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勇者の弟子  作者: ヤス
賢人たちの逆襲

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39/97

39話、賢人たちの逆襲5

ちょっとカッコよく再会できないかなということで壁一枚隔てた空間でお互い並行して戦う演出を入れました。ちょっと分かりにくかったらごめんなさい。

フリードがヴィドクに連れ去られる、そのわずか数分前。


地上の広場でガラハッドたちが激しい戦闘を繰り広げる頃、ナタリア率いる急襲組はアジトの地下を這う薄暗い下水道に潜んでいた。

汚水の流れる音が反響する中、ナタリアは低い声で指示を飛ばす。


「まとまれば却って見つかりやすくなる。ここからは各自、離散して隠密に動け。狙うは取引現場のみだ」


「「了解」」


短い応答は湿った壁に吸い込まれて消えた。

彼女たちは水音を殺して迷路のように入り組んだルートへと散っていく。

アリアは魔力と人の気配に細心の注意を払い、静かにゆっくりと排水口の鉄格子を持ち上げて侵入した。


「よし」


そこは少し広い一室だった。

こびりついた血痕と生臭い汚臭が満ちた壁には鞭や棍棒といった拷問器具の数々が立てかけられている。


ここがどういう場所なのか、アリアは考えるのを即座に止めた。


カチャリ――


ドアノブが動く微かな音に、アリアは槍を強く握り込んだ。


「誰だ、お前!」


扉を開けて入ってきたのは、この部屋の主グスタフだった。


「忘れ物を取りに来たら、こんなキレーな姉ちゃんがいるとはな……。この姉ちゃんをいたぶる予定はなかったはずだが……」


「ここは貴様の部屋か……ずいぶん悪趣味な部屋で吐き気がするぞ」


「良い趣味だろ? 姉ちゃんみたいな女をいたぶり、拷問するのが趣味でな」


「飛んで火にいる夏の虫とはこの事だ、姉ちゃん。せっかくだから俺と楽しもうぜ」


「下衆が」


害虫でも見るような視線を飛ばしてアリアは槍を構える。


グスタフは机に置かれていた刑鞭を、まるで獲物を愛でるように緩慢に手に取った。


アリアは勢いよく足を踏み込み、前方に突き出した槍を鋭い一閃へと変える。

グスタフは余裕の笑みを浮かべて手に持った刑鞭で槍の穂先を叩き、その攻撃を受け流した。

二人の間に火花が散った、その同刻――


グスタフのいる部屋のすぐ後ろの壁の裏では、左目を失った狭き視界で戦うフリードがヴィドクの放つ容赦ない炎魔法を辛うじて避けていた。

熱風が皮膚を焼ききり、爆音が狭い空間に反響する。


「今までお前らを憎んでばかりだったが、こういう時のお前らのバカな行動には感謝したいね」


フリードは軽口を交えながら、瞬時にへプタグラムを展開させた。

自身を結界で防御しつつ、残りのへプタグラムで追尾する光線をヴィドクに放つ。


部屋の裏でアリアは敏捷な脚でグスタフを翻弄し、その動きを読み切らせない。

グスタフは苛立ちを露わにするかのように刑鞭を床に叩きつけた。


「ヴェルゼビュート様に支配されていた傀儡ごときが、ふざけた真似を!」


ヴィドクは怒りに任せて火の玉を複数生成してフリードのへプタグラムに目掛けて放つ。

へプタグラムは素早い機動性で火の玉を避けながら、光線で正確に狙い撃ちつけ火の玉を次々と撃墜した。


「ちょこまかと!鬱陶しいんだよ!女ぁ!」


アリアの俊敏さに捉えられないグスタフは苛立ちを増す。

しかし、そんなグスタフにアリアはお構いなしだ。

彼女は閃光のような動きでグスタフの側を通り過ぎる際、体幹を捉える鋭い足技を一撃、二撃、三撃とかまいたちのように連撃で腹部に食らわせた。


「お前がトロ過ぎるだけだ。間抜け」


攻防に秀でたへプタグラムの猛攻にヴィドクは徐々に追いつめられていった。

熱風と光線の合間を縫う彼の背中には、冷たい壁しか残されていなかった。


「なぜだ......ヴェルゼビュート様がいないのになぜ俺は追い詰められているのだ?.......」


「お前が間抜けな雑魚だからさ!」


一方、腹部に連撃を食らったグスタフは、うめき声を上げながら後退りしてその冷たい壁へと背中を預けることになった。


「この俺様が女如きに.....追い詰められるのか....」


へプタグラムは一列に並び、フリードの前腕には数個のへプタグラムが籠手のように纏わりついていた。


「そんなにヴェルゼビュート(あいつ)が好きなら地獄行って仲良くして貰え!」


籠手のように纏わりついたへプタグラムは光のエネルギーを乗せて収束―――一列に並んだへプタグラムに蓄積されてレールガンのごとき衝撃を放ち、ヴィドクを壁に叩きつける。


