36話、賢人たちの逆襲2
「天上の梯子」事件の報告とマクシル長官との合同会議を終えたアーサーは重い足取りでスカイホークのアジトの扉を開けた。
その瞬間、アーサーの目の前に映ったのは、一人の見慣れない少女が受付ホールでスカイホークへ依頼に来ている光景だった。
通常、ギルド活動は騎士団下請けのクエストや市民からの相談を通じて回されることが多い。
だが、市民や一般人がこのように直接ギルドに赴いて依頼するケースは存在する。
よくある一般人からのクエスト依頼として、受付嬢のエリーが少女を対応しているところだった。
「エリー、依頼人か?」
「団長、お帰りなさい!そうです、今ちょうど対応しているところです」
エリーの言葉を聞いたアーサーはその場を後にしようと二人を通り過ぎようとする間際、少女の顔を一瞥した瞬間―――。
魔王討伐後にひょんなことから知り合い、共に行動した「マーリン」の姿を重ねて、言葉が止まる。
(姿形は違うし、マーリン以上にまだ幼い……他人の空似か?)
アーサーの存在に気づいた少女は、もじもじと身体を揺らしながらゆっくりとアーサーに近づいた。
「あ、あの、お母さんが言っていた、本当の勇者様ですか?」
「ああ、そうだ。お嬢ちゃん、俺に用かな?」
アーサーは少女の視線に合わせるかのように、ゆっくりと膝をつき身体を屈める。
「わた、私のお母さんを助けてほしいです!」
少女はおどおどと緊張しながらも、必死の思いでアーサーに訴えかけた。
「お母さん、何かあったの?」
エリーもアーサーに合わせるように身体を屈め、少女に優しく寄り添う。
「あの…………お母さん。『黒い炎』っていう悪い組織を倒しに行ってから、もう何日もずっと帰ってきてないんです。お母さんから、『もしお母さんに何かあったら、このアーサーという勇者の所へたずねなさい』って言われて、それで……」
少女は声を震わせて顔を伏せた。
目には涙が滲んでいる。
「そうか、それで騎士団に聞いてここへ来たんだな。勇気を出してえらいぞ」
「ちなみに、そのお母さんとアーサー団長とは、具体的にどういう関係なの?」
「えっと……たしか。アーサーさんと『一緒に旅をした仲』って……言ってた気が……」
少女が小さく返答したその瞬間——————
「あー、疲れた!」
大声と共に扉が勢いよく開け放たれ、それぞれ別々のクエストを終えたエドラ、サリー、スノウ、アリア、アクア、ヴァイルの面々が一斉に受付ホールになだれ込んできた。
運悪く、全員が少女の言葉に思考が停止する。
「えーっと、あなたのお母さんがウチの団長と昔二人で旅に出ていた、ってことかな?」
エリーは意を決するように少女に確認すると、少女はコクンと小さく頷いた。
「ちょっとごめんなさいね」
エリーは少女に優しく断りの言葉を入れてすぐさまエドラたちの元に小走りで駆け寄った。
アーサーから離れた隅っこで、団員たちによる極秘の緊急会議が始まる。
「ちょっと、今の返事聞いた?」
エリーが興奮気味に尋ねる。
「うん、ハッキリとね」
サリーもエリーの興奮に同調していた。
「まさかウチの団長に限って、あんな可愛い子持ちの女性とそんな関係が…」
副団長のアリアは信じられないといった顔だ。
「でもあの人のいい加減っぷりなら十分あり得るだろ」
今までのアーサーの性格から肯定するスノウ。
「うーむ、確かに否定しきれないのがな」
ヴァイルは腕を組み同意する。
「俺の信じた勇者がそんな奴だなんて信じられない!」
エドラは強く否定する。
「はわわわわ!アーサー団長、不潔ですー!」
アクアは顔を覆いながら叫んだ。
団員たちのゴシップ会議の様子に気づき、少女から立ち上がったアーサーが声をかける。
「オメーらやめろ!それは誤解だ!」
「アーサー団長!」
団員たちを代表して、副団長のアリアが凛とした態度でアーサーの前に進み出た。
「なんだ?」
「団長ともあろうお方が!ましてや魔王から世界を救ったお方が、そんな……そんな軽率で破廉恥なことするわけないですよね!」
「お前、絶対信じてないだろ!」
凛とした態度でアーサーを見つめるアリア、彼女の瞳の奥には隠しきれない疑いの色が揺れていた。
アーサーは嘆息し、少女に視線を戻す。
「お嬢ちゃんには悪いが、俺はこの娘を知らないし、嬢ちゃんの母ちゃんも知らな……」
(……いや、待てよ….)
