46話、賢人たちの逆襲12
少し前に提示された「英雄像」と「勇者像」への在り方に対してアーサーが戦いの中で一つの答えを提示します。
「お、お母さん……」
イスカは震える声でその名を呼んだ。
「ごめんね。勝手だけど、今の私にはあなたのお母さん――この体は、私が生きていくために必要なものなの」
リアはどこか慈悲深い口調で宿主の娘と思しき少女に対して静かに断りの言葉を入れる。
しかし、
「マーリンが仮に許可出しても俺は許可しねえぞ!」
かつて共に旅をした仲間の体を乗っ取られたアーサーには、その勝手な道理は通じなかった。
「アラン達と比べて、私はそこまであなた達人間に対して深い怨恨を抱いてない。ただ、純粋に生きたいだけなの。私の願いを阻むなら、誰だろうと容赦なく排除する」
リアは持っていた錫杖で瞬時に魔法陣を展開させて凄まじい勢いの青紫の雷をアーサーとイスカに放った。
アーサーはすかさずイスカを抱えて全身の筋肉を爆発させて廊下の壁を蹴り、青紫の雷を紙一重で避ける。
着地と同時にアーサーは廊下の脇にある小部屋が目に映る。
「イスカ、あそこの小部屋に隠れてろ!絶対に出てくるな!いいな!」
イスカは不安げな表情のまま小さく頷き、小走りで小部屋に隠れた。
「さあて、お前と喧嘩すんのはいつ以来だ?なあ、マーリン」
イスカが隠れるのを見送ったアーサーは静かに威圧的に立ち上がり、リアもといマーリンの姿をした相手へ振り返る。
「私からしたら、初対面のあなたと喧嘩するのは初めてかしら」
(神様……アーサーさん……どうか、お母さんを助けて)
小部屋の机の下に隠れるイスカは部屋の奥に祭られている神像に向けて手を組み、心の中で強く切実に祈りを捧げた。
次の瞬間リアとアーサーは轟音と共に廊下を粉砕して突き破り、天井の高い広大な礼拝堂に出た。
かつての旅仲間の姿が重なり、マーリンを乗っ取ったリアに決定的な手出しが出来ず、アーサーは防戦一方に回っていた。
「ねえ、あなた。この体の人と仲良かったの?攻撃してこないけど?」
守りに入ってばかりのアーサーにリアは攻撃を止めて尋ねる。
――世界を救うんじゃない。愛する人を真っ先に救い守ることこそが勇者の本質だ。
アーサーは、マクシルが死に際に交わした言葉を思い返し深く考えを巡らせていた。
「確かに昔は仲が良かったから手出し出来ないってのもある。だがそれ以上に、尊敬していたマクシルと交わした約束を守るためにも俺はリアを追い出すことばかり考えている」
「お互い譲れない訳ね」
「そりゃそうだ」
アーサーとリアは再び激しくぶつかる。
リアは再び青紫の光弾の嵐をアーサーへ向けて、容赦なく飛ばした。
理性が追いつかないほどの猛攻に対してアーサーは身体を回避・防御行動に任せて頭の中では自問を繰り返していた。
――旦那の言葉、あんたのその考え、正直俺も同じこと考えていた。森でマーリンを失ったあの日俺は魔王を倒したその強大な力で無双しておきながら傍にいてくれた大切な人、愛する人を真っ先に救い・守る事が出来なかった。
そして同時にあの時俺は考えた。
俺が得たこの強大な力で世界を救い守ることができたとして自分の大事なモノ救いきれなかったらそれは「勇者」なのだろうか?それが本当に正しいのか?と。
こんなに強くなったのに結局マーリン一人すらうまく守れちゃいない。
この元々守りたかった力で今マーリンの体を殺めるために使うのか?
それが本当にみんなが望む「勇者」なのか? 「英雄」なのか?!
