33話、移籍してきた者たち
次回はアクアを少し掘り下げてから新章に突入しようと思います。
昼食時――
スカイホーク食堂では、エドラとスノウが肉を巡っていがみ合っていた。
「テメー、その肉は俺がとっといたんだぞ!」
「うるせぇ!早い者勝ちなんだよ!」
サリーが「アンタたち止めなさいよ!」と制止するも、二人は聞く耳を持たない。
エリーは呆れて肩をすくめた。
すると、「うるさいぞ!お前ら!」と一喝。
籠手をはめたゲンコツで、アリアが二人に平等な制裁を下した。
アーサーの暖かく優しい言葉のおかげでアリアはすっかり立ち直っていた。
いつもの凛とした男勝りの口調と態度に戻った副団長を見て、エドラたち団員は安堵の息を漏らす。
「「アリアさん!」」「「副団長!」」
懐かしくてどこか安心する、いつも通りの日常が帰ってきたのだ。
その時、タイミングを見計らったかのようにアーサーが食堂に入ってきた。
「はい、お前ら注目!以前連絡したと思うが、ギルド『オルトロス』の組織再編成で、その内2名がウチに移籍することになった。お前達、入れ」
アーサーに促されて食堂の扉から入ってきたのは、かつてオルトロスでスノウと戦った少女、アクアだった。
敵対していたとはいえ、この場に移籍してきたことにアクアはオロオロしていたがアーサーは構わず自己紹介へと話を進める。
「じゃあ、自己紹介を」
「ア、アクアです。えっと、その、レスター団長の命令とは言え、皆さんに酷いことしてしまってごめんなさい!」
罪悪感からか、アクアは挨拶よりも先に敵対したことを深々と頭を下げて謝罪した。
「いや、気にするな。私たちの方こそ勝手に立ち入って好き勝手に暴れて済まなかったな」
アリアはアクアの罪悪感を削ごうと自らの非を詫びた。
「そうそう!今日から私たちは仲間だから仲良くしましょう!」
「そうだよ!私サリーって言うの、よろしくね!」
アリアに連なってアクアを向かい入れるエリーとサリー。
「俺もそんなに気にしてないから、気楽に行こうぜ!アクア」
スノウがアクアの肩に手を置いた瞬間―――
「はわわわわわ」
極度の緊張でアクアの顔が真っ赤に赤面して腰を落とす。
「ちょっと、スノウ!初対面の女の子にいきなり触るとかセクハラじゃない!」
「はあ!なんでだよ!」
サリーはアクアを庇うかのようにスノウから引き離す。
「クク…ムッツリスケベ」
「テメー今なんて言った?」
後ろからエドラに嘲笑されたスノウは怒声を荒げるが、「止めんか!」とアリアの容赦ないゲンコツでエドラとスノウを黙らせる。
「あれ、二人って言ってたけど、もう一人はどこにいるの?」
サリーはアーサーの言葉を思い出し、周囲を見渡した。
「ああ、ちょっと待ってろ…どうした?早く入ってこい」
アーサーは食堂を出て、外に向かって声を上げる。
不本意ながらも食堂に入ってきたのは、以前アジトを半壊させた張本人であるヴァイルだった。
「「⁉」」
一同はヴァイルの登場に驚愕の声を上げた。
「テメー、今更ノコノコと何しにきやがった!」
「喧嘩ならいつでも買ってやるぞ」
エドラとスノウは拳の関節を鳴らし、即座に臨戦態勢に入る。
「……」
ピリついた空気にヴァイルは視線を逸らす。
「なんで貴様が…..」
「どういう事ですか、団長!」
アリアとサリーはアーサーに困惑の目を向けた。
「待って!みんな!」
張り詰めた空気の中、エリーが間に割って入る。
「ヴァイルや団長は悪くないの!これは、私のワガママなの」
「エリーさん、一体どういう事なの?」
サリーはエリーを真っ直ぐ見つめた。
「これは……」
「エリーの頼みだ。エリーは汚れ仕事ばかりするヴァイルの身を気に掛けていた」
アーサーはすぐさま話に割り込み、引き取るように語りだす。
話は処分を言い渡された一ヶ月前に遡る―――
お前らがバカンスに行った後、エリーは古城のアジトを修復していた。
「エリー、どうだ?古城の修復出来そうか?」
俺は会議に行く直前に、修復状況をエリーに訊ねた。
「団長、もともと使い古された空き家だったから老朽化で傷んでいる箇所が多いですね。古城の構造を新しく構成し直すには、ちょうど一ヶ月くらいは掛かります」
(…..ナタリアの奴、こうなる事知って1か月にしたのか?)
