32話、遠き日の回顧夢3~勇者が挫折した日~
アーサーの過去を通してアリアは立ち直るという話と並行してアーサーが作中でも自嘲していましたが「大いなる力は個人的な幸福をもたらさない」という勇者として非常に重い皮肉と「俺TUEEE」系や「無自覚チート」系の主人公が通常避けて通る、その安易な最強設定と無神経な成功への痛烈な風刺を込めて書きました。
魔王倒し終わったアーサーも広義上だと「俺TUEEE」系や「無自覚チート」系に属するタイプの主人公かもしれません。しかし、だからこそあえて「俺TUEEE」系や「無自覚チート」系に属するアーサーを通して「どんなに無敵能力でも最強でも必ずどっかで痛い目を見る」を書くことでこのエピソードのような風刺・皮肉として機能しやすいのも事実です。
アーサーが神殿を出てから翌日になった。
それから二日後、三日後……一週間たってもマーリンはアーサーから離れず、その後をついて回る。
「ああああああ!なんでついて来るんだ!俺に何か用があるのか?」
「別に。あなたの言う通り、私、自由に生きてるだけだし。行くあてがないから、ただなんとなくよ」
「これじゃあストーカーかよ、お前」
「そもそも、お子様のお前が勝手に俺の旅について来るんじゃない!」
「失礼ね!……こう見えて私、これでも18歳なのよ!」
(……え、俺と同い年かよ‼どっからどう見ても思春期の子供じゃないか)
見栄を張った嘘なのではとアーサーは疑い、ジッとマーリンを観察した。
あどけない童顔、中学生のような小柄な体型。どっからどう見てもとても18歳には見えない。
「な、なによ!ジロジロ見ないでよ!」
自身を観察するアーサーに対してマーリンは赤面する。
「なぁ、無理して背伸びして、俺に偉そうに振る舞わなくていいんだぞ」
「あなた、デリカシーという言葉を知ってる?」
「もういい!俺は1人で旅をするから、お前はアッチ行け!」
「分かった!じゃあ私も旅をする!私個人の旅だから、どこに行こうが私の自由でしょ!」
マーリンの子供じみた屁理屈にアーサーはため息を零し、旅を続けた。そんな彼の後を追うかのようにマーリンは変わらずついていく。
「ねえ、そういえばアーサーはなんで旅をしているの?」
「単純に強い奴と戦いたくて旅をしている」
「…….戦闘狂のような理由ね」
「こんな奴と一緒に旅してもつまんねぇぞ」
「別に、私はただあなたと一緒に旅をしたいだけだから気にしないわ」
アーサーはやむを得ずそのままマーリンを連れて旅を続けた。
最初は勝手について来る彼女を鬱陶しがっていたアーサーだが、マーリンの高い魔力と卓越した魔法技術で戦いのサポートを受けてたり、マーリンを助けたりとお互い持ちつ持たれつで助け合う。
そうして共に旅をしていく内に徐々に二人は惹かれあっていた。
魔王ルシファーを討伐してから、6年の月日が流れていた。
旅を続けるアーサーとマーリンは、共に24歳を迎えていた。
アーサーはすっかり大人びた容姿になったが、マーリンは初めて会った時と変わらず、幼い容姿のままだった。
そんなある日、二人は深く暗い森の中を彷徨っていた。
マーリンは見るからに顔色が悪く、その足元は頼りなくふらついている。
「マーリン、大丈夫か?」
「うん、何とか……って、ごめんなさい……」
マーリンはとうとうその場に座り込んでしまった。
みるみるうちに容態が悪化していくマーリンを見て、アーサーは焦りを募らせる。
「クソッ、早く医者に見せないといけないってのに……!」
午前中までは明るい木漏れ日が差していた森だったが、突如として周囲が急速に暗くなり、同時に濃い霧が地面から立ち込めてきた。
まるで森そのものが、アーサーたちの行く手を阻んでいるかのようだった。
この悪天候と濃霧の中、彼女を連れて歩くのはあまりに危険だと判断したアーサーは巨木の樹洞を見つけて、彼女を抱えてそこに連れていく。 大人3人分の広さである樹洞に容態が悪いマーリンを横に寝かせる。
「マーリン、不安だろうが、俺は医者を連れてくる。ここで休んで待っててくれ!」
「…..うん」
アーサーは毛布をマーリンにかぶせて、一刻も早く戻るため、樹洞を飛び出した。
濃霧が激しい森を、アーサーはひたすら町医者を呼びに走る。
必死の思いで濃霧の森から何とか抜け出したアーサーは集落を見つける。
アーサーは息を切らせながら村医者の家に駆けこむ。
「大変だ!急患だ!仲間が危ないんだすぐに来てくれ!」
医者はアーサーを馬に乗せて先ほどの森へ戻る。
戻る道中、さっきまで濃かった霧が、まるで手招きしていたかのように薄くなっていた。
先ほどの樹洞になんとか戻ると、そこに彼女の姿はなかった。
「マーリン!」
医者は周囲を見回しながら
