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勇者の弟子  作者: ヤス
賢人たちの逆襲

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57話、賢人たちの逆襲・『ワールド・ウォーフェア』3

里の中はすでに地獄と化していた。

天を覆う紫黒色の幾何学模様から降り注ぐ禍々しい光に、エルフたちは言葉を失い立ち尽くす。


しかし、彼らに困惑する暇など与えられなかった。

 

「殺せ!動ける者は全て捕らえ、使えぬ者はその場で処分しろ!」


怒号と共に鉄紺色の制服に身を包んだアレスの兵士たちが見慣れた家々に火が放たれ、雪崩れ込んでいく。  

平和に慣れすぎた森の民にとって、それは理解を絶する暴力だった。

山菜を抱えたまま逃げ惑う女性を兵士の槍が容赦なく背後から貫く。

怯えて泣き叫ぶ子供たちの細い首筋に冷たい鉄の枷が次々と嵌められていく。


「やめて! お願い、この子だけは……っ!」


悲痛な叫びも冷徹な軍靴の音にかき消された。

かつてアレイスターが「平和への祈り」を込めたはずの魔法が皮肉にも太陽を遮り、この惨劇を演出する舞台装置へと成り果てている。

 

続いていた平穏はあまりにも容易く、あまりにも無残に黒い煙と共に空へと消えていった。


「セシル!これは一体……何が起きているの!?」


親友リーラが震える声で隣のセシルに問いかける。

彼女たちの目の前では、先ほどまで笑い合っていた村の広場が炎と悲鳴に包まれていた。


「分からない……!でも、アランがいないの!広場で遊んでたはずなのに……!」


セシルは青ざめた顔で周囲を見渡すが小さな弟の姿はどこにもない。

逃げ惑う群衆と獲物を狩るように迫りくるアレスの兵士たち。

絶望的な光景を前に、セシルの心臓は早鐘のように打った。


「セシル、危ない! こっちへ!」


リーラがセシルの腕を引いて安全な物陰へと逃げようとするが、セシルはその手を振り払った。


「ごめんリーラ、先に行って! 私はアランを探しに戻るわ!」


「正気なの!? あんなところに今戻ったら……!」


「あの子を一人にするわけにいかないの! お願い、リーラは逃げて!」


叫ぶような声を残してセシルは親友と別れて炎の上がる広場の方角へと弾かれたように駆け出した。

恐怖で竦みそうになる足を必死に叱咤して彼女はただ一人の家族を救うために地獄の真っ初中へと飛び込んでいった。


火の粉が舞い、黒煙が視界を遮る広場でセシルは喉が焼けるほどに弟の名を呼び続けた。


「アラン! アラン, どこなの!?」


返ってくるのは無機質な軍靴の音と何かが焼け落ちる不気味な響きだけだ。

絶望に押し潰されそうになったその時、朦朧とする視界の先に見覚えのある長身の人影が映った。


「アレイスター! アレイスター、アランを見なかった!?」


縋り付くようなセシルの叫びにアレイスターが振り向く。

その顔は、かつてないほどの苦渋と怒りに歪んでいた。


「セシル……! いや、アランは見ていない。……いいか、よく聞くんだ。これ以上ここにいてはいけない!」


アレイスターはセシルの肩を強く掴み、その瞳を真っ直ぐを見据えた。


「背後に悪魔がいる。奴らがアレスを裏で操り、俺が作っていた未完成の魔法を……『平和』のために編んだはずの術式を虐殺の道具として悪用しているんだ」


「そんな……アレイスターの魔法が!?」


「俺の不徳だ。だが今は、悔やんでいる時間はない。セシル, お前はアランを連れて、一刻も早く里の外へ逃げろ! ここにはもう, 守るべき平穏なんて残っていない!」


