51話、賢人たちの逆襲17
エドラたちが冥府へ足を踏み入れたその頃、地上では熾烈な防衛戦が続いていた。
王都に蔓延る死者たちのリング破壊で死者たちの勢いは確実に削がれつつあった。
かつて魔王を討ち果たした伝説の英雄たち――アーサー・ナタリア、ガラハッド。
三人の放つ圧倒的な戦闘力では、暴徒と化した魂など塵にも等しかった。
「よし、あらかた片付いたな。あとはギルドの団員たちと騎士団に任せれば十分だ。・・・・・・お前たち二人、私と共に『冥府』へ向かうぞ!」
ナタリアの言葉に、二人は不敵な笑みを浮かべて応じた。
「「了解!」」
三人は部下たちに後事を託すと、疾風のごとき速さで教会地下の祭壇――冥府への扉へと向かって駆け出した。
「う・・・・・・・ううん…………………」
教会の長椅子で横になっていた母マーリンがゆっくりと瞼を持ち上げる。
その姿に傍にいたイスカは溢れそうな安堵の涙を拭った。
「お母さん・・・・・・! よかった、目が覚めたんだね」
「イスカ・・・・・・・? ここは・・・・・・・」
「ここは教会だよ。お母さんの知り合いのアーサーさんがお母さんを助けてくれたの!」
「アーサーが・・・・・・・私を?」
マーリンの瞳に驚きが走る。
かつて共に旅をしたアーサーの名を聞き、彼女の意識は急速に鮮明になっていった。
(いけない!アーサーに会わないと・・・・・・!)
「ねえ、イスカ、アーサーは今、どこにいるの?」
「えっと、騎士団の人たちと一緒に地下へ行ったよ。悪いやつをやっつけに行くんだって」
「そう・・・・・・・」
マーリンは地下へと続く暗い階段をじっと見つめ、覚悟を決めたようにゆっくりと立ち上がった。
「イスカ、いい? お母さんね、勇者様のお手伝いに行ってくる。あなたはギルドの人たちと一緒にここで待っていてくれる?」
不安げな表情を浮かべる娘の頬をマーリンはそっと撫でて優しく語りかける。
「大丈夫よ。あなたの元へ勇者様と一緒に帰ってくるから、約束よ」
「うん!」
三人の後を追うかのようにマーリンはふらつきながら地下祭壇へ向かう。
三人は、禍々しく口を開く 『冥府の扉』の前に辿り着いていた。
「・・・・・・ふん。これを見てると、嫌でもあの時の魔王城・・・・・・・いや、魔界へ乗り込んだ時のことを思い出すな」
扉から溢れ出す異界の冷気にガラハッドがかつての記憶をなぞるように目を細めた。
「とうした、ガラハッド。お前が怖気づくなんて珍しいじゃないか」
ナタリアが口端を吊り上げ、余裕を感じさせる笑みで軽口を叩く。
「おいおい、思い出の感傷に浸る暇はないのかよ」
ガラハッドもまた鼻を鳴らして軽妙に言葉を返した。
「あの時の魔王城の苦労と比べれば――こんなもの、俺たちからすれば散歩みたいなもんだろ?」
アーサーが不敵に言い放つ。
三人の間に流れるのは数多の修羅場を共に潜り抜けてきた者にしか持ち得ない、絶対的な信頼と余裕だった。
「ランスロットの姿がここにもない・・・・・・。となれば、あいつは既に冥府へ足を踏み入れているな」
どこにも戦友の姿を見出せなかったナタリアは確信を持ってそう推測した。
「じゃあ、あいつが独り占めしないように俺たちも行くか」
アーサーが率先して前に出て冥府の扉へと歩みを進めようとした、
その時―――
「アーサー!」
背後から響いた、聞き覚えのある鋭くも凛とした声。
三人が弾かれたように振り返るとそこには肩で息を切りながらも瞳に強い意志を宿したマーリンが立っていた。
「マーリン! なんで・・・・・・」
驚きのあまりアーサーは思わず声を裏返らせた。
「アーサー、知り合いか?・・・・・・・というより、この子は?」
不審そうに視線を向けるナタリア。
「ああ、まあ・・・・・・・・そんなところだ」
アーサーが歯切れ悪く答える中、マーリンは真っ直ぐに彼を見据えて一歩前に進み出た。
「アーサー、私も一緒に冥府へ行くわ!」
「ダメだ!」
アーサーが答えるより早く、ナタリアが峻烈な声で遮った。
「一般人の、それもそんな幼い少女を同行させるわけにはいかない。ここは騎士団が引き受ける。早く家へ帰りなさい」
ナタリアは一騎士として、諭すようにマーリンをあしらおうとする。
「いいえ、行かせて! お願い!」
「聞き分けなさい。危ないと言っているんだ」
