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勇者の弟子  作者: ヤス
賢人たちの逆襲

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50話、賢人たちの逆襲16

教会地下——


「冥府の扉」が解き放たれた地下祭壇はまるで巨大な怪物の胎内のように、闇の中で重苦しく(うごめ) いていた。


かつては清浄な静寂に包まれていたはずの聖域は、今や見る影もない。


肌を刺すような冷気と鼻を突く死の臭いが立ち込めたそこはもはや現世とは切り離された、不気味な異界へと変貌を遂げていた。


暗闇の奥からは心臓の鼓動を思わせる不気味な胎動が静かに、だが確実に響き渡っている。


地下祭壇――いや、「冥府の扉』から溢れ出す禍々しい瘴気(しょうき)は、エドラたちの肌を刺すようにひりつかせていた。


「いかにも魔王の城って感じの空気じゃねえか」


これほど圧倒的なプレッシャーを前にしながらもエドラは恐怖するどころか、不敵な笑みを浮かべて戦慄(わなな)いていた。

強敵との通過を予感し、その体は武者震いに震えている。


「あれが『冥府の扉』・・・・・・ねえ、あれを閉じさえすれば、すべて解決するんじゃないの?」


サリーが、隣に立つフリードへ疑問を投げかける。


「ああ、理屈ではそうだ。扉を閉じれば世界の理による『強制反転(ロールバック)」が働き、死者の魂は強制的に冥府へと引き戻されるだろう。だが、あのソロモン教団のジェイコブが扉の先へ同行したとなれば、話は別だ」


「……そうか!魔王は一度死んでいる。ジェイコブの狙いは、冥府の世界で魔王の魂を回収することにあるのか・・・・・・・!」


フリードの危惧した最悪のシナリオをアリアが瞬時に言い当てた。


「ああ。あくまで俺の憶測だが・・・・・ジェイコブはアランたちの復讐心を利用してそれを隠れ蓑にして冥府で魔王の魂を捜索するつもりだろう」


「魔王のためなら同胞の命も、この世界の安寧も――何もかもを平気で踏みにじる連中だからな」


かつてソロモン教団の歪んだ信仰を間近で見てきたフリードとアリア。

二人の瞳には、教団という名の『底なしの悪意』への強い危機感が宿っていた。

二人はソロモン教団が抱く真の邪悪さを誰よりも深く理解していたのだ。


「…………ってことは、エルフたちはソロモン教団に騙されているということなの?」


フリードの推測を聞き、サリーは胸を締め付けられるような思いになった。

復讐心に突き動かされ、ジェイコブの掌の上で踊らされているエルフたちの行く末を彼女は案じずにはいられなかったのだ。


「実際、アランたちとジェイコブの間にどんな契約があるかは知らない。だが少なくともジェイコブが連中を都合のいい手駒として利用しているのは、疑いようのないな」


フリードの言葉は静かだったがそれゆえに現実味を帯びたその場が重く響いた。


「アランを止める。あいつをぶん殴ってでも復讐なんて辞めさせて、その後にまとめてジェイコブをぶっ飛ばす! それで決まりだ!」


エドラはバチンと景気のいい音を立てて、右の拳を左の掌に叩きつける。

エドラは迷いを断ち切るように方針を告げる。


「今度こそ、俺たちでソロモン教団との因縁に決着を付けよう。アリア」


「ああ。……私たちの手で、すべてを終わらせよう」


フリードとアリアは互いの無事を確かめるように見つめ合い、そして、禍々しく口を開く『冥府の扉』の深淵へと真っ直ぐに視線を向けた。


方針を固めた四人は、意を決して禍々しく口を開く『冥府の扉』へと飛び込んだ。

視界が暗転し、次元の壁を突き抜けた。


その瞬間――。


「えっ……嘘、これ何!?」


サリーが驚愕の声を上げた。

四人の頭上に、あの『死者」たちと同じ、淡い光を放つリングが浮かび上がっていたのだ。


「これは・・・・・・私たちも死んでしまったのか?」


アリアが震える指先で恐る恐る自分の頭上に浮かぶ光の輪に触れようとする。


「落ち着け、まだ生きている。これは・・・・・・エルフたちが発動させた「輪廻逆転』の理が、この世界でも干渉しているだけだ」


フリードか鋭い声で一同を制した。

その瞳は、自分たちの頭上で明滅するリングを厳しく見つめている。


「いいか、何があってもそのリングを死守しろ。それは生者が冥府に存在するための唯一の『(くさび)』だ。もし壊されれば、俺たちはこの世界から即座に弾き出されて現世へ強制送還される。そうなれば、二度と冥府へは戻れないぞ」


