6話、兄と弟1
月光だけが照らす深夜の森。その静寂を裂くように、エドラは暗い草むらをかき分け、サリーを抱えたまま必死に走っていた。
「ちょっと! エドラ、降ろしてってば!!」
急な状況に混乱したサリーが暴れる。
「バカ! 暴れるなって!」
エドラが叫んだ次の瞬間、均衡を崩し二人ごと派手に転んだ。
「痛っ……! こんな夜中に何してんのよアンタは!」
「決まってるだろ! スノウより先に、大型魔物を倒すんだよ!」
胸を張って言い放つエドラに、サリーは大きなため息を吐いた。
「……しつこい。いい加減諦めなさいってば。……というか、なんであたしを連れてくの?」
「そりゃお前、見逃してくれるわけないし、絶対アーサーに告げ口するだろ?」
「当たり前でしょ!」
「だから口止めだよ。それに、一緒に来たならもう共犯だしな」
「…………は?」
サリーは口を開けたまま固まった。
ーーこのまま帰ったら団長に殺される。
理不尽な巻き込み事故に我を忘れそうになりながら、彼女は頭を抱えた。
そんなサリーの心情を知ってか知らずか、エドラはさっさと先を進み始める。結局、サリーも成り行きでついていくしかなかった。
夜が明けるころ、二人は大型魔物が目撃された「クージャの森」に到着した。
入口付近には焚き火のキャンプ。
そこにはホワイトベアの面々、そしてスノウの姿があった。
スノウは二人を見るなり目を丸くし、サリーへ問いかける。
「……なんでお前たちがここにいる?」
「え、えっと……エドラに巻き込まれて……」
「クソ! 先を越された……!」
横でエドラが悔しそうに地面を蹴った。
「でもスノウこそ、なんでこんなに早く来てるのよ? 団長たちは?」
「俺は様子見で先に行けって言われた。団長たちは後から来る」
その言葉を聞いた瞬間、サリーの顔から血の気が引く。
ーーああ……二人に殺される。
一方その頃スカイホークのアジトでは、二人の不在に気づいたアーサーとアリアが捜索に走っていた。
「団長、まさか……」
「エドラだけじゃなくサリーまで抜け出すとはな……あの野郎……!」
場面は再び森の中に戻る。
「お前たちはとっとと帰れよ! 邪魔なんだよ!」
「うるせぇ! お前こそ畑仕事でも手伝ってこい!」
「それお前の仕事だろ!」
「なんだと!」
「やめなさいよ二人とも!」
エドラとスノウが言い合いを始め、サリーが慌てて間に入る。
そのとき――。
「スノウ! スノウなのか?」
聞き慣れた声に、スノウはピタリと動きを止めた。
振り向くと、ホワイトベア副団長にしてスノウの兄・ニクスが立っていた。
弟に駆け寄り、優しい顔であれこれと世話焼きな言葉をかける。
だがスノウはどこか複雑な表情を浮かべ、視線を逸らした。
そこへ眼鏡の女性――リベーナが険しい顔で注意する。
「副団長、何をしているのですか。身内の前でも品位をお忘れなく」
「ご、ごめんよ、久しぶりだったからさ……」
和やかに見えた空気は、焚き火のそばにいた男の声で破られる。
「ところで、お前らは誰だ? 話ではアーサー団長とアリア副団長が同行と聞いていたが」
ーーまずい。
エドラとサリーが固まったその瞬間、スノウが間髪入れずに言った。
「新人だ。研修で先に来ただけだ。団長たちは後から来る」
兄のニクスは素直に信じたが、リベーナは鋭い視線で訝しむ。
しかし、ゾインの咳払いの合図で話は強引に進められた。
「今回の目的は大型魔物『ベヘモト』の討伐だ。奴は獰猛で、魔法で同士討ちさせるほど狡猾でもある。ギルドは違えど、互いに協力して仕留めるぞ!」
先導するゾインに、エドラはやる気満々で剣を握りしめた。
「よーし、やってやるぞ!」
準備をするホワイトベアの面々を横に、ニクスは弟に微笑む。
「スノウ、危なくなったら俺が守るからな」
しかし、スノウはほんのわずかに冷たい笑みを返した。その違和感にサリーは気づく。
ニクスが離れた瞬間、サリーはスノウを草むらへ連れていった。
「ねぇスノウ。もしかして……お兄さんに劣等感、持ってる?」
「っ……なんで、お前……」
サリーに見透かされたことで、彼は短く息を飲む。
そして静かに語り始めた。
両親を失い、二人で生きてきた幼少期。
ホワイトベアに入団し、兄弟で努力した日々。
しかし差は開く一方で、兄は成果を積み重ねて副団長へ。
追いつけない焦り、劣等感――そんな心を見抜いたランスロットの勧めで、スカイホークへ移籍したこと。
サリーはそれを黙って聞き、強く立ち上がる。
「じゃあ……一緒にベヘモト倒そ! 倒して、お兄さんに“強い”って見せつけるの! ほら、行くわよ!」
サリーはスノウの手を引っ張り、それからエドラの襟首も掴んで森の奥へと走り出した。




