27話、天上の梯子7
ヴェルゼビュートの戦闘描写はうまくイメージ出来ない人にはνガンダムのファンネルをイメージして頂ければ幸いです
強敵ルフを打倒したエドラは、血と硝煙の匂いが残る廊下を抜けた。その先は、巨大な円形広間だった。
「エドラ! ああ、無事だったのね!」
広間の隅、地下水路へと町の住民を誘導していたサリーが、安堵と驚きを込めた声でエドラの存在に気が付く。彼女は頬に煤をつけながらも、その目は救助の成功を告げていた。
「サリー、救助活動は上手くいっているようだな」
エドラが歩み寄ると、サリーは頷いた。
「ええ、スノウが先頭に立って、混乱する街の住民を導いてくれてるわ。ほとんどの人は、もう安全な場所へ」
「じゃあ、残るは……」
「『天上の梯子』の破壊、そしてフリードの救出ね!」
二人は同時に、遥か上の吹き抜けた天井を見上げた。巨大な塔の最奥、光が遮られる高みへ。
「サリーはスノウと共に、このまま町の人たちの救助を頼む」
エドラの言葉に、サリーは一瞬目を見開いた。
「エドラはどうするの?」
「俺はそのまま上に上がる。先に行った二人の援護へな」
サリーは、エドラの疲労を隠しきれない顔つきと、揺るぎない覚悟を秘めた瞳を交互に見つめ、強く手を握りしめた。
「エドラ、無理しないで。絶対、生きて帰ってきて」
「分かってる」
エドラは視線を天井に戻し、覚悟を決めた。その心の中で、ただ一つの名前を呼ぶ。
(副団長のためにも、絶対助けてやるぞ、フリード)
その頃、「天上の梯子」の中層階。アリアとスレイは、無数に襲い掛かる教徒を無言で、しかし圧倒的な勢いで薙ぎ払いながら昇っていた。
アリアの鋭い白銀の槍の一突きが、正確に急所を貫き、道を切り開く。その脇から、わずかにすり抜けてきた教徒の狂信者たちは、スレイの巨大な戦斧が一閃のもとに叩き潰す。
レベル31に達した二人の実力を阻むことができる者は、この階層にはもはや誰一人いなかった。彼らの力は、かつての弱さを知るお互いにとって、感慨深いものだった。
「あの泣き虫が、まさかここまで強くなるとはな」
スレイが、肩越しに後方を一瞥しながら呟く。
「それはこっちの台詞だ! あの腰抜けが、これほど頼もしい『盾』になるとはな!」
お互いの成長した強さに、苦笑いと、心からの感心が漏れる。二人は最強の矛と、不落の盾として機能していた。
やがて、二人は階と階を繋ぐエレベーターを操作する教徒の一団を見つけた。間髪入れずに、アリアの流れるような体術が教徒を捉え、二人まとめて外へ放り出した。
アリアが金属製のドアを素早く閉じる。その隙に、スレイは制御盤に戦斧の先端を無理やり突き立て、強引に操作した。エレベーターは悲鳴のような駆動音を上げながら、一気に最上階へ向けて動き出す。
「梯子を破壊したとして、これで逃げれば時間短縮にはなるな」
スレイが、エレベーターの揺れに体を預けながら言う。
「エレベーターが動いていればの話だがな……」
ほんのわずかな安息のひととき。二人は互いに顔を見合わせ、初めて今日一番の笑みを零した。
「ところで、私と別れてから、お前はどうしたんだ?」
アリアが尋ねる。
「孤児院で幸せに暮らしたよ。大人になって孤児院を出てからは、個人でクエストをこなしながら、世界を見てみたくて放浪していた。そこで奴らが天上の梯子を建造しているのを知って、今に至るってわけだ」
「そうか……お前も幸せに育ってくれて安心したよ」
アリアの目元に、温かい感情が宿る。スレイは、その視線を受け止めながら、少しだけ硬い表情になった。
「フリードを始末すると、お前には非情なことを言ったな。だが、あれはあくまでも、どうにもならない時の『最悪の手段』としてだ」
「スレイ……お前」
スレイは目を閉じ、再び開いた時には、迷いを断ち切った光が宿っていた。
「簡単にあいつを死なせてたまるか。たとえあいつが何を言おうと、俺たちはあいつを救い出す。
エレベーターは、ついに「天上の梯子」最上階で止まった。閉じていたドアが、金属音を立てて静かに開く。
