40話、賢人たちの逆襲6
罪の意識に苛まれながらもアリアの説得と励ましでなんとか落ち着きを取りもしたフリードはアリアの目を真っ直ぐ見据えた。
「アリア、今から俺が話す情報をすべてここに来ている騎士団ギルドに伝えて欲しい。…俺は意識を無くした振りをして奴らの話を聞いていた。奴らはお前たちがここに来ることはある程度想定していた。そして予想通りの筋書きになった。奴らはこのアジトを捨てて王都へ向かう。お前たちは陽動で誘き出されたんだ。奴ら『黒い炎』の真の目的は王都にある!急いで王都に戻らないといけない」
「―――ッ⁉なんだと!」
アリアは急いで連絡用で持っていた騎士団用の通信魔道具を取り出して、ナタリアにフリードの言葉を一言一句そのまま伝える。
【分かった。ここに居る構成員は私たちで何とかする。アリア、お前だけでも奴らの後を追ってくれ】
「了解です」
その頃、ナタリア隊の面々が隠密裏に各アジトに潜入し、取引現場に向かっていることに感づいていた『黒い炎』の幹部、アランらは、取引を終えるや否や、既に行動に移していた。
「各員に伝達しろ。『目的は達成した。各自離散して生き延びよ』」
ジェラルドは部下に早急に指示を送り、他の幹部たちと共に、急ぎ足で最奥のあるホールへと向かう。
役目を終えたにも関わらずついて来るジェイコブに、ジェラルドは不審の念を隠さずに尋ねた。
「取引は済んだはずだが、なぜまだ我々について来る?」
「いえ、そちらの望むものを用意させていただいた礼ですよ。無償で、そちらの活動を手伝わせていただきます!」
そう口にする腹に一物抱えるジェイコブを、『黒い炎』の幹部たちは最初から信用していなかった。
ジェラルドの視線を受けたアランは、一度立ち止まる。
「別に構わない」
少年エルフ、アランの冷ややかな眼差しがジェイコブを射抜く。
「お前が何を考えているかは興味がない。使えるうちは利用し、傍に置くだけだ。不要と判断すれば、即座に切り捨てる」
彼は振り返ることなく、再び歩き出した。
最奥のホールにたどり着いた一行は立ち止まる。
アランは微動だにせず地面に片膝をつき、手のひらを石畳につけた。
途端、その下に青白い魔法陣が静かに展開する。
彼の魔力が触れた空間は、軋むような音を立てて目の前で正方形に切り取られた。
その枠の奥は、濃い闇と、星屑のような光が瞬く異質な次元へと繋がっていた。
アランは袖から通信用の魔導具を取り出し、起動させる。
通信魔道具は交信相手のリーラに繋がった。
「リーラ、計画に必要な魔導書は手に入った」
【そう……あとは魔石ね…】
「ああ。回収が難しそうなら、最悪、僕がそっちへ向かって手伝う」
【大丈夫……あたし1人でなんとかする】
「……そうか。分かった」
【回収したらそっちに落ち合う】
アランは通信魔道具を納めて幹部を引き連れて次元の中に入っていく。
全員が次元に入った直後、ホールに激しい足音が響き、アリアとフリードが駆けつけた。
ホール中央には、先ほどまで異次元への通路だった空間が、歪んだ熱を残しながらゆっくりと収縮していた。
「くっ、間に合わなかったか……!」
アリアは奥歯を噛みしめ、フリードと共に収縮する青い光を見つめた。
「アリア、あれは……?」
「次元魔法だ。敵は王都へ向かった。この通路が完全に閉じる前に、追うぞ!」
小さくなりつつあった正方形の次元の残骸を前に、二人は互いに無言で頷き合う。次の瞬間、アリアは迷いを振り払い、意を決してその歪んだ光の中へ迷わず飛び込んだ。フリードもまた、覚悟を決めた表情で後を追った。
同時刻―――
王都。アーサーは、エドラ、サリー、イスカの三人を連れて、雑踏の中を全速力で駆けていた。
(―――あの女よりも早くマーリンを見つけないと。マーリンが危ない!)