フリードの警告に三人は息を呑んで自らのリングを見上げた。

それは単なる光の輪ではなく、この決戦を戦い抜くための細く危うい命綱だった。


現世へ降り立った『前世の魂』――すなわち死者たちは、頭上に掲げた光沢のリングを介してのみ現世へ干渉し、その身を留めることができる。

もしそのリングが破壊されれば、死者は現世という(ことわり)の外へ弾き出され、世界の秩序による『強制反転(ロールバック)」によって冥府へと引き戻されるのだ。


この「輪廻逆転」が定めた掟は、皮肉にも冥府の地においても絶対のルールとして適用される。

生者が冥府の土を踏む際、その頭上には冥府に留まるための楔として同じく光沢のリングが浮かび上がる。

そして冥府においてそのリングを破壊されることは、すなわち冥府世界での死を表している。

世界の(ことわり)によって生者は即座に現世へと強制送還されて二度とその境界を越えることは叶わなくなる。

本来あるべき存在が安易に異界を侵せば、調和されていた世界の均衡(バランス)は乱れて、崩壊を免れない。


世界の(ことわり)とは、その崩壊を防ぐために存在する絶対的な法なのだ。


故に、 いかなる強大な魔法であっても完全に凌駕することは出来ず、常に過酷な制約という代償を伴うのである。


『冥府の扉』を抜けた先に広がる光景は彼らが想像していたような、禍々しく荒廃した地獄のそれとは大きく異なっていた。


上を見上げれば吸い込まれるような若葉色の空が広がり、眼下には海のように青々と波打つ樹海がどこまでも続いている。

そして、その間を縫うように流れる河川には宝石しく輝く(だいだい)の水が満ちていた。

吹き抜ける風は清らかで、肌に触れるだけで心が洗われるような錯覚に陥る。


そこは死の恐怖とは無縁のあまりにも神秘的で残酷なまでに魅力に満ちた異世界だった。


「綺麗……」


「俺たちも死んだらこの世界で暮らすんだろうな・・・・」


現実世界ではなかなか体験できない神秘的な世界にサリーとエドラは見惚れる。


そんなサリーとエドラを他所にフリードとアリアは、アラン達がいたとされる痕跡に微かな魔力の残滓 (ざんし)を見つける。


四人は微かに残るアランたちの魔力の残滓 (ざんし)を道標にその神秘的な地を進んでいった。


やがて、ある異様な光景を前に四人の足が止まる。


草原の真ん中に何枚もの「扉」が脈絡もなく自立し、不自然なほどに乱立していたのだ。


「これは……………一体なんなんだ?」


エドラが引き寄せられるようにその中の一枚へと歩み寄り、冷たい鉄のドアノブをゆっくりと回す。


隙間から覗き見えた扉の先――― そこには、この世のものとは思えないほど穏やかな陽光の中で一人の死者がかつての愛する者たちに囲まれて幸福を形にしたような生活を送っていた。


現世の争いも、憎しみも、すべてを忘却したかのような、あまりにも静かで満たされた完結した物語がそこにはあった。


「死者にとっての・・・・・・・理想の世界ってことか」


「というより、外の誰にも邪魔されない『自分だけの箱庭』って感じだよね……」


扉の向こうに広がる、他者が入り込む余地のない完結した幸福。


そのあまりに美しく、それゆえに(いびつ)な光景を前に、エドラとサリーは言葉を失い、ただ固唾を呑んで立ち尽くした。


色鮮やかな景色が広がるこの冥府そのものが無数の死者たちの執着や未練、そして安らぎが複雑に折り重なって形作られているのだと二人は本能的に悟らされていた。


アランたちの魔力の残滓はその無数に乱立する扉の前で途切れていた。


「……アランの奴ら、ここで二手に分かれて扉の中に入ったみたいだな」


エドラの言葉に全員が沈黙する。


彼らが入った扉――それはおそらく、失った姉セシル、そしてエイワス翁が待つ「自分だけの幸福な世界」に他ならない。


「俺たちも手分けして探した方が良さそうだな、もたもたしてたらジェイコブに逃げられる。・・・・・・俺はこっちだ!」


エドラが率先して一歩踏み出し、迷いのない手つきで一番近い扉を開け放った。


「それじゃあ、私も行くね」


「ああ、先で合流しよう」


それに続くようにサリー、 アリア、そしてフリードも吸い込まれるように別々の扉の奥へと消えていった。


扉の面にち受けているのが、アランたちの「改心」なのかそれとも「決絶」なのかも分からぬまま――四人はそれぞれの戦場へと足を踏み入れた。


エドラが入り込んだ扉の先――その世界でアランの姿があった。


「あんたがアランか?」


「なぜだ。なぜそこまでして、僕たちの邪魔をする ・・・・・・!」


アランは眉間に深い皺を刻み、鋭い殺気を放ちながらエドラを睨み据えた。

一方、サリーが扉を開けた先に待っていたのは、あまりにも残酷な現実だった。


「父………さん………」


彼女の目の前に立っていたのは父ランスロット。

だが、その頭上には、生者の証であるはずの「光沢のリング」が存在しなかった。


この冥府においてリングがないこと――それは、その肉体がすでに「死者」のものとなったことを意味する。


ランスロットの殻を被ったエルフの魂はこの世界の住人として認識しており、「輪廻逆転』のルールに適用されないのた。


「なんで……リングがないの!?父さん、答えてよ!」


絶叫に近いサリーの問いかけに対し、父の姿をした『何か』は、微笑を浮かべて彼女を見据えた。


「悪いが、俺はお前の知ってる父親ではない。俺はエルフ、セオドアだ」


セオドアは冷徹に様に差していた剣を抜き、剣先をサリーへ向ける。

そして、フリードとアリアが入った扉の先はジェイコブ、ジェラルドとウィリアムがいた。


「俺は俺でやるべきことがあるから、お二人に譲りますよ。じゃ」


ジェイコブはジェラルドとウィリアムに押し付けて先を行く。


「待てジェイコブ!」


アリアが声を荒げてジェイコブを引き留めようとするもジェラルドの妨害を受ける。


「アイツに指図されるのは気に食わないが、お前たち人間への憎しみを晴らせるなら敢えて乗るのも悪くない」


「ジェイコブもこの後殺すけどな。なあジェラルド」


戦闘態勢のジェラルドとウィリアムにアリアとフリードは臨戦態勢に入る。



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