目の前に広がるのは、幅二メートルほどの冷たい石造りの回廊だった。内部の異様な静寂は、一瞬で破られる。ここは、世界を切り裂くような絶え間ない風の轟音に支配されていた。
回廊の外壁は低く、顔を上げれば、手を伸ばせば触れられそうなほど近くに、満天の星々が張り付いている。
回廊の内側、塔の中心は巨大な虚無だ。遥か下には、これまで登ってきた広間の床が、豆粒ほどの輝きとなって見える。世界が足元に広がっている。
回廊の最も広い一角には、深淵を覗き込むように設置された祭壇があった。禍々しい塔には不釣り合いなほどの神聖さが、その白く冷たい台座から漂っている。
祭壇の真下、塔の深部から、絶えず黒い霧が湧き上がり、回廊の手すりを越えて祭壇に吸い込まれていく。霧が祭壇に触れるたび、低く唸るような機械の駆動音が回廊全体を震わせた。
その祭壇の上で、黒いローブを纏った男が立っていた。二人が回廊に足を踏み入れたその瞬間。
二人はただならぬ殺気に全身を凍らせ、咄嗟に武器を構えた。
「ほう.....我が与えた慈悲をみすみす捨てに来るとはな」
懐かしき声。しかし、その声色には、冷酷な虚無が混ざり合っている。フリードの皮を被った存在、『ヴェルゼンビュート』がそこにいた。
「貴様らハエ共に、我の計画を壊されるのは癪だ」
ヴェルゼンビュートは、その片手を祭壇に突き出した。瞬間、塔全体がそれに呼応するかのように雷鳴の如き轟音を鳴らす。
遥か最下層から、血のような紅い光の柱が噴き上がった。その光は、これまで二人が登ってきたすべての広間を突き破り、巨大な円形広間の床一面を覆っていた魔法陣を、最上階まで一気に押し上げてくる。
薄く、透明な膜のように展開した魔法陣は、一瞬で回廊の内側の巨大な虚無を覆い尽くした。それはまるで、深淵を閉じ込めた巨大な強化ガラスのよう。二人の足元には、ゆらめく紅い幾何学模様が透け、その下には遥か下界の景色が、歪みながらも見えている。
ヴェルゼンビュートは勝利を確信した笑みを浮かべ、祭壇の横、今や足場となった魔法陣の上へと踏み出した。
「貴様!何をした!」
アリアが怒声を上げる。
「不完全だがこれで舞台は整った。あとは『天界への門』は開かれるのを待つのみ...」
祭壇の上空、満天の星々を切り裂くように、空間に亀裂が入る。現れたのは、煮えたぎるような白い光を放つ、歪な楕円の断層だ。それは、ヴェルゼンビュートが目指す天界の出入口。だが、光は絶えず揺らぎ、断層は皮膚が再生するように、閉じようとしていた。
「やはり、不完全な状態では無理があったか」
ヴェルゼンビュートがその言葉を言い終える直前、アリアの槍が稲妻のように奔った。
「悪いが......私たちの友を返してもらうぞ!」
ヴェルゼンビュートは、顔色一つ変えず、ただ片手でその穂先を難なく受け止め、抑え込む。
――その時、頭上から鉛のような重い一撃が落ちてきた。
スレイの渾身の斬撃が、ヴェルゼンビュートの頭上を狙い、足場となった魔法陣に叩きつけられる。
ゴゥン!
塔全体を揺るがすような鈍い衝撃音にもかかわらず、魔法陣の足場は強化ガラスの如くビクともしなかった。
「さすがにそう傷はつかないよな」
ヴェルゼンビュートは、アリアの槍を片手で抑え込んだまま、スレイの渾身の斬撃を浴びた強化ガラスの足場を一瞥した。
「無駄だ。ハエは大人しく潰れるのが役割だ」
男の周囲、虚空からチリチリと音が立ち、無数の魔力が凝縮し始めた。
現れたのは、冷たい青白い光を放つ、幾何学的な七芒星の結晶体だった。数えきれないほどの星の塊が、物理法則を無視して、ヴェルゼンビュートの周囲を精密な間隔で漂っている。
彼は槍を抑える手に微かな力を込めると、アリアは苦痛に顔を歪ませた。その瞬間、最も近くに漂うヘプタグラムの一つの先端が輝き、細く鋭い閃光を放った。
アリアは、全身に走る痛みと、迫りくる光線を前に、咄嗟に抑え込まれていた白銀の槍を一瞬で手放した。
――キィン!
