48話、賢人たちの逆襲14
ヴァイルに憑依した強奇殺人魔デッドから逃れるようにアクアとエリーは息を切らし、スカイホークアジトの二階にある宿舎の女子部屋へと駆け込んだ。
「エリーさん、私たちの部屋まで案内して本当によかったのですか?」
「大丈夫!女子部屋の廊下は、万が一男どもが無断侵入してきた場合を想定して、最高に厄介なトラップを張り巡らしているのよ」
「あのトラップですか? 」
「そう!普段、私たちに何か用があるときは、決められたギミックを使ってから通るようにしている。でも、今のヴァイルを乗っ取ってるテッドはこの部屋のルールもギミックも知らないわ」
「つまり、女子部屋トラップでテッドを迎撃する、と!」
「そういうこと! トラップと、その解除ギミックを知らないテッドを迎え撃って、ヴァイルを助けるわよ」
女子部屋廊下の突き当りに出た二人は、そこで止まり振り返る。闇を切り裂くように数十メートル先にはテッドが不気味な笑みを浮かべ近づいていた。
「花の匂い・・・・・・・女子部屋かぁ! 二人して、俺を特別に誘ってるな〜、いいぜ、いいぜ!」
鼻を鳴らし、一歩また一歩と歪んだ期待を込めて近づくテッド。
「ええ、アンタを誘ってるわ! 永遠に帰れない地獄へのね!」
エリーが強く啖呵を切ったと同時にテッドは不用意に一歩を出す。
その瞬間!
廊下の壁側の魔法陣が青い光を放ち展開した。魔法陣は金属的な音を立ててパズルのように動くと、巨大な鉄の万力へと形を変えて凄まじい力でテッドを両側から挟み込んだ。
「やった!」
アクアは歓喜の声を上げる。
「フンッ、こんなんでやられるかぁ!!」
しかし、テッドは挟み込まれた体勢のまま自身の鮮血で生成した双剣で万力の接合部を薙ぎ払い、轟音と共に一つ目のトラップを力任せに破壊した。
(想定の範囲内よ)
エリーは内心でそう呟き、表情一つ変えなかった。
テッドが万力の残骸を蹴散らして再び足を一歩踏み入れた途端、間髪入れずにトラップが作用する。
天井の魔法陣が眩い光と共に展開してパズルのように複雑に動いて無数の砲門を持つ固定ボウガンへと形を変えた。
次の瞬間、金属的な唸りを上げながら大量の矢が容赦なくテッドの頭上に雨あられと降り注がれる。
だがテッドは本能的な反応で、瞬時に傷口から自身の鮮血を吹き出させて硬質な防御壁を張り巡らせた。
降り注ぐ矢の雨はチャラチャラと甲高い音を立てて血の壁に弾かれ、防がれていく。
テッドがその血の魔法を解除した直後―――
「えい!」
待機していたアクアが、傘の石突の先端をテッドに向けて高圧の水鉄砲を浴びせる。
その水には、念入りに塩分が含まれていた。
血の壁の解除で無防備になったテッドの顔面に塩分の入った水が容赦なく直撃して視界を遮る。
「ぐあああああ!目があ!何しやがる! このアマ!」
眼球に入り込んだ塩水の激痛と灼熱感に、テッドは体を丸めて喚き散らした。
「エリーさん、今です!」
視界を奪われて苦痛にのたうつテッドを見たアクアが鋭く叫ぶ。
「こういうアンデッドタイプは、これに限る!」
エリーは迷わず、神聖な祈りが込められた清められた鉄の棒をテッドもといヴァイルの頭部めかけて殴りつける。
『輪廻逆転』で現世に出てきた前世の魂は、制限でつけられた光沢のリング以外にもうひとつ注意しなければならない弱点がある。 前世の魂は冥府に巣食う死者であるため、アンデッドや悪魔たちと同様に清められた鉄や塩、聖水といった浄化の力を持つものにもダメージが入ることがあるのだ。
もちろん通常のアンデッドと比べて、前世の魂が清めの道具一発で宿主の体から離れることはない。
