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勇者の弟子  作者: ヤス
賢人たちの逆襲

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54話、賢人たちの逆襲20

「『”魔王の残骸”(レギス・レリック)』・・・・・・、お前ヴェルゼビュートの仲間か」


かつてフリードの左目に「魔王の左目」を宿したベルゼビュートと死闘を演じたエドラは、忌まわしい記憶を呼び覚まされて険しく眉をひそめた。


「仲間ではない。あんなのただの捕食対象に過ぎない」


ベルフェゴルは淡々とヴェルゼビュートとの関係を語る。


(今回の騒動の裏にも、『”魔王の残骸”(レギス・レリック)』が絡んでいたのか?)


「どういうことだ!エイワス翁、あなたは知っていたのか? それに、アレイスターが何だって言うんだ!」


次々と突きつけられる未知の情報に限界を迎えたアランの思考は、困惑の声を上げる。

だが、翁はアランに視線を向けることすらなくただ目の前の異形だけを見据えていた。


「アラン、落ち着け。事情を聞くのは、我がエルフの地(こきょう)を泥足で汚した不埒者を始末してからじゃ」


諭す声は静かだが、その瞳の奥底には山をも震わせるような怒りが秘められていた。

翁は静かに構えてベルフェゴルを討つための戦闘態勢を取る。


「・・・・・・冥府(ここ)の世界では、ジジイを殺すのにも一苦労させられるな」


ベルフェゴルが吐き捨てられた言葉の裏には、『輪廻逆転』の絶対的な制約があった。

現世では死者が生者を殺せないように、この冥府の地においてもエドラたちが死者を殺すことは叶わない。


そしてそれは、現世から足を踏み入れたベルフェゴルも同様だった。

それが世界の理が定めた絶対のルール―――。


たとえ”魔王の残骸”(レギス・レリック)といえど、この地でエイワス翁の魂を刈り取ることは断じて不可能なのだ。


一見、殺される心配のないエイワス翁が有利に思える。

だが現実は、薄氷を履むがごとき危うい均衡の上にあった。


そう警戒すべきはベルフェゴルの頭上に浮かぶ「光沢のリング」だ。

これを破壊してしまえば、世界の理により強制反転 (ロールバック)が発生する。

そうなれば、この怪物は無傷のまま再び現世へと解き放たれてしまうのだ。


(現世に戻してはならん。ここで、この冥府の闇の中で、確実に息の根を止めねば・・・・・・)


