34話、恋のち晴れ
ヴァイルとアクアがオルトロスからスカイホークに移籍した翌日のこと。
受付ホールには、団長のアーサーと副団長のアリア、そして新顔の二人を含む全団員が招集されていた。
アーサーは手を一叩きし、団員たちに視線を集める。
「えー、ヴァイルとアクアはオルトロスで既にクエスト経験があるとは思うが、一応うちのやり方に慣れてもらうために研修を兼ねてそれぞれチームを組んでクエストに取り組んでもらう」
「アクアはサリーとスノウと組んでこのクエストに行ってもらう」
やや気だるげな口調で団員に説明するアーサー。
アリアは懐から一枚の依頼書を取り出す。
そこには『討伐対象:ライカンスロープ』と書かれたクエスト依頼書だった。
「研修の一環だから、このライカンスロープはそこまでレベルは高くない。このチームで最もキャリアの長いスノウに指揮を任せる」
アリアに指名されたスノウは、「はい!」と背筋を伸ばして気持ちの良い返答をする。
「ヴァイルは私とエドラで一緒にクエストに行ってもらう」
アリアの判断に、エドラは心底不服そうにヴァイルへ鋭い一瞥をくれた。
エドラの露骨な不満の視線にヴァイルは「チっ!」と小さく舌打ちし、そっぽを向く。
「俺と一緒で何か不満あるのか? ヴァイルさんよ」
「頭の悪い猪突猛進バカと一緒だと、無駄が多くて仕事の効率が下がりそうだなってな」
「てめぇ!なんだと!」
エドラとヴァイルの間には、今にも火花が散りそうになる緊迫した空気が流れた。
「仲良くせんか! 馬鹿共が!」
アリアは怒声を上げ、容赦なく籠手で鈍く重い音を出しながら、二人へ同時に拳骨をかます。
「オイ!なんで俺までぶつんだよ!」
「うるさい! 喧嘩両成敗だ!」
頭を押さえながらアリアに抗議するヴァイルを、アリアは一蹴した。
「まあ、あっちはほっといてクエストに行きましょ」
サリーは、未だ頭を押さえていがみ合っているヴァイルとエドラを一瞥し、アクアの背中を押した。
「そうだな、行くぞ、アクア」
スノウも頷き、二人の喧嘩を他所にアクアを連れてクエストへと向かう。
ライカンスロープの生息する森に到着したサリー、スノウ、アクアの三人。
一行は森の奥へと足を進めながら、軽く言葉を交わす。
「アクアは、ギルドに入って長いの?」
朗らかなサリーが口火を切った。
「えっと……丸々三年くらいになります」
「いいよ!いいよ!私たち仲間なんだからそんな堅い敬語抜きにして気楽にいこう!」
「はい。あ、いや、うん!」
サリーはフレンドリーにアクアと打ち解け、明るい女子トークが弾む。
その間も、スノウは先頭で鋭い警戒心を持ちながら周囲の様子をうかがっていた。
ゴツゴツとした岩陰の茂みから、唸り声と共にライカンスロープが飛び出した。
ターゲットは、無防備に立ち止まっていたアクア。
スノウは反射的にアクアの肩を強く掴み、横へ叩きつけるように回避する。
「はわわわわっ!」
急に肩を掴まれ、体勢を崩したアクアは、スノウの接近に思わず顔を真っ赤に染める。
(今の、近い……!)
「サリー、アクア、構えろ!敵だ!」
スノウは即座に指示を出す。
サリーはすぐさま魔導書を構えるものの、アクアは戦闘態勢どころではなかった。顔面の熱を冷まそうと倒れ込んだまま、その場から動けずにいた。
「あ、アクア!?」
倒れ込んだアクアにサリーは戸惑う。
「クソ…。サリー!ウンディーネを頼む!」
「分かった!」
サリーは魔導書からウンディーネを召喚し、スノウはウンディーネから集まる水を利用して氷矢を放ち、氷の壁を作る。
「サリー、いったん態勢を立て直すぞ」
「ええ」
スノウは倒れたアクアを背負って、サリーと共にライカンスロープから退避した。
(はわわわわわわ)
しかしスノウの温もりと堅い筋肉でアクアは更に顔が赤くなる。
小さな洞窟を見つけた3人はそこへ隠れる。
「ごご、ごめんなさい!私が足を引っ張ったせいで….」
「大丈夫だ。俺たちは気にしてない。それより体の様子はどうだ?さっきから体が熱いし、あまり優れないならゆっくり休んでてくれ。ライカンスロープは俺が片付けておくから」
洞窟の出入口付近で氷の壁を張り、外を見張りに戻るスノウ。
「ねえ、アクアってもしかしてスノウの事好きなの?」
サリーは、何かに感づいたかのようにスノウに気付かれないようにアクアの顔に近づきそっと耳打ちした。
(や、やばい!バレてる!どうしよう!?)