しかし、清めの力で適度にダメージを与え続ければ、世界の理による強制反転が発動して魂は強制的に冥府へ引き戻されるのだ。
目に入った塩水の激痛だけでなく清めの鉄の衝撃によって引き起こされた、浄化とは名ばかりの肉体と魂を焦がすような激痛にテッドは地に伏して悶え苦しむ。
「おおおおおお!」
テッドの絶叫が廊下に響き渡る。
テッドの絶叫に意を返さずにアクアはそのまま水魔法でテッドを拘束する。
「エリーさん、私の水魔法で先輩を抑えておきますから、その間にキッチンから塩をお願いします!」
「うん!待っててね!」
キッチンにある塩でテッドの浄化を図る二人は、極限の状況下で手際よく連携する。
しかし―――
「いい気になってんじゃねぇぞ! クソアマ共があああ!」
テッドは地を這うような怨嗟の声を上げてアクアの魔法を引き裂くように力ずくで振りほどく。
「ハアハア、ハア、据え膳食わぬは男の恥って奴だ。こんな可愛い獲物を目の前にして、何もしないまま冥府に帰ってたまるか!」
強烈な欲望と本能によってテッドは苦痛を乗り越え立ち上がる。
テッドは一切の躊躇もなくそのままアクアを力任せに蹴り飛ばし、倒れたアクアの上にのしかかった。
「嫌、ダメ!やめて!離して!」
「うるせぇ!」
テッドの顔は歓喜に歪んでいる。
「先輩止めて!」
テッドの腕を必死で押し返しながら、アクアは絶望的に叫ぶ。
ジタバタ取り乱して抵抗するアクアに対して、テッドは自身の傷口の鮮血で禍々しいナイフを生成する。
(スノウさん、助けて・・・・・・・誰か、助けて!)
テッドの凶刃が振り下ろされる直前、心の中でアクアが強く祈った瞬間―――。
キィン!
光速にも等しい速度で射る氷矢が唸りを上げて飛来し、テッドの頭上に浮かぶ光沢のリングに直撃した。
そしてその直後、後から続いていたもう一矢が狙い澄ましたかのようにヴァイルの身体、特にテッドが意識を集中させているであろう箇所を正確に撃ち抜いて全身を瞬間凍結させた。
放たれた矢の方向へアクアが顔を向けるとそこには、まっすぐに「敵」と見定めたヴァイルを射終えたスノウが静かに立っていた。
「スノウさん・・・・・・」
絶望的な状況下での祈りが通じたことに、アクアの瞳がみるみるうちに潤む。
「アクア、大丈夫か?」
スノウは冷静に問いかけながら、アクアヘ一歩近づく。
「スノウさん〜〜!」
恐怖から一気に解放された安堵でアクアは我慢できずスノウに飛びつき、強く抱き着いた。
「スノウ!帰ってたのね!」
大きな塩の袋を抱えたエリーが慌ただしく駆けつけた時には既に事態は収束していた。
スノウの放った氷矢はヴァイルの頭上に浮かぶ光沢のリングを的確に貫いて一瞬で破壊していた。 リングの破壊は冥府からの接続を断つトリガーとなり、強制反転が発動。
テッドの魂は断末魔の叫びを上げる間もなく、強制的に冥府へ転送されたのだ。
三人はヴァイルを連れて全員受付ホールで情報整理していた。
「『黒い炎』の拠点は概ね制圧した。ナタリア監督官から残りの幹部連中が王都へ向かったと聞いて、装備を一度整えるためにここに戻ったらこんな事になってるなんてな.....」
スノウは簡潔に状況を報告した。それを聞いたエリーは不安を押し隠すように質問した。
「さっきの地震でヴァイルの様子がおかしくなったの、もしかして、この異変は『黒い炎』と何が決定的な関係があるの?」
「分からない。でもタイミングから見て関係していてもおかしくないな」
「うう……」
凍結が解け始めたヴァイルが、二人の会話を遮るように呻き声と共に意識を取り戻す。
「俺は・・・・・・」
「ヴァイル!大丈夫なの?」
意識を取り戻したヴァイルにエリーは安堵の表情で駆け寄る。
