47話、賢人たちの逆襲13
マクシルとアランが激しく交戦している、その最中。
スカイホークのアジトにはアクアとヴァイルが通常の任務を終えて帰還したところだった。
「二人とも、お帰り!クエストどうだった?」
出迎えたエリーが明るく声をかける。
ヴァイルはドアにもたれかかるように立ち、鬱陶しげに答えた。
「別に、いつも通りだ」
「は、はい!な、何とか無事に!」
一方のアクアは少し声が上ずりながらも、丁寧に返答する。
「アクア、そんなに緊張しなくて大丈夫よ!どこかの誰かさんと比べて、あなたはきちんと挨拶ができて偉いよ」
エリーは優しくアクアをフォローしつつ遠回しにヴァイルを揶揄する。
「うるせえな……」
ヴァイルは小声で舌打ちをした。
「それにしても、なんで俺が普通のクエストなんだよ。しょうもない。俺みたいなのは合同ギルドの選抜戦に一番適してるのに……」
ヴァイルは、苛立ちを隠せずに不満を漏らす。
その様子を横目にアクアはそっとエリーに顔を寄せた。
「ねえ、エリーさん、ヴァイル先輩、もしかして合同クエストに選抜されなかったこと結構気にしてるんじゃ……」
「みたいね。顔に書いてあるわよ」
「なんか……エドラ君みたいですね」
「ええ、同類よ。きっと」
「おい、聞こえてんぞ!お前ら!」
ヴァイルの怒鳴り声がアジトに響いた。
「自称オルトロスの仕事人が聞いて呆れるわね」
エリーは呆れてため息をついた。
それでもギルド移籍後、スカイホークにようやく馴染んできた二人の姿に彼女はそっと微笑みを浮かべる。
(ずっと、このままこんな日常が続けばいいのに)
その時だった―――。
耳をつんざくような轟音とともにスカイホークのアジトを激しい揺れが襲った。
「はわわわっ!」
アクアが悲鳴に近い声を上げる。
「なに、この揺れ!地震?」
エリーが動揺した声を張り上げた。
数秒後、揺れは収まった。
激しい振動のせいで机の上の書類や花瓶が地に散乱し、アジトは一瞬で散らかっていた。
埃が舞い、床が軋む音が残る。
「みんな、大丈夫?」
エリーは落ち着きを取り戻して二人に向き直って安否を確認した。
「はい~大丈夫です~」
アクアが無事であることにエリーは安心する。
エリーはヴァイルの方へ視線を移した。
入口付近でヴァイルは微動だにせず、まるで人形のように不自然に立っていた。
彼の頭上には青白く異様な光を放つリングが静かに輝いている。
彼の目は焦点が合わず見慣れない冷たい光を宿していた。
「ヴァイル、どうしたの?」
異常な雰囲気にエリーは恐怖を感じながら恐る恐るヴァイルに近づく。
「お前ら、誰だ?」
低く、聞き慣れない声が発せられた瞬間―――
エリーは身を竦ませた。
「え?」
アクアは理解が追いつかず間の抜けた声を漏らす。
「何言ってるんですか先輩、エリーさんですよ!早くここ片付けないと!」
アクアが能天気にヴァイルに近づこうとしたその時―――
ヴァイルの腕の傷口から滴る鮮血が赤黒く硬化して風船のように膨張する。
そして爆発的な衝撃を伴ってアジトの入り口の扉を木端微塵に吹き飛ばした。
「きゃっ!」
アクアは咄嗟に身を引いたが衝撃波で尻もちをつく。
瓦礫と土煙が舞う中、ヴァイルの瞳に宿っていた冷たい光が一瞬揺らぐ。
次の瞬間、歪んだ喜びの光に変わった。
彼は両手を広げて天を仰ぐ。
「そうか、俺は戻ったんだ!現世に帰ってこれた!復活したんだ!あはははは!」
ヴァイルは外に飛び出して大声で狂喜する。
その笑い声は、悪魔の嘲笑のようにスカイホークのアジトに響き渡った。
エリーは身を震わせながら目の前の存在に声を絞り出した。
「な、何なのよ……急に!」
「しかも、丁度いいところに餌となる女が二人も用意されているとは最高だな」
憑依体はゆっくりと振り返り、エリーと尻もちをついたままのアクアを獲物を見定めるような冷たい目で見据える。
その視線にはヴァイルという人間から感じられる苛立ちや不満は一切なく、ただ純粋な悪意と飢餓感が宿っていた。
ヴァイルの肉体を借りた存在だと気づいたエリーは恐怖を押し殺して問い詰める。
「あんた……誰なの?ヴァイルじゃないわね……」
「この身体、ヴァイルっていうのか。気に入った」
憑依体はそう呟くと再び二人に向かって冷たい笑みを浮かべた。
「俺はテッド……惨殺のテッドって言えば分かるか?」
「惨殺のテッド……まさか!」
男の名前を聞いたエリーは絶句し、全身が凍りついたように動けなくなる。
「エリーさん、誰なんですか?その人!」
アクアは混乱しながら震える声で尋ねた。
エリーは喉の奥から絞り出すように答えた。
「惨殺のテッド……だいぶ昔、王都で聞いたことがある。若い女性ばかりを狙う猟奇的な殺人鬼で惨殺した後にその遺体を……犯す、サイコ野郎よ」
その凄惨な経歴を聞いたアクアは顔から血の気が引くのを感じて本能的な恐怖でその場から後ずさった。
「普段は神などクソ食らえって思っていたがこういうときだけは神を信じるぜ」
エリーは一歩踏み出して恐怖で震える体を叱咤してテッドに叫んだ。
「ヴァイルを返して!すぐにこの身体から出ていきなさい!」
「嫌に決まってんだろ」
テッドは鼻で笑い、ヴァイルの顔で邪悪な微笑みを浮かべる。
「こんな最高のおもちゃを手放すわけないだろう?それにアンタみたいな純情な女は切りごたえがあるぜ」
そう言ってテッドはゆっくりと二人に近づいていく。
「ヴァイルの口でそんな気持ち悪いこと言わないで!」
怒りに任せて叫ぶと同時にエリーは指先をひと撫でしてアジトの壁に触れる。
その瞬間――
壁の一部がパズルのように鋭い機械音を立てて開き、小型のタレットが静かに銃口を覗かせながら変貌した。
ダァンッ!
