61話、賢人たちの逆襲24 深淵に眠る闇
その頃――。
アーサーとマーリンは不気味に蠢く闇の中、聖剣が展開するわずかな結界を頼りに立ち尽くしていた。
マーリンは闇に触れて無残に焼け爛れたアーサーの腕を光魔法によって癒やしていた。
「・・・・・・どうやら私たち、ここまでみたいね」
マーリンが絞り出すような声で呟く。
「闇に触れてこのザマだ。今回ばかりは・・・・・・・どうにもならないな」
アーサーは自嘲気味に笑った。
ベルフェゴルが放ったその闇はひとたび触れれば、焼き爛れて最悪魂さえも腐敗させる。
周囲を埋め尽くす真っ黒な絶望を前に、二人は静かに最期の覚悟を固めつつあった。
「ねえ、アーサー。最後になるかもしれないから・・・・・・・これだけは、ハッキリと言っておきたいの」
マーリンは覚悟を決めた瞳で彼を見つめた。
その声は震えていたが、真っ直ぐな意志が宿っている。
「――よせ」
アーサーは彼女の言葉を遮るように低く、掠れた声で拒絶した。
「娘のイスカのことなんだけど......」
「止めろ!」
アーサーは荒げてマーリンの言葉を遮る。
「そう簡単に、諦めてんじゃねぇぞ!アンタには娘が待ってんだ!何が何でも生きて帰るぞ!」
「違うの!聞いて、アーサー・・・・・イスカの父親は、あなたなのよ」
「・・・ハァ・・・・何だって?」
マーリンの放った言葉は、迫りくる死の恐怖さえもアーサーの意識から弾き飛ばした。
時間が止まったかのように彼は硬直する。
「イスカが・・・・・・・俺の、娘……!?」
「そうよ。紛れもなくあなたの血を引く子よ」
「だが、お前は・・・・・・・俺を捨てて別の男と籍を入れてあの子を産んだんじゃなかったのか・・・・・・!」
アーサーの絞り出すような問いに、マーリンは悲鳴に近い声を上げた。
「そんなわけないでしょ! どこまでおめでたいのよ、この馬鹿!」
「――っだったら、なんでそれを今こんな死に際で告白するんだよ!」
「あんたが勝手に変な勘違いをして、勝手に心を閉ざすからでしょうが! だからここまで話が拗れたのよ!」
死を待つばかりだった闇の結界内は、今や再燃した二人の激情で激しく揺れ動いていた。
「あの日、私があなたの前から姿を消したのは事故なのよ。いまそれどころじゃないから詳しい話はこの状況を切り抜けてから話すわ」
マーリンはそう言い切ると光魔法でアーサーの腕を完璧に治療し終える。
「生憎、私も娘がいる以上、そう簡単に諦めるわけにはいかないでしょう?」
光の粒子を散らして、マーリンは静かに立ち上がった。
その瞳には、もはや諦めの色は微塵もない。
アーサーは己の腕を握り締めてその感触を確かめるようにゆっくりと回した。
そして、不敵に口角を吊り上げる。
「ああ…………………全く、その通りだな!」
アーサーは地面に突き立ていてる、結界の核としていた聖剣をゆっくりと強く、握り直した。
そして隣に立つマーリンを振り返る。
「・・・・・・俺が聖剣を引き抜いて結界を解除する。その瞬間に闇がなだれ込むはずだ。マーリン、お前の光魔法で奴らを押し留められるか?」
「任せて!コンマー秒の狂いもなく結界を入れ替えてみせるわ」
マーリンは錫杖を構えてその両手に膨大な光の魔力を収束させた。
二人は互いの瞳を見つめて無言のまま意識を同期させる。
「1.2.3――今だッ!」
アーサーの裂帛の入った気合と共に聖剣を大地から引き抜いた。
消失する聖剣の障壁。
同時に四方から牙を剥いて襲いかかる闇。
だがそれよりも早くマーリンの光が爆発的に広がり、漆黒の絶望を力強く押し返し新たな結界を張る。
アーサーは聖剣を天高く掲げて極限まで神経を研ぎ澄ませた。
