52話、賢人たちの逆襲18
ガラハッドは、使い込まれた武骨なメリケンサックを指に嵌めて岩のような拳を低く構えた。
対するランスロット――いや、その肉体を統べるエルフ、セオドアは感情の消えた瞳でガラハッドを見据えていた。
彼は大盾をわずかに引き、防御の隙を最小限に抑えながら切っ先を鋭く突き出す。
攻防一体、ランスロットが長年培ってきた剣技をセオドアはうまく活用する。
「ランスロット.......中身が誰だろうと関係ねぇ。そのツラを殴るのは、後でたっぷり謝らせてもらうためだ!」
一触即発の空気が膨れ上がり、冥府の世界に静寂がひび割れる。
瞬間――――。
ガラハッドが爆発的な踏み込みで地を蹴った。
一瞬で間合いを潰されてセオドアの視界からその姿が掻き消える。
気づいた時には、死神のことき速度で眼前まで肉薄されていた。
(……速い!?)
防御が完成するより早く、ガラハッドの純色の挙が盾の脇をすり抜けてセオドアの鳩尾をするとセオドアは咄嗟に大盾を突き出した。
だが、堅牢すぎるがゆえの「盾の重さ」がコンマ数秒の遅れを生む。
防御が完成するより早く、ガラハッドの鈍色の拳が盾の脇をすり抜けて、セオドアの鳩尾を深々と穿った。
「が、はっ……!」
肺の中の空気をすべて強制排除するような凄まじい衝撃。
セオドアの呼吸が止まり、その身体がくの字に折れ曲がる。
だが、ガラハッドの手綱は緩まない。
「休ませねぇぞ ランスロット!」
間髪入れず、ガラハッドは両手を組んで頭上高くに掲げた。
岩塊のような両挙が無防備に晒された背中に目がけて割赦なく振り落とされる――!
振り落とされた岩塊のような両拳が、セオドアの背を地面へと叩き伏せた。
凄まじい衝撃に地表が弾けて周囲に小さなクレーターが形成されるほどの一撃。
常人であれば即死あるいは再起不能の重傷を負うはずだった。
「……ふぅ。これで少しは大人しく――」
一息つこうとしたガラハッドの表情が凍りついた。
地面にめり込んだはずのセオドアの腕が蛇のような速さでガラハッドの足首を掴んだのだ。
「っ…!?」
「…………………人間風情が紙めるなよ!」
セオドアは、激痛など微塵も感じさせない無機質な仕草でガラハッドの体を魔力による怪力で軽々と持ち上げた。
そのまま、逃れられぬ質量を持ってガラハッドを地面へと叩きつける。
「が、は……………っ!」
今度はガラハッドが宙に浮く番だった。
叩きつけられた反動で無防備に跳ね上がった身体。
そこへ、セオドアは一切の慈悲なくそのまま大盾を巨大な鉄塊として叩き込んだ。
殴打というよりは、文字通りの「衝突」。
猛然と突き出された大盾に弾かれて今度はガラハッドの体が風を切って後方へと吹き飛ぶもサリーが召喚したサラマンダーにキャッチされて事なきを得る。
「ガラハッド団長! 大丈夫ですか!」
「すまん!助かった!」
ガラハッドはサラマンダーから飛び降りる。
サリーはサラマンダーに騎乗したそのまま空を駆ける。
サラマンダーは巨大な火球を3発、セオドアに向かって放つ。
「そんなもの!」
セオドアは大盾に隠れて巨大な火球をすべて防ぎきる。
「横の守りがガラ空きだよ!馬鹿たれ!」
しかし、大盾の脇からガラハッドの強烈な蹴りが飛び出す。
セオドアは腕の前腕で頭を守り抜きそのまま後ろへ後退する。
上空ではサリーが紅蓮の翼を持つサラマンダーに騎乗し、縦横無尽に空を駆ける。
その圧倒的な機動力から放たれる牽制の炎は、セオドアに回避を強要して一瞬の隙も与えない。
(....空には小娘、地上にはあの男…………うまいフォーメーションだ)
「サラマンダー、やって!」
命じられた聖獣が大きく顎を開き、冥府の間を焼き払うほどの紅蓮の息吹を放つ。
逃げ場を奪う広域放射、セオドアは舌打ちして肉体を焦がさぬよう瞬時に横へと跳躍した。
だが、その着地地点――死角となる場所にすでに影が潜んでいることに彼は気づいていなかった。
「いらっしゃい。お客さん!」
「……なっ、誘導だと!?」