「そろそろお終いだ.....」

同刻、アリアはグスタフに目掛けて勢い良く飛び蹴りし、爪先を腹部の奥までめり込ませる。


アリアの飛び蹴りでグスタフは吹き飛び、ヴィドクに叩きつけられた衝撃とグスタフの体が激突した衝撃が合わさり、二人を隔てていた壁が轟音と共に崩壊した。


立ち込める土煙と瓦礫の向こうで崩壊した壁の穴越しにアリアとフリードがお互いの顔を合わせる。


「アリア……!」


フリードの驚きに満ちた声が、爆音の余韻の中に響く。


「⁉……フリード……フリードなの⁉」


あの忌まわしい悪魔の気配はなく、アリアが一番よく知っている優しいフリードの姿だった。


だが、あの悪魔の卑劣な手で騙し討ちを受けたアリアは、目の前のフリードを半信半疑で見つめる。


――本当に、あのフリードなの?


――私の知っているフリードじゃなくて、ヴェルゼビュートが演技しているだけかもしれない。


「大丈夫だよ、アリア。俺は俺だよ。ヴェルゼビュートの奴はもう俺の中には存在していない」


アリアが半信半疑で自分を見ている事に気付いたフリードは、少しでもアリアを安心させるために優しく微笑み、前髪をめくりあげて血がとめどなく滴り落ち続ける空洞になった左目を見せた。


見るも無残な左目に、アリアは口に手を当て、息を飲んだ。


――ああ、あの忌まわしい悪魔の目がない。フリードが……フリードが、本当に帰ってきた……!


大好きな人が帰ってきた喜びと、その無残な姿へのショックが同時に込み上がり、アリアの目から大粒の涙がとめどなく溢れ出した。

フリードはそんなアリアをそっと胸に引き寄せ、優しく抱擁した。


アリアはフリードを連れて入ってきた下水道に一度戻る。

二人は下水道の奥にある、崩壊の影響を受けていない小さな空間まで身を寄せた。

アリアは自身の服の一部を破り、丁寧に目元を拭うと包帯代わりにフリードの左目にそっと巻いた。


「……そうだったか。エドラの奴が……」


「ああ、あいつは言ったよ。『お前の隣に立ち続ける事が、お前の贖罪だ』ってな」


「あのバカは……いらんことを……」


「アリア、エドラはそう言ってくれた。だが、俺は正直、お前の隣に立っていいのだろうか? ヴェルゼビュートに乗っ取られていたとはいえ、俺は数々の罪を背負っている。俺みたいな罪人には、お前の隣はふさわしくない」


「フリード…..」


「オマエやエドラ、あまつさえスレイ…..あいつの命を……俺は…奪った。そんな男にお前の傍に立つ資格は…..」


「フリード!お前は昔から変わっていない。やっぱり私の知るフリードだよ!採掘場でもお前は決して弱音を私たちに見せず、一人で背負って私たちを先導していた。私は、そんなお前を本気で傍で支えたいと決めたんだ! お前が傍に立たなくても、私が傍に立つ!傍に立って一緒に背負うよ!罪も責任も、すべて!」


「アリア……」


「お前が私の傍に立つ資格がないと言うなら、私にはある! 私にはお前の傍に立って支える資格が!この戦いが終わったら、一緒に背負う為にスカイホークに来い!」


いつも男勝りで凛とした態度を崩さないアリアはフリードを支えるため、彼の前だけその凛々しい仮面を脱いだ。


「ありがとう、アリア。スカイホークには、かならず入る。エドラとの約束でもあるんだ」


「まさか、私がエドラと同じこと言うとはな……」


二人は瓦礫と土煙の中で、ようやく張り詰めていた緊張の糸を解いたように、小さく笑みを交わした。

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