ヴェルゼンビュートは指一本動かしていない。その光線は、アリアの頭上をかすめ、背後の回廊の壁を音もなく穿った。
「まずは足を奪うとしよう」
ヴェルゼンビュートはそう呟き、無数に展開された七芒星の全てに、二人へ向けた光の軌跡を描かせた。
ヴェルゼンビュートが放った無数の光の軌跡が、回廊と魔法陣を切り裂く。
アリアは、拘束から解き放たれた身で驚異的な俊敏さでそれを避け、ヘプタグラムの光線が空気を切り裂く高音を聞きながら、強化ガラスの足場を駆け抜けた。一方、スレイは巨大な斧を身構え、防御に徹する。金属が焼ける甲高い音と共に、光線を弾き飛ばした。
「フリードの奴、レベルアップするごとに魔力が伸びて行ってたもんな」
「いざ、敵に回ると恐ろしい奴だ」
二人は、かつての仲間、フリードの潜在能力の高さに、一瞬の畏怖を覚える。しかし、戦う意志は揺るがない。
アリアは、攻撃の手を緩めないヴェルゼンビュートを睨みつけた。
「見たところ、中遠距離特化の魔法と見た。あの七芒星の陣形が魔力の源だ。奴の懐にさえ潜り込めれば、まだ勝機はある!」
「スレイ、道を作れるか?」
スレイは、次の光線を防ぎながら、短い返事と共に斧を構え直した。
「任せろ!」
スレイは、盾となる斧で迫りくるヘプタグラムの光線を薙ぎ払いながら前進し、文字通り、アリアのための道を作っていく。
スレイが作り出したわずかな隙間と道に、アリアは敏捷な脚で一気に駆け抜けていく。ヴェルゼンビュートの懐に潜り込むと、空いた手には魔力が凝縮され、槍の穂先ではなく、魔力を込めた強烈な掌打を放つ。
しかし、ヴェルゼンビュートの近くに待機していたヘプタグラムが、その瞬間に陣形を組み、掌打を完璧に弾く結界を完成させたのだった。
「クッ……!」
掌打を阻まれたアリアから、呻き声が漏れる。彼女はすぐに体勢を立て直そうとするが、ヴェルゼンビュートは間髪入れずに次の手を繰り出した。
「無駄な足掻きを」
男は指先を休めない。死角であるアリアの足元、強化ガラスの足場に忍ばせていたヘプタグラムの一つが、閃光を放った。それは、回避の余地を与えないほどの至近距離からの攻撃だった。
だがアリアはギリギリで後方へ飛んだ。
「どうすれば奴にダメージを与えられる?」
滴り落ちる汗を拭うアリア。\
圧倒的な実力差ーーー
スレイは魔力を集中してヴェルゼンビュートのレベルを覗き見る。
ーーーーレベル67
「さすが”魔王の残骸”ということだけあってレベルが高いな」
(フリードの体に馴染み過ぎている。そりゃそうか、10年もあれば宿主以上に体を制御するよな……ここいらで覚悟を決める時だ……)
スレイはアリアに見せないように悲痛な表情を隠す。
(フリード……アリア……許せ……)
スレイは斧を強く握りしめてヴェルゼビュートに突進する。ヴェルゼビュートは再びヘプタグラムの結界陣を張る。
スレイは斧に魔力を重く乗せ、何度も深い斬撃を振りかざし結界を突破する。
彼は、残された片手に全魔力を込めた鋭い手刀で、フリードごとヴェルゼビュートの心臓を一突きしようとする。
「よせ!スレイ、止めろ!」
フリードを手に掛けようとするスレイに、アリアは制止しようと手を伸ばす。
しかし、スレイの手刀がヴェルゼンビュートに届く前に、ヴェルゼンビュートの手刀がスレイの心臓を貫いた。
「先ずは1人」
ヴェルゼビュートは悪意たっぷりの笑みを受かべスレイの血が付いた手をゆっくりと舐めた。
「スレイィィィィィ!」
友人が散ってしまう光景にアリアが叫んだ。