旦那、アンタの言う通りだ。
どんなに世界を救える強大な力やスキルを持ってたとしても一番救いたいやつ、守りたいやつのためにそれが使えなかったらまさに宝の持ち腐れじゃないか!
もしマーリン……いや、俺にとって大切な団員達と世界を天秤に掛けられる状況が来たとして団員達を犠牲にして世界が救われるくらいなら俺は……俺は……。
戦いの最中。
「英雄」や「勇者」という在り方を自問するアーサー。
迷いを振り払い、やがて一つの答えを出す。
「……そんなのクソ食らえだ。こんな勇者 や英雄 みたいな称号、ドブに捨ててやる!」
アーサーの内側から溢れる強い決意と共に青紫の光弾の嵐をすべて、己が信じる鋼のような腕で弾き切る。
「なに!?」
凄まじい魔力を込めた光弾をすべて弾き切ったアーサーにリアは戸惑いを露わにする。
頭に浮かんでいた霧が晴れたアーサーはこの状況をどう対処するか考えを切り替える。
「取り合えず2%の出力でお前を止める」
アーサーはそう言って、ただ静かに立っていた。
肩の力は抜けてまるでそこに「いない」かのような自然体だ。
だが、その瞳だけは相手の重心の微かな移動を捉えていた。
(無防備?いや、違う!一見隙だらけのようで、実際は罠を張っている)
一見隙の無い構えだが、アーサーの間合いに入ったら確実にやられる―――
そう直感したリアは間合いを保ちながら、中距離から先ほどよりも数段小さい黒の光弾を放つ。
――ガツン!
アーサーは一切動かず、ただ片手を軽く前に振るった。
光弾は彼の掌をかすめるように当たり、何の衝撃も残さずそのまま真上に方向を変えて天井に吸い込まれた。
「……やはり」
予想通りの動きにリアは冷や汗を流した様子で錫杖を構え直した。
しかし、このまま遠距離戦を続けても意味がないと判断した彼女は再び中距離からの魔力弾の連射を放った。
その時だった―――
アーサーはまるで風景の一部であるかのようにわずかに身を沈めた。
飛来する魔力弾の軌道の死角を見切ると次の瞬間、彼の姿は残像を残して消えた。
――入り身!
リアが視線を追う間もなく、アーサーは猛烈な速度で一気に間合いを詰めて彼女の懐深くに踏み込んでいた。
「お前とずっと戦ってから気になっていたんだがよ、お前の頭の上にあるリングを壊せばどうなるんだろうってな」
呆気にとられたリアを他所にアーサーは掌打を繰り出すと彼女の顔をかすめ、頭上にあるリングを破壊した。
「な....!?」
アーサーの読みは当たっていた。
魂を前世と後世で入れ替える『輪廻逆転』は世界の理に反する禁忌の魔法である。
そのためリアの頭上に浮かんでいる光沢輝くリングは、死者として不安定な前世の魂を現世に繋ぎとめるまさしく命の楔だったのだ。
リングを破壊されてしまうと前世の魂即ち死者を現世に留めることができなくなる。
その結果、世界の理による強制反転が発生して前世の魂は冥府へ後世の魂は現世へと引き戻される。
「そんな…..」
マーリンの身体から光が放ち冥府への転送が始まるリア。
「すまないな、マーリンを必要としているイスカがいるんだ。ま、勇者を必要とされない俺なら喜んで差し出すがな」
「フ、ずいぶん自分を低く見積もってるわね…..。私は女のままいたいかな….愛するリデルとずっと傍にいたいもの」
「け、その体でそれ言うと嫌味にしか聞こえないな」
マーリンの身体でリデルへの愛を語るリアにアーサーは嫉妬する。
「あの娘に会ったら、私の代わりに謝っといて…..」
「ああ、誤っておくよ」
リアの魂が冥府へ転送されると、意識を失ったマーリンはそのまま倒れかけた。だが、寸でのところでアーサーがその体を優しく抱き寄せた。