「折角だ。会議終わったら俺も手伝う」
「ありがとうございます。あの団長、例の組織再編成の件なんですけど…..」
「ああ、組織再編成か。それがどうした?」
「オルトロスの団員を他ギルドへ移籍するって事は、団長の方からオルトロス団員を選ぶ、ということですよね」
「まあ、いま会議でそれをやっている最中だからな」
「例えばですけど私、一団員の要望でも、移籍するオルトロス団員を選定することは可能でしょうか?」
「誰か、ウチに来てほしい団員がいるのか?」
(今のアジトを半壊させた本人をスカイホークに移籍させるなんてお願いしたら、団長に怒られるか反対されるだろうな……)
エリーは緊張しながら俺に打ち明ける。
「…ええ、まあそのヴァイルをウチへ来させたりとか…..」
「ヴァイル?ああ、いいんじゃね」
もじもじしながらお願いするエリーに、俺は即答で聞き入れる。
「え、軽⁉ってか自分で言っといてアレですけど、いいんですか?」
「別に、ウチで人出が足りるならなんでもいいさ。昨日の敵は今日の友って奴さ」
あっさりとした返事にエリーは啞然とする。
「とりあえずナタリアの奴に聞いてみるわ」
「ありがとうございます!」
それから俺は会議後、ナタリアにヴァイルの所在を尋ねた。
「ヴァイルか?残念ながら彼はもう退団していて、所在が掴めないんだ」
「そうか….」
「それにしてもアジト壊した張本人を招き入れるとは、大した器だなアーサー」
「部下の頼みだからな」
「良かろう、こっちで彼の動向を探ろう。なにか分かれば連絡する」
「助かる」
それからナタリアが王都地下のスラム街で目撃したヴァイルを特定してくれた。
俺は本来行くはずだった天上の梯子の調査をアリアに任せてスラム街へ迎えに行った。
情報通り、スラム街の廃屋で寝そべるヴァイルを見つけた。
「…..スカイホーク団長がわざわざ出向いて報復に来るとは…..何の用だ?」
「お前をスカウトしに来た」
「…….は?おっさん一体何言ってやがる?」
「お前を迎えに来た。それだけだ」
ヴァイルは起き上がり、俺を威嚇するかのような目で睨んだ。
「この俺がなにしたのか、分かってんのかよ!あんたのアジトを壊した!アンタの団員を攫った!なのになんでそうやって平然としてられるんだよ!俺が憎くないのか?」
「お前がやったことは、確かに許されない事だ。それは事実だ。だがな、そんなちっぽけな恨みをいつまでも引きずってるほどの大人じゃないんでな俺は」
「俺はスカイホークにいる資格なんかないんだぞ!敵だったんだぞ!」
ヴァイルは仕事とはいえスカイホークにした罪を抱いていた。
「そこまで過去の過ちに拘るならデコピン一回でゆるしてやんよ」と俺は言いながら、ヴァイルのおでこに軽めのデコピンを与えた。
「嘘つけ!あれが軽めのデコピンな訳ないだろ!殺意マシマシだっただろ!」
食堂にヴァイルのツッコミが響き渡り、アーサーの回想は一時中断した。
「ハイハイ、話を続けるぞ」
ヴァイルが過去の事にいつまでも気にするもんだから、俺はヴァイルに一発のデコピンを額に当てた。
「ぐあああああ頭が割れるぅぅぅ」
ヴァイルはデコピンの痛みに顔を歪ませ悶絶していた。
「俺はな、このまま罪の意識で不貞腐れてお前が闇に落ちてしまったら寝覚めが悪い。だから、ウチに来い。ちなみに拒否権はお前にはないからな」
「強制じゃないか!」
俺はそのままヴァイルを無理やり連れて騎士団本部で強制的に入団手続きをした。
以上がヴァイルの移籍した経緯だ。
(ほとんど誘拐じゃないか……)
アーサーの回想が終わると同時に、食堂にいる全員の心の中で同じツッコミが木霊した。
「ヴァイルのやったことがみんな許せないのは分かるよ。でも彼ね、家族のことで悩んでいた私に、いつも優しく気にかけてくれたの!決して悪い人じゃないの!」
エリーはヴァイルの前に立ち、必死に彼を弁明する。
「そ、そうですよ!ヴァイル先輩は、悪人面で仕事の時は悪いことしてるけど、プライベートでは食事を奢ってくれるような、とても優しい先輩なんです!」
「お前、俺の事褒めてるのか貶してのかどっちなんだ…?」
アクアもエリーの隣に立ち、懸命にヴァイルのフォローをした。
「ま、過去のことは水に流せ。過去は過去だ。今はスカイホークの仲間として割り切って仲良くやれ。いいな?」
アーサーは過去の過ちを捨てるよう団員たちに促した。
「団長がそう言うなら…」
アリア、スノウ、サリーは団長の言葉を受け止め、渋々ながらも納得する。
しかし、その場にいた誰もが予測しなかった。
瞬間――
エドラが一歩踏み出し、一発の拳をヴァイルの頬にぶつけた。
ドスッという鈍い音と共に、殴られた衝撃でヴァイルは倒れ込む。
「「「エドラ!」」」
「お前のしたことは、許されない」
エドラは倒れたヴァイルを見下ろす。
「だがな、団長とエリーさんの顔に免じて、アジト破壊とエリーさんを攫ったことのけじめは、この一発でつけさせてもらう」
倒れたヴァイルの頭の中で、エリーとアーサーの言葉がこだました。
『汚れ仕事ばっか優先してたら、そのうち身を滅ぼすわよ!』
『俺はな、このまま罪の意識で不貞腐れてお前が闇に落ちてしまったら寝覚めが悪い』
エドラの拳は、過去を断ち切るための「けじめ」だった。その痛みが、ヴァイルに新たな道を受け入れさせた。
―――今まで俺は生きるためにいろんな手を使って生きてきた。レスターから暗殺や脅迫、暴力による取り立て、与えられた汚れ仕事を割り切ってこなしてきた。
―――しかし、エリー......彼女と出会ってから、俺は汚れ仕事に疑問を抱くようになっていた。
―――そして、こいつと関わって気づいたらもう、汚れ仕事なんか出来なくなっていた。
―――だが、これでいいのかもしれないな。
ヴァイルはフッと口角を上げて、憑き物が落ちたかのように晴れやかな笑みを見せる。
エドラはそんなヴァイルにそっと手を差し伸べる。
「ったく…..猪突猛進の馬鹿が」
ヴァイルはエドラに軽口を叩きながら、差し出された手を強く掴んだ。
立ち上がったヴァイルは、もはやオルトロスの汚れ役ではなかった。