「薄っすらと記憶に残っている・・・・・・俺が、お前を・・・・・・・アクアを・・・・」
テッドだった時の記憶が、徐々にウァイルの脳内で不鮮明ながらも再生されていく。
「エリー 、アクア、怖がらせたな。すまん」
ヴァイルは懺悔の念に駆られて目を伏せる。
「何言ってるの。あれはあの気持ち悪い変態がヴァイルを乗っ取った不可抗力な事故なんだから仕方ないよ」
「そうですよ!先輩は確かに悪人面ですが、決して変態ではありませんし、普段は怖くありません!」
「アクア・・・・・・お前だけ遠回しに俺を馬鹿にしてるだろ・・・・・・・」
エリーとアクアの温かくも手厳しい励ましに、ヴァイルは立ち直る。
「スノウ・・・・・・・ありがとうな」
ヴァイルは素直に礼を述べた。
「いいさ、別に。まあ、最初見たときはお前が血気盛んでアクアを襲う変態かと思ったぜ」
感謝を台無しにするようなスノウのセリフに、ヴァイルの顔が一瞬で険しくなる。
「お前・・・・・・・喧嘩売ってんのか?」
「助けた恩人に対しての態度がなってないな、ヴァイルさん」
「なんでお前ごときに態度改めなきゃならないんだ」
「もしかして、『黒い炎』拠点制圧部隊選抜に俺だけ選ばれたことに対してまだ妬んてんのか?オルトロスの仕事人(笑)が!」
「上等だ!表に出ろ、どっちが上か、今すぐハッキリさせようか」
「望むところだ」
「止めなさい!」
徐々にヒートアップし、一触即発の事態になりかけたヴァイルとスノウにエリーは深い溜息をついて呆れながらも指をスライドさせた。
その瞬間、天井の魔法陣が再び展開。
金属のタライが二人目掛けてゴツン!と直撃した。
「いてて・・・・・・・」
「くそっ、エリー!」
頭を抱えて唸る二人を意に介さず、エリーは話を続けた。
「ヴァイルのような被害者がこの国にけっこういるかもしれない。そう考えると事態は非常に厄介ね」
「エリーさん、私たちどうしましょう!」
不安を募らせるアクアに代わり、頭を摩りながらスノウが真面目な顔に戻って口を開いた。
「それなんだが、アリア副団長は事態を一足先に察知して、既に王都へ向かっている」
「団長たちもイスカの母親探しで王都に行ってるみたいだし・・・・・」
「俺たちも王都に行って、『黒い炎』の野望を止めるしかないな」
痛みに耐えながら、ヴァイルが決意を込めて意見した。
「そうね。私たち全員もすぐに王都に向かいましょう!」
そう言って、エリーは迷いなく手を地面にかさした。
スン・・・・・・・と、大地が重い唸りを上げる。
すると城であるアジト全体を包み込むかのように、巨大な魔法陣が鮮烈な光を放ち大きく展開した。
その光の中で、アジト全体がまるで巨大なパズルのピースのように動き出し、轟音を立てながらその形を変えていく。
城壁が滑らかに収納されて屋根が主翼となり、船体へと組み直される――
瞬く間にスカイホークのアジトは、壮麗な飛空艇へと姿を変えた。
(なんか凄いことになってる・・・・・・!?)
エリーの大掛かりな空間魔法によるアジト全体の建物組み換えにその場にいた全員が言葉を失い、心の中で驚愕した。
「エリーさん、こんな大きな魔法を使って、魔力とか本当に大丈夫ですか?」
アクアが心配そうにエリーに恐る恐る尋ねた。
「大丈夫よ!心配してくれてありがとう」
エリーは笑顔で答える。
「微細なサイズ調整による修復は確かに半端ない魔力と集中力が必要とされるけど、これはあくまで『空間の再配置と結合』だから、そんなに魔力使わ体も魔力操作で済むから大丈夫よ」
「よし!行くわよ! いざ王都へ!」
受付ホールて出てきた操縦桿をエリーは強く握り、一行はアーサーたちのいる王都へと向かう。