マーリンの張った結界の内で黄金の刀身に膨大な光が吸い込まれていき、やがて極限まで凝縮されていく。
聖剣――エクスカリバー。
その刃は魔王の類に対して鋭敏な殺気を放つ性質を持つ。
それは今、この場を支配する「魔王の残骸」の邪悪な魔力に対しても例外ではなかった。
「・・・・見つけたぞ」
アーサーの呟きに呼応するようにエクスカリバーが震えて低く唸りを上げる。
微かに漂うベルフェゴルの魔力の糸を聖剣は確実に捕捉した。
磁石が北を指すように、その剣先が闇の向こう側に潜む「敵の本質」を捉えて狂いなく一点を指し示した。
一方、ベルフェゴルはエドラたち五人を相手に一進一退の死闘を繰り広げていた。
光銃剣を構えて果敢に肉薄するエドラ。
その動きをフリードが『ヘプタグラム』による位置置換で加速させて、アランの空間魔法が敵の死角へと導く。
ベルフェゴルの矛先がエドラへ向けられそうになるたびにエイワス翁とアリアが左右から猛攻を仕掛けて強引にその注意を逸らした。
「小癪な真似をッ!!」
ベルフェゴルは剣を振るいながら死角からの二人の一撃を辛うじてあしらう。
だが、五人が織りなす隙のない連携にさしもの魔王の残骸もエドラへの警戒を片時も解くことができないでいた。
(光魔法を持つエドラを絶対に死なせるな。彼こそがこの戦いの唯一にして最大の勝機だ!)
全員の胸にあるのは、その一点のみだった。
つい先ほどまでベルフェゴルの奸計によって殺し合わされていたエルフと人間――その二つの種族の意志が今、かつてないほど強固に結びつく。
ベルフェゴルも負けじと言霊を二人に放つ。
《爆は…》
「あいつの喉元潰せば……言霊の魔法は無力化するんだったな」
「ああ、その通りじゃ」
(こいつらあああああ!)
エイワスの猛烈な雷拳とアリアの鋭利な穂先が同時にベルフェゴルの声帯を切り裂いた。
ベルフェゴルの鉄壁の守りに一瞬だけ、決定的な綻びが生じる。
その微かな「勝利への道筋」をエドラの瞳は見逃さなかった。
「当たれぇえええ!」
エドラは躊躇なくベルフェゴルの懐に踏み込み、至近距離から光銃剣の引き金を絞る。
放たれた渾身の光弾はベルフェゴルの胸元を爆発的な輝きとともに真っ向から撃ち抜いた。
「ぐおおおおおおおおっ!!」
凄まじい光の爆ぜる音が響き渡る。
爆発的な火力に焼かれたベルフェゴルの強固な外殻が剥がれ落ちた。
その剥き出しになった胸の奥でどす黒く鼓動する心臓が露わになる。
「うおおおおお!」
勝機――! エドラは咆哮とともに光銃剣をその心臓目掛けて突き出した。
だが、その先端が届くよりも早くベルフェゴルが裂けた声帯から血を吐き出すように呪詛を紡ぐ。
「や"ら"せ"る"か"ぁ"ぁ"」
《魔言悪器》…… !
無理やり発動された言霊がベルフェゴルの手中に漆黒の魔剣を生成した。
そこから溢れ出した濃厚な闇が津波となってエドラを襲う。
「くっ!」
エドラは咄嗟に光銃剣を横に構えて光の盾を展開して闇を正面から受け止めた。
しかし、その圧倒的な圧力に押されて心臓を目前にしながらも後退を余儀なくされる。
「馬鹿………め。お前ら...っ....程度の..........粗末な光で......俺が死ぬとでも......?」
切り裂かれた喉をどす黒い魔力が無理やり繋ぎ合わせていく。
剥き出しだった心臓は再び強固な外殻に覆われようとしていた。
ベルフェゴルは漆黒の魔剣を握り直して再び残酷な笑みを浮かべて反撃に転じようとする。
だが、その瞬間——,
背後の闇が黄金の閃光によって真っ二つに両断された。
「ぐ、がぁああッ!?」
背後から突き抜けた光の斬撃が再生しかけていた外殻を無慈悲に粉砕して再びその心臓を露わにする。
(この感じ.....魔力は......まさか...まさかあああああああ!)