アーサーが話している最中一瞬思考が止まるも団員たちは彼の一言一句を逃さず言質に取り、再び裏で会議を始める。
「こんな幼気な少女のことまで知らないって言い張るなんて」
引いた眼でアーサーを見るエリー。
「可哀そうに、母娘ともども団長に無責任に捨てられたのね」
少女の背景に同情を寄せるサリー。
「やはりここは真意を確かめるべく、ナタリア監督官に一度事実確認をすべきだ」
ナタリアに確認を取ろうとするアリア。
「団長、最低ですよ〜」
おどおどしながら非難するアクア。
女性陣は少女の背景に想像を巡らせてまるで虫けらを見るかのような軽蔑の眼差しをアーサーに向ける。
「まあ、団長も血の通った男だしな」
「どうせ冒険中、酒でも飲んで適当に女を引っかけたんだろう」
「そうそう、酒の勢いもあるかもよ」
一方、男性陣はその場の空気を和ませようと、濁りながらもアーサーをフォローした。
『母が勇者と共に旅をした』――少女の言葉に、アーサーの脳裏にかつての仲間の姿が鮮明に蘇る。
(マーリン……!まさか、本当に………………)
「母ちゃんの名前、何て言うんだ?」
アーサーは震える声で尋ねた。
「えっと…………マーリンって言います」
「――ッ!?」
マーリンという言葉にアーサーは強い衝撃を受け、数歩後ずさりして壁に強くもたれかかった。
「マーリン……まさかあいつ……生きてたのか?」
激しく動揺するアーサーの尋常ではない反応に、ゴシップに夢中だった一同は愕然とし、静まり返る。
「団長、やっぱり…………!」
「違う!ちゃんと訳を聞け!」
それでも疑いの目を向ける団員たちに、アーサーは頬を赤らめ、歯切れ悪く、マーリンとの馴れ初めと彼女となぜ離れることになったのか経緯を語った。
「まさか途中で別れただけなんて」
「本当に団長の隠し子だと思ったわ」
「ホントですよ〜!」
意外な真相に驚くエリーとサリーとアクア。
「団長にそんな純情な過去があるとは…………」
籠手を顎に当てて、アリアは深く理解を示す。
「なあ、でもこれってさ」
「ああ」
話の真意を察して気遣い、言葉を濁すヴァイルとスノウ。
「とどのつまり、団長のいい加減さに愛想つかして、団長を森に捨てたってことだよな!」
そんな二人の配慮を盛大に無視して、エドラはストレートに真実を叩きつけた。
もちろん次の瞬間、アーサーから容赦のない強烈な拳骨がエドラの頭上に轟音と共に落ちた。
「まあ思い返せば、俺がマーリンを散々振り回したから、愛想が尽きて俺の前からいなくなって、別の男と結婚したんだろうよ」
アーサーは苦笑し、自嘲しながらもう終わった関係だと自分に無理やり言い聞かせて諦念を押し付けた。
「そういえば、嬢ちゃんの名前、聞いてなかったな。なんて名前だ?」
「イスカと言います」
「イスカか、いい名前だ。しかし、親父は誰なんだ?」
「ごめんなさい。お父さんについては私も分からないんです。私、生まれた時からお父さん知らないの」
「すまん、嫌なこと思い出させたな」
アーサーは心の中で、深くため息をついた。
(……マーリンも、ナタリア同様、運悪く野郎に逃げられて男運ないな)
アーサーは内心、マーリンを同情した。
「イスカだっけ?私たちはお母さんを助けに行けばいいのかな?」
エリーは優しくイスカに話しかけてイスカはコクンと頷く。
(ん、ちょっと待てよ……マーリンのやつ、「黒い炎」に行ったって……『黒い炎』?)
アーサーは、イスカが言っていた依頼内容を突然思い出す。
「イスカ!」
驚きと共に、アーサーはイスカの肩を強く掴んだ。
「マーリン、いや、お前の母ちゃん、『黒い炎』に退治しに行ったって言ったよな?」
『黒い炎』という単語に、アーサーの表情が一変する。
そう、つい一時間ほど前アーサーはマクシル長官から「黒い炎」の一斉摘発の指令を受けたばかりなのだ。
「冗談だろ。こんな偶然あるのかよ」
「団長、『黒い炎』っていったい……?」
事態の急変に、団員たちも表情を引き締める。
「ああ、お前らにははっきりと説明する」
アーサーは、魔王復活の思惑は伏せながらも、騎士団とギルド合同で『黒い炎』の殲滅任務を受けたことを団員全員に話した。
「…………という訳だ、イスカ、安心してくれ。お前の母ちゃんは俺たちが必ず助けてやるからな!」
団員に全ての事情を話し終えたアーサーはイスカの方へ向き直り、優しくも力強い笑みを見せた。
「いいか、三日以内に騎士団本部から招集がかかる。そこで他ギルドと騎士団で合同の精鋭チームを作る!」
「はい!」
騎士団長官直々の重大な依頼と、旧知の仲間からの切実なSOSが重なり、アーサーをはじめとしたスカイホークの面々には、一気に活気が満ち溢れた。
彼らの瞳には任務への強い決意と仲間を救うという使命感が宿っていた。
一方その頃―――
「どこ行った!」
「あっちだ!」
イスカの母マーリンは黒い炎から逃げ回っていた。 男達に追われたマーリンは物陰に隠れる 。
「イスカ、ちゃんとアーサーの元まで行けたかしら…..」
娘の身を案じる母は言葉を零した。