タレットから放たれた高熱の光弾はテッドの胸部を直撃し、彼の体を勢いよく吹き飛ばす。
ヴァイルの肉体はダメージを負った様子はなかったが攻撃の勢いに耐えきれず地面に転がった。
「アクア、構えて!」
エリーは、タレットを起動した勢いのままアクアに強く指示を飛ばす。
「え、でも……先輩と、戦うなんてそんな……」
アクアはヴァイルの姿と不機嫌ながらも任務をこなす姿を思い出し、傘を構えるのを躊躇った。
「あれはヴァイルじゃない!ただの変態よ!今すぐ行動しないと、あんたも私も殺されるわ!」
躊躇するアクアにエリーは恐怖を振り払うように一喝した。
その声には、迷いを断ち切った静かな決意が宿っていた。
「ハハハ、女が嫌がれば嫌がるほどますます興奮する性質なんでな俺は」
エリーに吹き飛ばされたことでテッドは怒るどころか更に興奮していた。
「黙れ!変態!」
エリーは怒りに燃える目を向けて指先を天井に向けて鋭くスライドさせた。
その動作に連動して天井の一部がカチリ、カチリと複雑な機械音を立ててパズルのように開き、太い鎖につながれた巨大な鉄球が重力と加速をもってテッドめがけて振り落とされた。
キィン!
鋭い金属音が響くと同時に鉄球は空中高く跳ね上げられた。
テッドは宿主であるヴァイルの腕から繰り出した赤黒い斬撃が落下寸前の鉄球を真横から切り裂いて激しい火花と衝撃を生み出した。
だが、エリーの動きは止まらない。
彼女はすぐさまもう片方の手で指先をスライドさせてアジトの地面に触れる。
ゴオオッ!
鈍い轟音とともに床の一部がパズルのように隆起し、鋭利な岩盤のように突き上がってエリーの身を守る盾となった。
「連れないねぇ~三人仲良く遊ぼうぜ、お姉ちゃんたち。このヴァイルの身体でな」
テッドは硬化した血で双剣を生成して軽やかなステップでアジトに再び侵入した。
「アンタではなくてヴァイルだったら喜んで遊んであげるわよ」
エリーはそう吐き捨てて次の一瞬に集中する。
キュッと彼女が床の接合部に意識を向けた瞬間、侵入したテッドの足元がパズルのようにガクリと下に外れて深淵へと続く奈落の穴が口を開けた。
ザシュッ!
テッドは落下する寸前、咄嗟に両手に持った血の双剣を壁面に突き刺して体を支える。
双剣が壁を深く抉る音が響いた。
「へぇ、なかなかやるじゃないか。このアジト、まるで巨大なおもちゃ箱だ!」
テッドは楽しげに笑い、壁を蹴り上げて穴から軽やかに脱出する。
その直後――
「先輩から出ていけこの変態!」
アクアは迷いを断ち切り、傘の石突を高々と構えた。
ギュルルル!
傘から噴き出す水は瞬時に高圧の水流へと変貌してテッドの頭部に勢いよく直撃した。
その衝撃はテッドを体勢を崩させて再び奈落の穴へと押し戻す。
テッドが奈落の穴の縁を再び血の双剣で掴み、這い上がろうとする。
「アクア、いったんこっちに引いて迎え撃つわよ!」
「はい!」
アクアは即座に傘を閉じてエリーへと駆け寄る。
彼女はアクアの手を強く引き、次の攻撃に備えて体制を立て直した。