あまりに突発的、かつ圧倒的な威力にベルフェゴルの思考は白く塗りつぶされた。
視線の先、切り裂かれた闇の向こう側――。
そこには黄金の輝きを放つ聖剣エクスカリバーを振り下ろした、アーサーの姿があった。
「きさまああああああああ!」
「お膳立てはしておいた。・・・・・・・・後は決めろ、エドラ!!」
遥か先で戦っているエドラにアーサーは言葉を送る。
突如飛来した黄金の斬撃。
周囲が驚愕に包まれる中―――
エドラだけはそれが聖剣の主による援護だと直感し、光銃剣を構える。
(団長.....ありがとう.......)
「クソ……不味い!」
(一度闇に戻って体勢を立て直さないと........!)
「 お前ら........次に会う時は一人残らず塵にしてくれるわっ!」
心臓を晒し、満身創痍となったベルフェゴルは《魔言悪器》が吐き出した間の中へと身を投じた。
強制的な撤退。
だが、闇の深淵に消えたはずのベルフェゴルが次に目にしたのは安息ではなく――あろうことかエドラの目前だった。
「逃がすかよ!」
「なっ!?」
「何も、「星」で入れ替えるのは味方だけとは限らない。・・・・・・お前を闇から引きずり出すことなど、造作もないんだよ」
フリードが氷のように冷ややかな声で告げる。
「ぐぅぅ」
左目を酷使したその代償か、彼の左目――『星の目』からは、一筋の鮮血が頬を伝い落ちていた。
「やめろぉぉぉ!俺に近づくなぁぁぁゴミがぁぁぁぁ」
エドラに恐怖するベルフェゴル。
「ゴミじゃない!俺は勇者なる男だぁぁぁ!」
「行け、エドラ!」
「やれ! エドラ!」
「仕留めろおおぁ!」
「ぶちかませえええええ!」
仲間たちの魂を揺さぶる咆哮がエドラの全身に魔力を駆け巡らせる。
そこにもはや、
迷いも―――。
恐怖も―――。
一分の隙もない―――。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
エドラは光の尾を引く流星と化して踏み込んだ。
絶望に顔を歪めたベルフェゴルが、震える手を伸ばす。
「止めろ……止めろおおおおおおおおっ!!」
その拒絶を切り裂きくかのように光銃剣が剥き出しの心臓へと深々と突き刺さった。
肉を焼く音。
そして、エドラは至近距離から全ての魔力を解放して引き金を絞り抜いた。
「これで、終わりだぁぁぁっ!!!!」
放たれた極大の光弾がベルフェゴルの心臓を内側から爆砕し、その巨大な闇の肉体を白銀の輝きの中へと呑み込んでいった。
エドラが光銃剣を介してベルフェゴルの心臓に触れた瞬間―――
ベルフェゴルの魂がエドラに感応しベルフェゴルの意識だけは謎の世界に行っていた。
気がつけば、彼は禍々しい赤黒い闇が支配する。
――――静寂の世界に佇んでいた。
音もなく風もない。
ただ、とろりとした濃密な死の気配が肌を撫でる。
ここが何処なのか?
そして、なぜ自分がここに引き寄せられたのか?
ベルフェゴルという存在の本能がその答えを冷酷に理解していた。
そしてその最奥で眠る存在に気づいていた。
「...…なるほど、ここにあったのか」
ベルフェゴルは口角を上げた。
「灯台下暗しとはまさにこのこと!」
なぜ?
なんでここに?
そんな疑問も警戒もなくベルフェゴルはただただ本能に従い獣 のように『《《ソレ》》』に飛びつく。
――誰ダ、我ノ眠リヲ、防ゲルノハ――
『《《ソレ》》』は微かに瞼を開けベルフェゴルを見据える。
「うるさい!貴様のその魂!俺によこせぇぇ!」
不快で耳障りな雑音で深い眠りを妨げる『《《ソレ》》』は眉をひそめる。
――我ノ眠リヲ、妨ゲルモノ 何人タリトモ許サン――
憤怒に満ちた『《《ソレ》》』は顎を大きく開きベルフェゴルの上半身を逆に食らいつくす。
それは眠りを妨げたモノを始末したことへの安心と、矮小な悪魔を食らい満腹感による愉悦さに浸るかのように『《《ソレ》》』は安らかに深い眠りにつく。
長かったエルフ編もあと2話で終わりますので乞うご期待!




