31話、遠き日の回顧夢2
アーサーが魔王ルシファーを討伐してから3年が経った。
18歳となったアーサーは、旅の路銀を稼ぐため、個人でクエストを請け負う日々を送っていた。
高レベルの魔物や盗賊団を相手にし、またある時は高濃度のマナが渦巻く危険地帯を幾度となく冒険していた。
そんなある日、森の中を彷徨っていたアーサーは、空腹に耐えかねていた。
所持していた食料は1週間前に尽き、文字通り途方に暮れていた時だった。
「腹減った……」
その時、鼻腔をくすぐる香ばしい匂い。
それはこんがりと焼けた肉と魚の匂いだった。
「……良い匂いがするな」
匂いのする方へ誘われるように足を運んだ先は、苔むした古びた神殿だった。
奥に進むと、その匂いは一層強くなる。
「うおおお、飯だ!飯だ!」
祭壇と思しき場所に山積みにされた食材を発見するなり、アーサーは迷わず飛びついた。こんがり焼けたステーキに、魚、果物、パン。彼は夢中でそれらを胃に詰め込み始める。
その間、神殿の奥から一歩、また一歩と近づいてくる足音には、全く気付いていなかった。
しかし、彼の無意識が強烈な殺気を察知し、アーサーは間一髪で残りの食料を抱えてその場を飛び退いた。
「なんだ?一体……」
アーサーが視線を向けた先、祭壇の奥から現れたのは、巨大で凶暴なグリフォンだった。
「これ全部お前のだったのか。悪い、名前書いてないから知らなかった」
そう言って、アーサーは最後の食料であるパンの一切れを悠然と喉に通した。
グリフォンは怒りに任せて前脚の鋭い爪でアーサーに斬りかかるが、アーサーはそれを難なく避けて一瞬の隙を作る。
しかし、次の瞬間、グリフォンの口から放たれた強烈な光球が直撃し、アーサーはそのまま奥の檻のような場所に吹き飛ばされた。
「痛ててて……なにすんだ、あの鳥は!」
「な、何ですか……あなたは」
アーサーは声のする方向へ目を向けると、そこには檻の中で一人の少女が体を縮こまらせて怯えていた。
「おまえこそなんだよ」
「私はグリフォンに捧げられる巫女なのよ……」
少女はアーサーの口元についたソースの跡を見て、全てを察した。
「あ、あなた、もしかしてグリフォンに捧げる供物を全部食べたの?」
「空腹で死にそうだったし、名前書いてなかったから、大丈夫なのかなって」
アーサーのあまりにもいい加減な返答に、少女はがっくりと頭を抱えた。
「だ、駄目よ……終わったわ。グリフォンに捧げる供物が無くなれば、そりゃあ荒れるに決まってるじゃない……」
荒ぶるグリフォンはアーサーの前に降り立ち、瞳孔を開いて供物を横取りしたアーサーを睨む。
「だいぶ、お怒りだな。だいたい俺から言わせれば、用意された食卓に何も手を付けずにほったらかしにするお前が悪い。こうなる事態は想定できるだろ」
荒ぶるグリフォンに真っ向から反論するアーサーの胆力に、少女は戸惑う。
「止めて!あなた死んじゃうわよ!」
少女の悲鳴も虚しく、グリフォンは喉を震わせた次の瞬間、その巨体を弾丸のように加速させた。
鋭利な爪は、光球の衝撃でまだ体勢が万全でないアーサーの首を狙う。
ゴキン、と硬い音が響いた。
音と共に少女は無残な光景を背けようと瞼を閉じた。
静寂になったと同時に恐る恐る瞼を開くと、鋭利な爪がアーサーの眼球に届く僅か数十ミリ手前で、ずば抜けた反射神経で鋭利な爪を片手で握り防いでいた。
アーサーの強靭な握力で身動きが出来ず、グリフォンはジタバタともがく。
「とりあえず一週間は鶏肉料理か」
アーサーの目に映るのは、凶暴な魔獣ではなく、旅の非常食だった。その口元から、思わず涎が一滴垂れる。
供物を荒らす矮小な草食動物として見ていたアーサーが、獲物を狙う冷徹な捕食者に変化していく姿に荒ぶった怒りから死への本能的な恐怖へと変わりグリフォンは怯えきった。
体勢が崩れたグリフォンにアーサーは容赦なく懐に飛び込んだ。
拳圧を込めた一撃を急所である柔らかい腹部、鳩尾へ容赦なく叩き込む。
衝撃が鳩尾に届き、グリフォンは苦悶の声を上げながらその巨体を地面に打ちつけて悶え倒れた。
あっという間の出来事に、少女は呆然としていた。
アーサーは手の甲で口元のソースの跡を拭うと、明るく笑った。
「いやー、飯にありつけるだけでなく旅の食料が手に入るとか、これがホントの一石二『鳥』!なんつって!アハハハハ」
アーサーは檻に近づき、顔を覗かせた。
「で、これからどうすんだ?『巫女』の役目終えたならウチに帰れるんじゃねえか?」
巫女、つまり生贄。
アーサーは、彼女の言う「捧げられる巫女」が、グリフォン被害に困った村落が食料と少女の命を犠牲に平和を維持するための手段であることを理解していた。彼はその真意を指摘することなく、ただ彼女の帰宅を促した。
「私には帰る場所なんてないわ。生まれた時から他の人より魔力が高いせいで、村の人たちからずっと蔑まれ、疎まれてきたの。どうせ今更帰ったところで、誰も歓迎なんてしてくれないわ」
「あっそう。別にイヤなら無理して村に帰る必要ないんじゃねえの?」
「え.....?」
「村で生まれたあんたはここで死んだんだ。今日から新しい自分になって、好きに生きててもいいんじゃないか。檻が壊されて自由になったんだし」
ありきたりで何気ないただの言葉だった。
しかし、アーサーの自由な言葉に少女の心は大きな衝撃を受ける。
生まれた時から蔑まれ、疎まれ、すべてを否定されてきた少女にとって、その一言は初めて自分を肯定してくれたものだった。
アーサー本人からしたら軽い言葉でも、少女にとっては救いの言葉でもあった。
少女は目を潤ませたまま、初めてアーサーの顔をまっすぐに見上げた。
「……新しい、自分」
アーサーは肩をすくめると、グリフォンが倒れている方へ歩き出した。
「そ。とりあえず食料確保したつーことで、ここに留まる意味はもうなくなったから俺は行くわ」
アーサーの関心はすでに、少女から目の前の巨大な獲物へと移っていた。少女はゆっくりと立ち上がり、錆びた檻の外に出た。
「あ、あの……私の名前はマーリン。そういえば、あなたの名前、まだ聞いてなかった」
「アーサーだ」
「アーサーって言うのね!」
(……さすがにこんな辺鄙なところまでは勇者の名声は届いてないのか。自分の口から一々説明すんのめんどくさいからこのままにしておくか)
都市からだいぶ離れた辺境の地であったため勇者の名が届いていなかったが、わざわざ自分から経歴を説明するのも億劫と感じたアーサーは、自分が勇者だと伏せた。
「とりあえず、元気でな」
アーサーはマーリンに軽く手を振って別れを告げ、そのままグリフォンを担ぎ上げると神殿を後にした。




