44話、賢人たちの逆襲10
なろう系勇者への風刺・皮肉的に書いてますがそれ以外にも広義的にある「勇者」や「英雄」の物語の定型や倫理観を逆手に取った非常に効果的な皮肉・風刺として機能している事と「大義名分」や「英雄的犠牲」を無批判に称賛する風潮に対する一種のアンチテーゼとしてこのエピソードを書きました。
マクシルの遺言を通じてアーサーも一人の人間として大きく成長します。
マクシルの神速を超越した抜刀が刹那の間に無数の斬撃を浴びせた。 その精密な連撃により、アランは膝をつく。
「大丈夫・・・・・・死なない程度に急所は避けている。僕もいろいろと話したいんだアラン。頼む、大人しく投降してくれ」
これでもなお身柄確保を重点に置き、精密に致命傷を避けるマクシル。
「……まだだ。まだ折れないぞ!お前らを一人残らず皆殺しにするまでは!!」
強すぎる復讐心を軸に辛うじて自我を強く保ち、マクシルに怨嗟の声を飛ばすアラン。
「もう止すんだ、これ以上動いたら本当に死ぬぞ!」
アランを制止しようとマクシルは必死に訴える。しかし、敵であるマクシルの言葉はアランにはまるで届かない。
アランは再び震える手で銃をマクシルに向けて構えた。
時間停止能力を持つマクシルには簡単に避けられる。
ましては、もう虫の息に近いアランがそれでも戦闘を続行するのはマクシルからしたら哀れな最後の悪あがきでしかなかった。
アランの眼前に空間に亀裂が入るような音と共に次元が裂け割れて中から一人の少女イスカが無抵抗な姿で現れた。
「なっ―――!」
驚愕に目を見開くマクシルに対し、なりふり構ってられないアランは教会の中ではなく外の街中から無差別にターゲットとした少女イスカを人質として呼び出したのだ。
「お前を殺すためなら、僕は手段を選ばない!」
アランは声を荒げて、もはや痛みすら無視して震える指先を無理に抑え込み、しっかりと引き金を引いた。
初弾を撃った後欠かさずアランは何回も引き金を引いた。
(さあ、どう出る?少女を時間停止で助けるか?それとも時間停止で少女を犠牲にして僕を殺すか?)
イスカを目掛けて放たれた複数の銃弾がアランの魔力に誘導され次元の隙間を通して各地にワープした。
「ヒッ!」
イスカは恐怖に目を瞑った。
「不味い!」
アランの外道な戦術にマクシルは瞬時に刀を抜く。マクシル一人だけならいくらでも回避・防御が可能だ。
だが、無抵抗な一般人が近くにいると回避や防御は極めて難しくなる。
ましてや次元の狭間で不規則に動き回る弾道の軌跡を読み取り、わずか五秒という短すぎる時間停止で全てを防ぐのは容易ではない。 鞘から刀を引き抜いたマクシルは覚悟を決め、再び時間停止の世界に入り込む。五秒と限られた時間の中で、マクシルが取れる行動はごくわずかに限られていた。
一秒――――イスカの懐にすぐさま入り込む。
二秒――――三放たれた凶弾からイスカを守るため、自ら盾となりイスカを覆う。
三秒――――マクシルは防御を諦めて刀を地面に捨てて少女を守り通す。
しかし、刀を途中で手放したために強制的に時間停止が解除されてしまった。
アランが整った複数の凶弾かそのままマクシルに襲い掛かる。
迫り来る銃弾を前に死を悟ったマクシルの脳裏に走馬灯が鮮やかに駆け巡る。
女神からの神託を受けた国王の命により、勇者に選ばれた少年アーサーを保護するマクシルーー
身寄りのないアーサーの面倒を見てあげるマクシルーー
教養のないアーサーを特別に騎士団従者として自分の傍に置き、時に厳しく教養を教えるマクシルーー
問題行動ばかりするアーサーを疎ましく見ていた上層部から、ただ一人必死に庇い続けるマクシルーー
魔王討伐後、旅立つ一人旅のアーサーを遠くから気に掛けるマクシルーー
そして、ナタリアを厳しく指導して彼女を鍛えるマクシルーー
今にして思えば………………女神の神託を受けた王とそれに従った僕以外、本当に誰もアーサーを勇者と認めなかった。国王は勇者としてアーサーを見ていたが、僕は勇者ではなく人間としてアーサーを見て、彼を導いたのだ。
たとえアーサーが勇者として挫折してしまってもそれでも立派な人間になることをただ祈って・・・・・・
気づけば、僕はアーサーを本当の息子のように見ていたのかもしれない。
身寄りのない孤児である彼をいきなり勇者に祭りあげる世情に対して、彼かあまりにも不憫に思えた。アーサーが少しでもただの一人の人間として逞しく幸せに生きてくれるだけで良かったのだ。
アーサー、ナタリア、みんなありがとう―――
せめて騎士団長官最後の務めとしてこの娘の命だけは守り通す―
時が終わり、時間が動き出す。 しかし、凄惨な光景の前に静寂と虚空はそのまま続いていた。 イスカがゆっくりと目を開くと眼前に映ったのは、大量の血反吐を吐きながらも自身を背中で守ってくれたマクシルの姿だった。
「おじさん・・・! おじさん!」
イスカの震える呼びかけに、マクシルはわすかに瞳孔を開いた。