「……アレイスターはどうするの?」


セシルの問いに、彼は空を覆う禍々しい幾何学模様を見上げて拳を血が滲むほどに握りしめた。


「俺はエイワス翁と共にこの呪われた魔法を止める。そして——平和を泥足で踏みにじったあの悪魔を, この手で葬り去る」


「アレイスター、私も……っ!」


戦う決意を滲ませる彼の背中にセシルが思わず手を伸ばす。

だが、アレイスターは振り返ることなく、その声を遮るように叫んだ。


「いいから弟を連れて、一刻も早く里を出るんだ! ……頼む、セシル。君やアランまで失うことだけは、耐えられないんだ!」


英雄と呼ばれた男の搾り出すような震える声。

その裏に潜む深い悲しみと愛情にセシルはかける言葉を失った。

握りしめた拳を震わせた彼女はアレイスターの元へ歩み寄るとその大きな両手を自分の小さな手で力一杯包み込んだ。


「……分かったわ。でも約束して。必ず生きて戻ってきて!」


「ああ。……約束する」


互いの体温を刻み込むような短い接触の後、セシルは断腸の思いで背を向けた。

かつての英雄の瞳に守るための慈愛ではなく、滅ぼすための熾烈な闘志が宿る。

その背中を信じてセシルは再び火の海へと駆け出した。


「アラン! どこ、アラン……!」


焼け焦げた木の匂いと鉄の臭気が鼻を突く。

視界の端で爆ぜる火柱の向こう側で崩れかけた荷車の影に小さな背中が縮こまっているのが見えた。


「――姉さん!」


アランの声が聞こえたのと同時にセシルの心臓が跳ねた。

駆け寄ろうとした彼女の目に飛び込んできたのは、無慈悲に引きずられたアランの足から流れる鮮血だった。

「アラン! 今行くわ、待ってて!」


だが、その再会を断ち切るように冷徹な影が立ちふさがった。

鉄紺色の軍服を着た兵士が感情の欠落した瞳でアランを見後ろして銃身を持ち上げる。

銃口が、震える幼い胸元を正確に捉えた。


「……死ね」


引き金に指がかけられた、その瞬間。

思考よりも早くセシルの体は弾かれたように飛び出していた。


「やめてえええっ!」


鼓膜を震わせる乾いた破裂音。

熱い衝撃が胸を突き抜け、セシルの視界が激しく揺れた。


「あ……っ……」


声にならない吐息が漏れて膝から力が抜ける。

崩れ落ちる視界の中で泣き叫びながら自分に手を伸ばすアランの姿が、急速に遠ざかっていく。


焼けるような熱さと意識を塗りつぶしていく冷たい静寂。

アレイスターとの約束が遠く、遠く、火の粉の中に溶けていった。


「姉さん! 姉さん……!」


アランは血の混じった涙を流して無我夢中で倒れ伏した姉の元へ駆け寄ろうと、泥まみれの手を伸ばした。

だが、その小さな指先がセシルの指に触れる寸前、背後から伸びた無機質な鉄の腕がアランの細い体を無造作に釣り上げた。


「離せ、離せえっ! 姉さんを助けて!」


暴れる少年の叫びなど耳に届いていないかのように、別の兵士が淡々とした手つきでアランを鉄製の檻へと放り込む。

重苦しい金属音が響き、頑丈な錠前が下ろされた。

檻の格子の隙間から見えるセシルの姿はもう動かない。  


幼い少年の絶望を閉じ込めたまま軍靴の足音だけが虚しく広場に響き渡っていた。


その頃、眼下の惨劇を特等席で眺めるようにベルフェゴルは丘の上で退屈そうに静観していた。


「さあて、そろそろ《《掃除》》も終わったかな」


ベルフェゴルが億劫そうに腰を上げて長い欠伸を噛み殺したその瞬間。

大気が引き裂く鋭い放電の響きと共に二条の黄色い雷光が、殺意を孕んで彼を目掛け飛来した。