「落ち着きなさい!具合が優れないのならそんなに遠くに行っていない!手分けして探しましょう!」
と、冷静にアーサーを促した。
アーサーは理性を失ったかのように、森の奥へと彼女の名前を叫びながら走り回った。
だが、いくら探してもマーリンの姿は見当たらなかった。
夕日が差し込み、森の影が長く伸び始めた頃、医者は「これ以上は危険だ」とアーサーを強く制止し、半ば強引に森を出た。
医者の家に連れられたアーサーは呆然としていた。
「考えたくはないが…..森にはオークがいる。恐らくオークに……」
「そんなはずはない!」
その最悪の可能性が頭をよぎり、アーサーは声を荒げて立ち上がった。
「落ち着きなさい。騎士団にスグ通報したから、明日また手分けして探そう!」
取り乱すアーサーを静かに、だが力強く医者は諭した。
翌日、アーサーは騎士団と協力して手分けしてマーリンを探したが、結局見つからず、行方不明として処理されてしまう。
その次の日、アーサーは集落から離れた。
マーリンをオークが連れ去ったという可能性を拭い去れず、茫然自失のまま森のオークの住処である洞窟へと足を運んだ。
突然の来訪にオークたちはアーサーに飛び掛かる。
しかし、オークたちが襲いかかると、彼の戦闘衝動が反射的に火を噴いた。彼は茫然自失の状態にも関わらず、容赦なくオークたちを返り討ちにしながら住処内を血眼になって探した。
オークをすべて屠ったアーサーは、血まみれのまま洞窟の奥を探し回った。だがそこにいたのはマーリンではなく、オークたちに捕らわれていた娘たちだった。
「あ、あなた様が…助けてくださったのですね!」
「……マーリン….彼女を見なかったか?幼い容姿の小柄な女なんだ」
「ごめんなさい、見てないわ」
「そうか….オークは皆殺しにしたから安心してくれ….」
「ありがとうございます!」
娘たちは感謝しながら悲壮感が漂う男の背中を後にして洞窟を出た。その姿は、絶望に取り憑かれた亡霊のようだった。
ーーー俺があいつの傍に居るべきだった。
ーーー俺があいつを一人にさせなければ….
ーーーそもそもこんな森に行かなければ……
ーーーーそもそも俺が強引でも突き放してれば…….
ーーーあの時グリフォンを殺さなければ……
ーーー神殿に入らなければ…….
後悔と自責の念から男は膝をついた。
自嘲の笑みを浮かべ、男は静かに呟いた。
「世界は救っても…..女1人救えない奴が勇者ねえ…..安っぽい世界だ」
遠い記憶の残響のように、
「…..ーサー」
「……アーサー…..」
「アーサー団長…..」
「アーサー団長!」と、次第に現実の声がはっきりと響いてくる。
椅子を傾けてページを開いたまま顔に乗せていたアーサーはハッとして、目を開けて起き上がる。そこはスカイホーク団長室の見慣れた、いつも通りの光景だった。
響いてた声の主はエリーだった。
「また居眠りですか?って、団長、顔が濡れてますよ!どうしたんですか!?」
エリーが指さす方へ片目を触ると濡れていた。
(思い出しくないもん…..思い出したか)
「欠伸の涙だ。気にするな」
「やはり、眠っているじゃないですか!」
「うるさい。で、用は何だ?」
「アリアさんが目覚ましたよ!」
「分かった。今からアリアの所に向かう」
アリアの部屋の前まで来たアーサーはノックして部屋に入る。
「……はい」
「アリア…..大丈夫か?」
「はい…..」
アリアは暗い表情で小さく頷く。スレイとフリードを失った悲しみが、まだアリアの心を強く締め付けていた。
「そうだよな….大切なものが消えて、苦しいよな。かつての俺もそうだった。エドラや他の奴らは勇者と俺を称えるが、実際のところ俺自身は勇者だと思っていない。なぜかって?世界を救うことはできても…..女1人救うことも出来ない勇者擬きだと思っている。だからこそ、お前の苦しみに寄り添える。すぐ切り替えろと言わない。時間を掛けてもいい。ゆっくりと乗り越えていけばいいさ」
「団長…..」
「ココだけの話、ナタリアの奴はソロモン教団の頃からお前を一番気に掛けている。お前を任命したとき「お前を泣かしたらただじゃおかない」ってナタリアが俺に本気で脅迫するくらいお前のことを大切に想っている。今いるギルドのみんなも同じくらいお前のことを想っている。あいつらの為にもお前にはもっともっと生きていて欲しいと思っている。お前は1人じゃない。俺たちがいる」
「アーサーさん!ありがとうございます!」
アリアは涙をこらえながらも深々とアーサーに頭を下げた。
(よかった….前を向き始めたか)
暗い表情が消え、微笑みを見せ始めたアリアに、アーサーは静かに笑みを零す。
再び過去の影を見せないように、振り返り手を上げる。