現世での被害拡大を防ぐためには、この場での抹消が絶対条件。


「怪物のリングを傷つけず、かつ強大な実力を持つベルフェゴルの命を確実に刈り取る」という難題に百戦錬磨の翁といえど苦慮を隠せなかった。


「お主ら、いいか。あの悪魔のリングには決して触れるな。破壊せず、この冥府の地で確実に葬り去るぞ!」


エイワス翁の鋭い声が飛ぶ。

その言葉にアランは一度だけ深く息を吐いて、隣に立つ男を横目で見た。


「・・・・・・どうやら、お前との戦いは一度お預けのようだな」


「勘違いするな。あくまで一時休戦だ。こいつを消して、それから必ず決着をつけるぞ・・・・・・・! アラン」


翁の一声で二人はお互い武器をベルフェゴルへ構えなおす。


アランとエドラ―――。

先ほどまで殺し合っていた二人の武器が今、同時にベルフェゴルへと向けられた。


「つくづく・・・・・・・面倒な連中だ。エルフも、人間も・・・・・・」


ベルフェゴルは億劫そうに頭を掻くと、深いため息を零した。


「俺はこれでも面倒くさがり屋でね。できれば、指一本動かしたくないんだが・・・・・・」


「そうかい! だったら、そのまま大人しく死ねぇッ!」


悪魔の戯言を切り裂いてエドラが地を蹴った。

エドラの動きに合わせるようにアランの空間魔法が眼前の虚空を削り取り、ベルフェゴルの真後ろに「出口」を繋げる。

「出口」から飛び出したエドラの剣が無防備な背中へ向けて容赦なく振り下ろされた。


振り下ろされた剣が、悪魔の首筋に届く寸前――。


《止まれ》


脳内に直接響くような幾重にも反響する声。

その瞬間、エドラの全身の筋肉が鉄塊に変わったかのように硬直した。


慣性すら無視した絶対的な停止。

ベルフェゴルは億劫そうに振り返ると至近距離で動けぬ戦士を見据えて、小さく唇を動かした。


《爆ぜろ》


無慈悲な言霊が放たれた直後、エドラの胸元で衝撃が炸裂した。


「がはっ・・・・・・!」


鎧を内側から引き裂くような爆沈。

エドラは、なす術なく後方の壁まで吹き飛ばされた。


「・・・・・・そうそう、先に説明しておくと俺の魔法は《言葉》だ。指一本動かすのも嫌いな俺には、相応しい魔法だろ?」


口角を吊り上げたベルフェゴルは歪んだ悦びに満ちた笑みを零した。


直後―――

アランが仕掛けた。

ベルフェゴルを包囲するように四方の空間が裂け勢いで無数の銃弾が次元の穴から牙を剥く。


「これならどうだ・・・・っ!」


必勝を期したアランの叫び。

だが、ベルフェゴルは億劫そうにわずかに口角を上げたに過ぎなかった。


《盾》


呟き一つでベルフェゴルを中心に漆黒の球状結界が展開され、全方位からの弾丸を紙屑のように弾き飛ばす。


「なっ…………………!?」


完璧な包囲網を、たった一言で。

驚愕に目を見開くアランへ、悪魔は視線すら合わせず追撃を告げた。


《槍》


虚空から顕現した魔槍がアランの思考速度を上回る速さで突き出された。


「グ、ハ……ッ!」


激痛が走る。

腹部を貫通した槍の衝撃にアランはその場へ膝から崩れ落ちた。


「はい、終わ――」


興味を失ったかのようにベルフェゴルが気だるげに背を向けた、その刹那。


――場に凄まじい放電音が爆ぜた。


「なっ・・・・・・!?」


ベルフェゴルの視界が白光に染まる。

振り向く間も言葉を発する暇さえ与えない。


老体とは思えぬ雷速の踏み込み。

次に彼が認識したのは、眼前にまで肉薄していたエイワス翁の怒りに燃える鋭い眼光だった。


「貴様の(ことわり)など、既に見切っているわ」


至近距離で放たれた翁の言葉は、雷鳴よりも鋭く悪魔を射抜いた。


『言霊』―――その魔法は凶悪だが、世界の理に背く代償として致命的な制約がある。

一つ、『死ね』や『治癒しろ』といった概念的な言葉は世界が許容せず、作用しない。


二つ、その言霊が支配するのは中・遠距離のみ、防御を除けば、密着した近接戦においてベルフェゴルの言葉は無力に等しい。


三つ、その言葉の弾丸は有限。使いすぎれば、(ことわり)の揺らぎが収まるまで沈黙を余儀なくされる・・・・


どんなに強力な魔法でも世界の(ことわり)による干渉で強大な制約が課される。

それは無論、悪魔とて例外じゃない。


「終わりじゃあッ!」


咆哮と共に、翁の(てのひら)がベルフェゴルの胸部へと吸い込まれた。


掌に凝縮された極大の雷撃が至近距離で爆ぜる。

内臓まで焼き切るような衝撃に悪魔の体が「く」の字に折れ曲がった。


「が・・・・・・・はっ……! 」


ベルフェゴルは、雷鳴を置き去りにして弾け飛んだ。

そのまま背後にあった「扉」の向こう側へと吸い込まれるように消えていく。


静寂が戻った扉の先で、ベルフェゴルは地面を削りながらようやく止まった。


(・・・・・・・あのクソジジィ。俺の嫌なところをすべて知り尽くしていやがるな・・・・・・)


(すす)けた服を払い、ベルフェゴルはゆっくりと起き上がる。

ボキボキと首を鳴らすその瞳には先ほどまでの怠惰な色とは違う、どす黒い悪意が宿っていた。


(こいつを解き放てば。あいつらを足止めしてのんびり『”魔王の残骸”(レギス・レリック)』を探していられる。・・・・・・もっとも、反動はかなりデカいが、背に腹は代えられない)


ベルフェゴルは忌々しげに呟き、その言葉を紡いだ。


魔言悪器(まげんあっき)


空間を侵食するように、彼の掌から禍々しい魔剣が生成される。

それは言霊のクールタイムを埋めるべく用意された不吉な魔導兵装であった。


「お前たちは、こいつの相手でもしてな」


ベルフェゴルがその剣を無造作に地面へ突き立てると、切っ先から泥のような「闇」が溢れ出した。


「この闇は防ぐことも。避けることもできない。――すべてを等しく飲み込む絶望だよ」


エイワス翁がベルフェゴルへ追撃をかけようとした、その時だった。

突き立てられた魔剣から溢れ出す「闇」が音もなく世界の色を塗り潰していく。


(っ、これは不味い!)


幾多の戦場を潜り抜けた翁の直感が最大級の警鐘を鳴らした。

この間は触れてはならない「異質」だ。

翁は瞬時に足元の二人をその細い腕からは想像もつかない剛力と雷光と共に大きく距離を取った。


「あばよ、クソジジイ! 精々その闇に呑まれず、長生きすることだな」


「待て!ベルフェゴル!」


ベルフェゴルは一度も振り返ることなく勝ち誇った声を残して姿を消した。

目的である”魔王の残骸”(レギス・レリック)を探しに混沌の奥へと消えていったのだ。



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