ベルフェゴルは億劫そうに地面を蹴り、無重力のような軽やかさで後退した。

雷光が着弾した地面が爆ぜ、土煙が舞い上がる。


「……あーあ。気付くのが早いんだよ、お前らは」


煙が晴れた先に、ベルフェゴルの冷ややかな眼光が射抜く。

そこには復讐の炎を瞳に宿したクロウリー、苦渋を押し殺したアレイスター、そして威厳に満ちたエイワス翁が立ちはだかっていた。


「どういう意図であれ、我が聖域を荒らし、同胞を傷つけた罪は、万死に値するぞ。……悪魔め」


翁の絞り出すような警告と共に、その拳に超高圧の雷気が帯電して周囲の空間がジリジリと震える。

その予備動作に合わせるように、抜剣したクロウリーが爆発的な踏み込みで地を駆け抜けた。


「家族の……里の皆の仇だッ!」


最愛の者を傷つけられた絶望を力に変えてクロウリーはベルフェゴルの喉元へ一閃、渾身の斬撃を叩きつける。


だが、


「《盾》」


ベルフェゴルの薄い唇から零れた吐息のような言霊。

クロウリーの剣先が届く寸前で漆黒の魔力の壁が空間に固定されて鋼を弾き飛ばした。

火花が散り、強烈な衝撃波が周囲を薙ぎ払う。


「……熱くなりすぎだ」


悪魔は不敵な笑みを浮かべて眼前に立ち塞がる三人を嘲笑うように見つめた。


「少しは――《頭を冷やしたら?》」


冷徹な嘲笑と共に放たれた言霊。

次の瞬間、空間そのものが凍りつくような極寒がクロウリーを襲った。

絶叫すら凍てつき、彼の身体はみるみると白銀の霜に包まれていく。

一瞬の間に復讐に燃えていた戦士は、その動的な意志を封じられたまま無機質な氷像へと成り果てた。


「クロウリーッ!」


アレイスターの悲鳴に近い叫び。

だが、隣に立つエイワス翁に動揺を許す隙はなかった。

翁はクロウリーの結末を惜しむ間さえ惜しみ、ただ純粋な殺意へと昇華させる。

その瞳から慈愛は消えた老境の魔導師は文字通り一筋の雷光と化した。


ベルフェゴルが次なる言霊を紡ぐよりも早く、翁は超至近距離へと肉薄する。


「ぬうううんッ!」


万雷の怒りを込めた高電圧の拳がベルフェゴルの無防備な腹部へと深く食い込んだ。


その直撃にベルフェゴルの体が僅かに折れ曲がった刹那、間髪入れずアレイスターが死角から肉薄してその指先に収束させた極細の雷光の刃を閃かせた。


「……その耳障りな声、二度と響かせるな」


冷徹な宣告と共に紫電の刃がベルフェゴルの喉元を、声帯ごと鮮やかに掻き切る。

灼熱の魔力が喉の組織を瞬時に焼き切り、悪魔の嘲笑はくぐもった血の泡へと変わった。

物理的な切断だけでなく、魔力による喉の「破壊」。

言葉そのものを奪われたことで、ベルフェゴルの理不尽な言霊の魔術は、その根源から封殺された。


激痛と初めて味わう「沈黙」の屈辱。

ベルフェゴルの瞳にこれまでの余裕をかなぐり捨てた氷のように鋭い殺意が宿る。


だが、その睨みつける視線すらもアレイスターは許さなかった。


「潰れろ」


喉を焼かれた悪魔の代わりに今度はアレイスターが「言葉」を紡ぐ。

次の瞬間、ベルフェゴルの周囲数メートルに及ぶ空間の重力が数千倍へと跳ね上がった。


ミシミシとベルフェゴルの骨が軋み、折れる不気味な音が響く。

大地は円形に陥没し、悪魔の身体は文字通り地面へと「圧し潰された」。

内臓を押し潰すほどの不可避な質量。

先ほどまでの優雅さは見る影もなく、ベルフェゴルは己の血溜まりの中で身悶えしたがそれも一瞬の事だった。


アレイスターはさらに魔力を注ぎ込み、無慈悲に拳を握り込む。


「――灰すら残すか!」


極大の重圧が限界を超えて空間そのものが悲鳴を上げる。