サリーに真意を悟られたアクアは、顔を真っ赤にしてスノウに気付かれないよう口を抑えて心の中で叫んだ。
(やばい、普通に可愛いんだけどこの娘……)
悶絶するアクアに、サリーは心の中で本音を零す。
アクアは顔を赤らめたまま、スノウに聞かれないよう小声で話し始める。
「オルトロスにいた頃の私は、今みたいにドジで弱くて……。当時の団長や他の団員にいつも怒られたり、弱い弱いとバカにされてばかりだったの。そんな時、先輩団員たちから『あなた達の足止めをしろ』と私を捨て駒同然に押し付けたの。でも、そんな私をスノウさんは実力を認めてくれて、褒めてくれた。それがすごく嬉しくて、私を認めてくれたスノウさんの近くにいたくて、アーサー団長にお願いしたらあっさり許してくれて……それでこっちに来たの。スノウさんの近くに立っていたら、いつの間にか好きになってて……」
「それで惚れちゃったわけなのね」
サリーが小声で返すとアクアは小さくこくんと頷く。
「よし!アクア!私、あなたの恋!応援するよ」
「え!え?」
アクアは突然の宣言に目を丸くする。
「まずはあなたに手柄を持たせたらスノウから好感上がるわね」
サリーはブツブツと独り言を発した途端
「ちょ.....ちょっと待って!」
思い立ったサリーはすぐさま行動に移そうとアクアの手を引っ張り出入口前に出る。
「サリー、アクアを前線に立たせて大丈夫なのか?」
スノウが厳しい声で尋ねる。
「大丈夫!私のウンディーネとアクアの水魔法でライカンスロープを倒すわ。スノウはその間に、ウンディーネとアクアの水を魔法で凍らせて!」
「….分かった。前線任せる」
スノウは氷の壁を解除して前に出る。外にはライカンスロープが周囲を囲っていた。
「行くよ!アクア」
「うん」
サリーは魔導書を開いてウンディーネを召喚し、アクアは傘を開く。
アクアは、恐怖を押し殺しながら傘から全身の魔力を込めた水流を放ち、サリーのウンディーネが生み出す水と合流させた。
二人が放つ強烈な水流は、スノウの氷矢を正確に導く水路となった。
矢は水を伝ってライカンスロープの集団に瞬時に伝播し、全てを凍てつかせ、一気に無力化させた。
「やった!」
サリーは歓声を上げ、アクアに抱き着く。
戦闘が終わり、スノウが短弓を下ろして一息ついた、その瞬間―――
一体のライカンスロープが、死角からスノウめがけて猛然と飛びかかった。
「スノウさん!」
アクアは咄嗟に傘の石突を突き出し、その先端から凝縮された水の球体を放つ。球体は獣に命中し、ライカンスロープを球状の分厚い水壁の中に完全に閉じ込めた。
呼吸の出来ない空間にライカンスロープは脱力して動かなくなった。
「アクア、ありがとう!助かったよ。やっぱり水使いのお前と氷使いのオレは、最高の相性だ!」
スノウは安堵の表情を浮かべて両手でアクアの手をしっかりと握り、その功績を高く評価した。
アクアは顔を真っ赤に染め、極度の緊張と安堵から、ふわりと意識が遠のいていく。
次にアクアが目を覚ますと、彼女は優しい温もりに包まれていた。
薄く目を開けると、スノウの背中に背負われ、揺られながらアジトへの帰路についている最中だった。
(夢みたい…!スノウさんの背中、温かい!)
相変わらず朴念仁なスノウは「大丈夫か?もうすぐアジトに着くぞ」と声を掛ける。
スノウの鈍感ぶりにサリーはイラつきを隠せず、無言のまま魔導書の角でスノウの後頭部をコツンと小突いた。
次回から新章に入ります。多分これは今まで一番ながく続きそうな気がします汗