頑として譲らないナタリアにアーサーが額を押さえながら溜息混じりに口を挟んだ。
「・・・・・・・ナタリア、信じられないだろうが、こいつ、俺たちと同い年 だぞ」
「…………は?」
「……え?」
ナタリア・ガラハッドの思考が完全に停止した。
「貴様あああ! こんな緊急事態に何をふざけたことを! メイスで脳幹こと叩き潰されたいのか!?」
「ふさけてねえよ! 事実を言ったまでだ、このバツイチがああ!」
「なっ・・・・・・!貴様、今それを言う必要があるのか!?」
動揺と憤怒のあまりナタリアは般若のような形相でアーサーの胸ぐらをつかみ、前後に激しく揺さぶった。
「・・・・アーサー、気持ちはわかるが、俺たちにまで嘘をつかなくていいんだぞ。そんな小さな子に・・・・・ 」
「テメー! そんなドン引きした目で俺を見るんじゃねえ!ガラハッド!」
冷ややかな視線で距離を置こうとするガラハッドにアーサーが必死の形相で叫ぶ。
そんな混乱の極みに達した三人を見て、マーリンは額に手を当てて深いため息をこぼした。
「・・・・・・はぁ。あんたたち、こんなところでウダウダくっちゃべってないで、さっさと冥府に行くわよ!」
「あ、おい、待て――」
三人の戸惑いなど知ったことかと言わんばかりに、マーリンは三人の腕を強引にひっつかんだ。
「ちょっと、待———————!?」
英雄たちはそのままズルズルと『冥府の扉』の深淵へと引きずり込まれていった。
異界の境界を越えたアーサー、ガラハッド、マーリン、そしてナタリアの四人は、ついに冥府の地へと降り立った。
「・・・・・・これが、死者の世界か」
誰からともなく漏れた呟きと共に彼らは自らの頭上に浮かぶ『光沢のリング」の感触に生者としての命綱を感じていた。
四人は足を止めることなく先行したエドラたちの微かな魔力の残滓を辿り、その痕跡を追う。
やがて彼らの目の前にあの光景が現れた。
どこまでも続く神秘的な平原に脈絡もなくそして不自然なほどに乱立する無数の扉。
その異様で歪な静寂を前に四人もまた、思わず足を止めて圧倒されるようにその光景を見つめていた。
「どうやら、アリアたちはここの扉に入っていったのだろう....」
ナタリアが冷静に分析する。
「ランスロットの魔力が微かに感じるな。俺はそこに行く」
ランスロットの微弱な魔力を感じ取ったガラハッドは迷いなく扉を開けて入る。
「では私も」
ナタリアが続くように隣の扉を開けて入っていく。
「じゃあ俺はこの扉で」
アーサーは何も考えず適当に扉を開けて入る。
「ちょっと、アーサー待ってよ!」
何も考えずに扉の中に入るアーサーにマーリンは後を追う。
扉を開け放ち、その先へ飛び込んだガラハッドの目に飛び込んできたのはあまりにも凄惨な光景だった。
「――ランスロット!何をしてる!!」
激昂と共に放たれたのは、弾丸のような飛び蹴りだ。
実の娘であるサリーを切り伏せようと振り下ろされたランスロットの剣をガラハッドの重い一撃がその身体ごと吹き飛ばした。
不自然なほど軽々と吹き飛んだランスロットを睨み据えながら、ガラハッドは背後の少女を庇うように立つ。
「あなたは・・・・・・・確か、『リノブレイカー』のガラハッド団長・・・・・・・」
震える声で呟いたのは、死の淵から救われたサリーだった 。
「サリーだったな。・・・・・・・怪我はないか?」
「はい…………………。でも、父が、父さんが!」
必死に訴える彼女の視線の先――吹き飛ばされたランスロットは人間離れした動きで即座に体勢を立て直し、無機質な瞳で二人を見つめ返していた。
「また憎き、人間が一体現れた」
ランスロットの皮を被ったエルフ「セオドア」は自身を睨むガラハッドに睨み返す。
「この感じ・・・・まさかお前がエルフに肉体奪われるとはな.....」
ランスロットの中にいるエルフの存在にガラハッドは勘付く。
「うるさい! 二人まとめて俺がぶっ殺してやるよ!」
落ちてた剣を拾い、獣のように刺々しく敵意を向けるセオドア。
「中身が別だとしてもそれでも、実の娘の前でそんな暴言吐くんじゃねえよ ランスロット!」
ガラハッドはメリケンを構える。セオドアは剣を構える。
「サリーは俺のサポートに回ってくれ! 一緒に親父助けるぞ!」
「はい!」
サリーは立ち上がり、魔道具開いて父の前で戦闘態勢に入る。