ベルフェゴルの身体は断末魔の声すら上げられぬまま肉塊となり、最後は目に見えぬほどの高密度にまで圧縮されて文字通り圧殺された。

後に残ったのは、深く抉れた円形のクレーターとこびり付いたどす黒い血の跡だけだった。


悪魔の魔力が霧散したことを肌で感じ取った二人はすぐさま天を仰いだ。

(あるじ)を失ってもなお、空に描かれた巨大な魔方陣は不気味な脈動を続け、致死の光を地上へと撒き散らし続けている。


「未完成のこの魔法を……どうやって止める……」


焦燥に駆られるアレイスターが幾千の術式を脳内で走らせる中、隣で荒い息を整えていたエイワス翁が静かにだが鋼のような響きを湛えた声で告げた。


「……案ずるな。ワシの命全てを持って、あの魔法をぶつけて止める」


「――ッ!? 何を言っているんですか!」


アレイスターは弾かれたように翁を振り返った。

その瞳には、恐怖にも似た動揺が走る。


「この魔法は……元は私が、俺が作り出したものだ! 命を懸けて責任を取るなら、俺がやるべきだ! あなたは里の、エルフの長だ。こんなところで背負うべきことじゃない!」


悲痛な叫びと共に、アレイスターは一歩前に出た。

自責の念と師を失うことへの恐怖。

若き魔導師の叫びが焦げ付いた戦場に空虚に響き渡った。


「アレイスター。お前だけの責任ではない。判断が遅れたワシの責任でもある」


翁は血に濡れたアレイスターの肩に震えるが温かい手を置いた。

その眼差しは、死を目前にした者のそれではなく教え子の成長を見守る慈父のようだった。


「お前はまだ若い。若さゆえに、これからも過ちを何度も繰り返すだろう。だが、人はそうして挫折を糧に成長するものだ。その歩みを、ここで止めてはならん」


「……っ! 俺が、俺がこの地に足を踏み入れたせいで……余計な知識を持ち込んだせいで、皆を不幸にさせたんだ! 全部俺のせいだ、俺さえいなければ、こんな惨劇は起きなかった!」


アレイスターは地面を拳で殴りつけて慟哭した。

その背中は、背負いきれないほどの後悔に震えている。


「そんなことはない。アレイスター、皆お前を愛している……。お前がこの里にもたらしたのは、災いだけではなかったはずだ」


翁は優しく微笑み、最後の大魔力を練り始めた。

周囲の空気が彼の覚悟に呼応して白く輝き始める。


「一つだけ、約束してくれ。檻に囚われ、連れ去られていった同胞たちを……そして、未来ある者たちを救ってやってくれ。それが、生き残るお前に託す、ワシの最後の我儘だ」


その言葉は、呪縛ではなく希望としてアレイスターの心に深く刻まれた。


刹那、翁の身体が眩い白光に包まれ、天へと昇る一筋の奔流となった。

その光は空を覆う紫黒色の幾何学模様に真正面から衝突して禍々しい術式を内側から食い破るように霧散させていく。

耳を劈くような魔力の爆ぜる音が響き渡り、視界が真っ白に塗り潰された。


やがて光が収まり、アレイスターが恐る恐る目を開けた時。

天を冒涜していた醜い模様は影も形もなく消え去り、そこにはただ、残酷なほどに澄み渡った静かな晴天が広がっていた。

里を焼き、同胞を奪った絶望の空は何事もなかったかのように青く、無関心に輝いている。


 隣にいたはずの翁の温もりは、もうどこにもなかった。

国民的某海賊漫画の長すぎる回想で批判殺到するニュースを見てエルフの里襲撃の真相の回想を最小限に抑えようとしたらだいぶ結構な長文になりました。

読書で疲労やストレスを感じたら申し訳ありません。


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