アーサーは微かな違和感を感じ取り、不意に足を止めた。それに合わせるかのように、エドラ、サリー、イスカもぴたりと動きを止める。
(おかしい。平日の昼間だというのに、こんなにも人が密集している。今日は祭りでも祝い事でもないはずだ……)
「団長、どうしたんですか?」
急に立ち止まったアーサーの顔を、サリーは恐る恐る覗き込んだ。
「エドラ、サリー、構えろ。マーリンや俺たちを追っていたのはどうやらあの女だけではなかったらしい」
アーサーの言葉を待っていたかのように、周囲の密集した人々が一斉に動きを止めた。彼らは手に持っていた籠や荷物を音もなく地面に落とし、観念したかのようにアーサーたちを取り囲む。
その全てが、町の住人に扮した『黒い炎』の構成員だった。
突然の異様な光景に、イスカは悲鳴を飲み込みながらサリーの裾をギュっと掴み怯える。
「サリーは召喚魔法でイスカを守れ!エドラは俺と二人で道を作る」
「えっ団長、勇者の力でこいつら一瞬で蹴散らせるんじゃないですか?」
「エドラ、こいつらは町の住人に扮しただけの人の子だ。無闇に力を振るうわけにはいかない。それに、何でもかんでも勇者の力に頼るな。俺に弟子入りした以上、これも修行だ。俺はお前の前では、極力全力を出さない主義だ。必要な援護はするが、後は自分で切り開け」
エドラは剣を握りしめ、前面に躍り出た。剣に赤黒い魔力を纏わせ、包囲網へ向かって一閃する。
アーサーは迫りくる構成員を片手で軽くいなし、急所を外しながら次々と無力化させていく。
構成員は怯えるイスカを狙うが、サリーが召喚したウンディーネが展開する強靭な水壁に阻まれた。
多勢に無勢、戦況は圧倒的に劣勢だった。しかし、アーサーは決して全力を出さず、エドラの動きを完璧に読み切った最小限の動作で敵の攻撃を流し、急所を外しながら次々と無力化していく。その的確すぎる援護のおかげで、エドラは息切れしそうになりながらも、なんとか前へ進む突破口を切り開いていた。
突破口を抜けた一行は、王都の中心にある噴水広場に出た。
先ほどまでの凄まじい喧騒が嘘のように、広場は静寂に包まれていた。
広場近くのカフェのテラス席で、先回りしていたリーラが冷えたココアのグラスをゆっくりと傾けている。
その姿を見とめ、アーサーはわずかに眉をひそめた。
リーラはグラスを置き、優雅に笑う。
「やれやれ。君が相手じゃ、そう簡単にはいかないね」
「お前、いつの間にここまで……!」
エドラは即座に敵意を込めてリーラに剣先を向けた。
サリーも反射的にイスカを庇うように前に出て、魔力を集中させる。
「君たち下等な人間があたしたち高位な『エルフ』に牙を向けるの?」
リーラは飲み終わったグラスを、音を立てて床に叩きつけて割った。その瞬間、隠していた刺々しい憎悪と強大な殺気が噴出する。
アーサーはリーラと会った時から感じていた違和感、そして彼女の憎悪の根源を探るべく、敢えて旧友の名を切り出した。
「まさかと思っていたがやはりな……お前、アレイスターの事を知っているか?」
その名を耳にした瞬間、リーラの表情は優雅な笑みから一変、眼に深い闇を宿した。
「やめろ!あの男の名前を口に出すな!やはりお前もあの男と同じ……憎い憎い憎い憎い憎い憎い!」
彼女から放たれる憎悪は、先ほどまでの殺気とは比べ物にならない、魂を焼くような純粋な炎となって広場全体を圧した。
「少し頭を冷やせば話が聞けるか…..」
アーサーは一歩踏み出し、リーラの憎悪を受け止めるように静かに言った。
しかし、その凄まじい殺気に気圧されたサリーは思わず魔力を集中させ、リーラの存在を測る。
「団長、待って!この人、レベルが――!レベル50ですよ!」
サリーの声は驚愕に震えていた。
「問題ない。それでも、こいつを倒せる」
アーサーが勇者の力を封じたまま、それでも圧倒的な自信を込めて拳を構え、臨戦態勢に入った、その一瞬―――。
イスカの真下に、青い光を放つ次元の裂け目が音もなく出現した。
アーサーはマーリンの娘であるイスカを守るため、反射的に手を伸ばし、崩れ落ちるイスカを抱きかかえた。
「――⁉」
「ああ、クソ―!」
その手がイスカに触れた瞬間、次元の裂け目はアーサーの抵抗を許さず、二人の体を激しい勢いで深淵へと引きずり込んだ。
イスカは悲鳴を上げる暇もなく、アーサーと共に、音もなく閉じていく穴の中へと消えていった。
「団長ぉぉぉぉっ!!」
エドラの絶叫が広場に木霊する。
「イスカちゃん!」
サリーは信じられないものを見たかのように、顔を青ざめさせながら、閉じたばかりの地面を見つめた。
一瞬の出来事に二人はただ立ち尽くす。
リーラは憎悪に満ちた瞳をアーサーたちが消えた場所に向けた。
(アランの奴……いったい何を考えているの?)
彼女は計画の一部ではない奇襲に動揺し、すぐに平静を取り戻そうと呼吸を整える。
エドラは我に返り、目の前の状況に目を向けて、荒い息を整える。
アーサーの静かな声が、彼の脳裏に蘇った。
『何でもかんでも勇者の力に頼るな』
『自分で切り開け』
「サリー、団長がやられるはずがない!元勇者だぞ、絶対大丈夫だ!今は目の前の敵をどうにかしないと!」
エドラの言葉に、サリーは震える手を抑え、魔導書をリーラに向けてゆっくりと構えた。
「そうね!私たちの知っている勇者は、絶対に、絶対に死なないんだから!」強大な憎悪を抱えたエルフを前にして二人は身構えた。