「大…………………丈夫……………かい? ケガは ・・・・・・・・ないかい?」
自分の身よりも先に、血に濡れながら少女の安否を確認するマクシル。
「大丈夫です・・・・・だけど、おじさんの方がっ、大丈夫ですか?」
少女は背中から撃たれたマクシルの身を案じ、涙を滲ませた。
少女を気遣うマクシルを他所にアランがマクシルの背後に立つ。
「マクシル長官・・・・・・時間停止を操るあんたの最大の弱点は、その正義だ!正義は時に強大で皆に希望を与えるが、同時にそれは脆く脆弱で簡単に絶望を作りやすい」
体に激痛が走る中、傷だらけになりながらもアランは呻きを堪えてなんとか呼吸を整えた。
「あんたの正義が弱点になることに僕は賭けた。そして、僕はそれに勝った。敵ながらもあんたのその揺るぎない立派な正義感には敬意を表するよ」
「もっと早く君たちエルフと会って説得していれば、復讐以外の道が見つかったかもしれない」
マクシルは途切れ途切れに、血の混じった息を吐きながら言った。
「ああ、道が違っていたら。むしろ・・・・・・・真の良き友人になっていたかもしれないな」
お互い満身創痍で呼吸が乱れている中、敵でありながらも悲劇的な互いの選択と覚悟に対し、アランとマクシルは静かに敬意を表しあった。
「あんたに敬意を表して、このままにしておくよ、さようなら、マクシル長官……………」
アランはマクシルに背を向け、満身創痛の体を引きずりながら再び次元の穴を開けた。そのまま次元に入ろうとしたその直後――
「イスカ!!無事か!」 イスカを救うべく次元に入ったアーサーが、まさにすれ違いざまにアランと入れ替わるように出てきた。
アーサーの瞳孔にアランの姿よりも先に血溜まりの中にいるマクシルの惨めな姿が映る。
「…!?」
瞳孔が大きく見開かれ、信じたくない、映りたくない現実がアーサーの脳に一気に流れ込む。
事態をすぐに理解したアーサーは憎悪に駆られ、自分の隣を横切ったアランに眼光を向けた。
しかし、アランが作り出した次元の穴はすでに小さく閉じ掛けていた。
「待て!テメー!」
それでもアーサーは問答無用で次元に渾身の力で殴りかかろうとするが間に合わず次元は音もなく閉じてしまう。
アーサーは頭を瞬時に切り替えて血溜まりに倒れるマクシルの元へ滑り込むように駆けつける。
間に合わせるように、ダメもとでアーサーはマクシルの傷口を塞ぐがそれでもマクシルは口から血を零し、その体は惨めで息が絶えかけていた。
「マクシル!」
「アーサー・・・・・・・・・すまないね。長官に・・・・・・あるまじき・・・・・・とんだ失態だよ・・・・・・・」
「うるせぇ!喋んじゃねえ!」
「もう・・・・・・・いいんだ・・・・・・・アーサー」
「止めろ!」
「こうなる運命を辿ることは・・・・・・・・時間魔法で断片的に最初から・・・・・・知っていた」
マクシルはアランたち『黒い炎』の活動動機の真実、『黒い炎』が王都の教会を占拠すること、そして自分がこの戦いで死ぬことを時間魔法の予知見で断片的に知っていたのだった
「ふざけるな!アンタがしっかりしないと、ナタリアが・・・・・騎士団連中が全員腑抜けてしまうだろ!」
血を吐きながらも必死に話すマクシルを抱きかかえ、アーサーは声を荒げた。
「アーサー、よく………………聞くんだ・・・・僕はね・・・・・・世界を救い・・・・・・守ることが勇者の本質だと思っていない。違うんだ。大切な人・・・・・君が愛する人を真っ先に救い守ること......それこそが.....勇者の本質だと・・・・・・思って・・・・・・・いる」
途中で血反吐を吐きながらもマクシルは続ける。
「どんなに…………………強大な力で世界を救っても・・・・・・守っても・・・・君の傍にいる人を最後まで守れなきゃ・・・・・・その強大な力は意味がない………………虚しく、無力で空しい力だ・・・・・。だから····世界······を救うことよりも、君の愛する人を・・・・・・何よりも先に救い守りなさい。大切な人達を救い・・・・・・続けられれば・・・・・結果的に世界を救うことになるんだ」
「分かってる.....分かってるんだよ!ココに来てまでアラサーのオッサンをいつまでもガキ扱いしてんじゃねぇよ!」
最後まで言葉を伝えきったマクシルは安心したかのように安らかな眠りにつく。
(.………分かったよ。旦那、・・あんたとの約束必ず守り通す! イスカを....あの団員どもを死ぬまで守り通すよ。そして.... マーリンも必ず)
マクシルの死体に静かに黙繍して誓いを立てるアーサー。
例え大切な人を失ってもアーサーは決して涙を流さない。あの世でマクシルが泣き顔を見せるべきではないと心の痛みを必死に押し殺して気持ちを切り替える。
「行こう、イスカ.... お前の母ちゃん必ず救ってやるからな」
「アーサーさん、はい」
アーサーの言葉にイスカは涙を止めて立ち上がる。