セオドアが驚愕に目を見開いた時にはすべてが遅かった。
空からの炎は、彼をガラハッドの間合いへと引きずり出すための壮大な「撒き餌」に過ぎなかったのだ。
カラハッドから強烈な拳を貰い吹き飛ばされるセオドア。
「さて…・・・、リングが消えてやがるあの野郎の中身だけをどうやって追い出すか、それが問題だな」
敵を追い詰めながらも、ガラハッドの脳内は計算を繰り返していた。
本来「輪逆転」は、現世の住人と冥府の場を入れ替える術だ。
だが、この冥府の世界においては致命的な「抜け道」が存在する。
それは生者の肉体であっても、器の中に前世の魂が宿った状態でこの世界に留まれば、世界の理はそれを「完全な死者」として認識してしまう。
魔術の裏を突いた、あまりにも悪質なシステム。
今のランスロットは肉体ごと冥府の住人と化している。
「まともに殴り飛ばすだけじゃ、器を壊して終わりか・・・・・・・。ったく、とんだ無理難題を押し付けやがって!」
カラハッドは悪態をつきながらも、その鋭い眼光でセオドアの動きの中に「魔術の綻び」を探し求めていた。
だが考える間もなくガラハッドに突撃するセオドア。
「ガラハッド団長!」
サリーはサラマンダーごとガラハッドの方へ駆け寄るもカラハッドはセオドアを受け流すかのように背負い投げる。
その時、ガラハッドの脳裏に一つの強引な突破口が閃いた。
「サリー! サラマンダーを戻せ!今すぐウンディーネを呼ぶんだ!」
「えっ、ウンディーネですか!?」
予期せぬ指示に、上空のサリーが驚きの声を上げる。
「ああ! ウンディーネの水牢でこいつを拘束しろ、意識を刈り取ったまま、そのままランスロットを抱えて現世へ脱出するんだ!」
ガラハッドは拳を構え直し、獲物を追い詰める猟犬のような鋭い目でセオドアを睨み据えた。
「この冥府の世界はルール外で定着しちまってるなら、無理矢理にでもルールが通じる現世へ引きずり戻すしかねぇ、現世に出せば、世界の理がこいつを『異常』と見なして強制的にリングを浮かび上がらせるはずだ。そこを叩き割れば、中身だけを追い出せる!」
それは、魔術の穴を突いた文字通りの「脱獄」計画だった。
「それなら確かに理屈は通るわ・・・・・・。分かりました、ガラハッドさん! ウンディーネ、お願い!!」
サリーの呼びかけに応じて紅蓮の炎が霧散する。
代わって戦場に、すべてを包み込み、絡め取るための清冽な濁流が溢れ出した。
「ウンディーネ! お父さんを傷つけないように・・・・・・優しく、強く拘束して!」
「——了解」
ウンディーネが指先を向けると大気中の水分が一箇所に凝縮されて巨大な水球となって放たれた。
(・・・・・・温い!)
セオドアは内心で吐き捨て、その鉄塊のような大盾を構える。
いかに魔法の奔流といえど正面から受け止めれば弾き返せると踏んだのだ。
だが、衝突の瞬間―――
轟音と共に弾けるはずの水は盾に触れた瞬間に生き物のようにうねり、盾の縁をなぞるようにして内側へと流れ込んだ。
「なっ・・・・・・!? 防ぎきれん・・・・・・だと!?」
物理的な衝撃ではない。
形を持たない濁流は、盾という概念を無効化して逃れられぬ質量となってセオドアを包み込んだ。
抗う間もなく、セオドアの肉体は完全に球状の水牢へと閉じ込められ、冥府の地から切り離された。
空気のない水中世界はセオドアの意識を失うのに十分だ。
「よーし!そのまま親父と共に現世に戻れ!」
「はい! 行くよウンディーネ!」
「はいはい」
ガラハッドの指示に従ってサリーはウンディーネと共にセオドアもといランスロットを連れて冥府の扉まで戻る。
現世に戻れたサリーはランスロットを見た。
予想通り、『輪廻逆転』のルールが適用されて光沢のリングがランスロットの頭上に浮かび始める。
「行っけーー!」
サリーは魔導書を閉じておおきく振りかぶってリングを破壊する。
ランスロットの中にいたセオドアはそのまま冥府の世界へと帰っていった。




