の帰りを待っておる者たちの思いを、粗末にするのではないぞ」
エイワス翁の静かな、だが重みのある言葉が重なる。
「エイワス・・・翁」
「まずは己の犯した罪を、生きて償え。その上で、新しきエルフの里を一から作り直すのじゃ!」
エドラの鬼気迫る一喝と翁の言葉にアランは憑き物が落ちたように深く息を吐き、ようやく冷静さを取り戻した。
「・・・・・・ありがとう、エドラ。人間をこれほどまでに信じたいと思ったのは・・・・・・・・・・・・・・アレイスター以来だよ」
アランの瞳に、復讐の炎ではない穏やかで強い光が宿る。
エドラは不敵に笑った。
「人間とダチになるってのも、そう悪くないだろ?」
「ああ。・・・・・・・全くだ」
二人はどちらからともなく手を差し出し、泥と煤にまみれた手で折れるほど固い握手を交わした。
種族を超えた魂の共鳴が、今、確かな友情へと変わった。
「さて、あとはこの『《《輪廻逆転》》』をどうするかだな?」
アランの問題が解決したアーサーは次の問題解決に目を向ける。
「いやその心配はない」
フリードは冷静に答える。
「扉さえ閉じれば強制的な引き戻しが始まる。漂っていた魂たちは、あるべき場所へと帰っていくはずだ」
エドラ達はエイワス翁とセシルに別れを告げて、現世に帰る。
現世への帰還を果たした一行。
エドラは背後の異変を断つべく冥府の扉の取っ手を両手で掴み、思い切り押した。
「ふん、きぎぎぎぎいいいいっ!・・・・・・くっそ、硬ぇ!動かねえぞ、これ!」
血管が浮き出るほど顔を真っ赤にして地面を削るほど足を踏ん張るが巨大な扉はびくともしない。
死後の世界を封じる「理の重み」は、若き剣士の力をもってしても容易には動かなかった。
その様子を見かねたアーサーが、肩を回しながら歩み出る。
「おいエドラ、どけ。・・・・・・俺がやる」
「だ、団長、無理ですよこれ! 扉っていうか、壁を圧してるみたいで・・・・・・」
エドラが息を切らしながら構へ退くと、アーサーは無造作に取っ手を握り締めた。
エドラ、一人でも微塵も動かない壁のように扉は重い。
しかし、怪力をもつアーサーにはこの重い扉は意味をなさかった。
普通の扉を閉めるかのような感覚で簡単に冥府の扉を閉める。
「たかが、ドア開け閉め程度で何を手こずってんだ。お前は.....」
(もうやだ、この人.......)
アーサーの超人じみた怪力にその場にいた全員は心の中で畏怖していた。
冥府の扉が閉まると扉は網膜を焼くような眩い閃光を放ち、跡形もなく消失した。
冷え切っていた地下祭壇の空気がふっと緩む。
アーサーたちが地上へと戻ると聖堂を包んでいた喧騒はすでに収まっていた。
「団長!」
事態の収集にあたっていたスノウら『スカイホーク』の面々が、エドラ、アリアの姿を見つけて駆け寄る。
また、長席で父ランスロットを介抱していたサリーも、弾かれたように顔を上げてこちらへ走ってきた。
「 ・・・・・・・終わったんだな」
アーサーは深く息を吐き、ようやく肩の力を抜いた。
視線を巡らせると、共闘したジェラルドたち『黒い炎』のメンバーは、騎士団に囲まれ、静かに身柄を拘束されていた。
アランは、騎士団を統率するナタリアを真っ直ぐに見据えて一歩、また一歩と距離を詰めた。
「あんたか、ここを取り仕切っている責任者だな」
「・・・・・・ああ、そうだが。何用だ」
ナタリアが答えるとアランはその場に膝を突き、額を地面に叩きつけた。
あまりに唐突な土下座に、背後にいたジェラルドたちは言葉を失い、目を丸くする。
「『黒い炎』の連中を動かしたのは、すべて僕だ!彼らに非はない。僕が強いたことだ!」
アランは地面に顔を伏せたまま、震える声で叫んだ。
「僕を捕らえる代わりに、彼らを見逃してくれ! 頼む・・・・・・・! すべての責任は僕にある。だから、彼らには手をださないでくれ!」
「確かアランだったな。冥府の世界で、お前の姉と少し話をした」
ナタリアは、石床に額を擦り付けるアランに合わせるように、ゆっくりと腰を落とした。
「え……、姉さんが……!?」
顔を跳ね上げたアランの瞳に、期待と困惑が混じる。
ナタリアは淡々と言葉を継いだ。
「ああ。お前のことを頼むと言われてな、そこでた、少しばかり取引をしよう」
「取引、だと?」
問い返すアランを見据え、ナタリアは不敵な笑みを浮かべる。
「私は友人のアレイスターの足取りを追っている。彼は今も行方不明だ。だがそんな彼を知るお前が我々の捜索に協力するなら――「仲間の罪は問わない」。お前の要求を呑んでやる」
「……仲間が救われるなら、喜んで協力する!」
アランの返答に迷いはなかった。
「私も約束は必ず守る。安心しろ。そしてもう一件片づけなければならないことがある」
ナタリアは振り返り、その場を後にしてそのままスカイホークに足を運ぶ。
飛行艇と化したスカイホークアジトの中で治療を受けるフリードの前にナタリアは立ち塞がる。
「フリード、町民誘拐、強制重労働、ソロモン教団共謀の疑いがある。ご同行願おうか」




