24話、天上の梯子4
5人は空き家になった酒場に入った。窓からは埃っぽい夕日が差し込み、彼らの足音だけが静寂を破る。
スレイは手元にある古びた地図をテーブルに広げ、4人の仲間に視線を巡らせた。
「奴らソロモン教団はここから少し離れた山脈の麓にいる。ここの街の住人を攫い、ある建造物を建築させている」
「建造物? まさか要塞か何かか?」
エドラの問いに、スレイは静かに、しかし重い確信をもって答えた。
「ソロモン教団は巨大な塔を建築している。その名は『天上の梯子』――塔を使って天界に侵入しようとしている」
「魔王復活を目論んでいるのになんで、わざわざ悪魔とは正反対の世界に行こうとしているんだろう?」
ソロモン教団――もといヴェルゼビュートの矛盾した行動に、サリーは腕を組み首を傾げた。
「そりゃあ、アレだよ」
エドラは胸を張って言った。
「天国に、ルシファーがいるかもしれないからだろ?」
――その場にいた全員が、盛大にため息をついた。
「このバカの意見は即座に流して」
「テメッ、バカとはなんだ! バカとは!」
「うるせぇバ……」
スノウとエドラの喧嘩を遮るように、いつも通りの籠手の甲高い音を立てた重いゲンコツが両人の頭に落ちる。
「恥ずかしいから止めろ! バカ者共」
アリアの雷のような一言で、場は静まり返った。
スレイは低く、押し殺した声で言った。
「俺の推測だがアリア。ヴェルゼビュートは天界侵入など表向きで、『魔王の残骸』を探しているのではないか?」
聞き覚えのある言葉に、アリアの顔色が固まる。
「「「ッ、『魔王の残骸』って?」」」
3人の声には、動揺が混じっていた。
「『魔王の残骸』。――それは読んで字のごとく、魔王の遺体の一部だ。それが意志を持って覚醒し、世界中に散らばった全ての遺体の一部を集め、最終的に魔王が完全な形で蘇る」
「でも……魔王って、かつてアーサー団長が倒したから、もう蘇らないんじゃないの?」
サリーの率直な疑問に、スレイは静かに答えた。
「魔王を慕う臣下の悪魔たち、そして外部からの意図的な介入が絡んでいるのだろう」
「……もう調査どころの話ではないな」
アリアは腕に唇を当てて深く考え込んだ。
「副団長!今は俺たちだけで町の住人と、とにかくフリードの救出をしましょうよ!」
エドラは勢いよく立ち上がり、アリアに訴える。
スレイは、その熱意とは対照的な、氷のような瞳で告げた。
「ああ。町の住人救出と天上の梯子破壊を最優先に動く。そして時と場合によっては、俺の手でフリードを……始末する!」
酒場全体が静寂に包まれた。
「「「え……っ⁉」」」
「今なんて?」
スレイの冷酷な決意に、四人は凍り付く。
「それってつまり……殺すってことか?」
スノウが恐る恐る尋ねるもスレイは一度も視線を逸らさなかった。
「ああ。フリードを殺してでも、この計画を止めなければならない」
「テメー、ふざけるな!」
「よせ、エドラ! 手を離せ!」
アリアの制止を聞く耳持たず、エドラはスレイに飛び掛かり、その胸ぐらを強く掴んだ。
「お前、フリードとは兄弟みたいに友達だったんだろ? それを『殺す』って……よくそんなことが言えるな!」
「エドラ、落ち着け!」
スノウは声を荒げて制止を呼びかける。
「もし……あいつが……フリードの魂がもうとっくに死んでいたらどうする? ヴェルゼビュートに肉体取られてもう十年だぞ! 最悪な事態なんていくらでも想像つく!」
スレイは胸倉を掴まれながらも表情一つ変えない。その冷静さが、エドラの怒りをさらに煽った。
「それでも! ほんの少しの希望の可能性を、お前は平気で捨てるのか!」
スレイは静かに、しかし断定的に返した。
「ほんの少しの希望が、世界すべてを包みこむ絶望だったら、お前は責任取れるのか?」
スレイのあまりにも残酷でどうしようもない現実の言葉の重さに、エドラははっとしたように掴んでいた襟を放した。
その瞬間、アリアは声を高らかに挙げ、二人の間に踏み込んだ。
「止めろ!」
(私も心のどこかで思っていた。十年という長い時間が過ぎている以上、フリードはもう決して返ってこないかもしれない。考えたくもないけど、この最悪の可能性を考えてしまう……。でも、私はフリードをこの手で殺めたくない)
アリアは口を真一文字に結び、長く葛藤する。現実の時間はわずか二秒くらいしか経っていない。だがアリアにとってその二秒は、まるで永遠のように感じられた。
スレイは静かに、しかし深い痛みを込めた声でアリアに語りかける。
「アリア、お前だけじゃない、俺だって地獄のようにつらいさ。だからこそ友として、これ以上苦しませずにあいつを解放させて上げたい」
「お前たちは勝手に諦めたらいいだろう......。でも俺は最後まで諦めない! 世界すべてを包みこむ絶望になんてさせない!」
エドラはスレイを指差し、怒鳴った。
「お前が希望を捨てるなら、そのクソみたいな現実の先にある希望を、俺が拾ってやる! 副団長の大事な人なら、必ず助けてやる!」
あまりにも残酷でどうしようもない現実に、エドラは確かに一瞬立ち止まった。しかし、その胸の奥底で、まだ燃える炎があった。
微かな希望があるなら、それを拾い上げていくのみだ。エドラは自分自身にそう言い聞かせ、強く拳を握りしめ奮い立った。
「エドラ......」
エドラの純粋で真っ直ぐな勇気にアリアの不安が和らぐ。
「そこまでして、なぜ立ち向かう覚悟ができる?」
フリード救出、街の住人の救出、魔王復活阻止……すべてを望む、とても厳しく険しい道を歩こうとするエドラに、スレイは疑問を投げかける。
「そんなこと、決まってるだろ」
エドラは一点を見据えて言った。
「俺には憧れてる男がいる。そいつに弟子入りして課せられた修行は『クエストをこなせ』。だが、俺はそれを『挑戦』と受け取った。俺の憧れた最高の男なら、このくらいの危機は全部片づけられる! 団長にできて、俺にできないはずがない! 俺はいつか勇者になる男だからだ!」
サリーは胸を張って笑った。
「子供の頃から何も変わってないけど、逆にそれが強みでもあるんだよね!」
隣にいたスノウが、呆れたようにため息をついた。
「つまり、ただ子供のまま成長したって事か。やれやれ」
スレイとアリアはエドラが去る酒場のドアを見つめた。エドラの後を追うかのように、サリー、スノウが後を追う。
「アリア、本当に大丈夫なのか?」
スレイは、二人きりになったアリアに問いかける。
「分からない」
(……それでも、彼らを信じるしかない)
アリアの頭の中に、かつての団長の力強い声が蘇る。
『早いうちに、経験を積ませてやることに越したことはないだろう』
(あの時の団長は、この先の危機を予見してエドラたちを私に寄越したのだろうな……)
アーサーの言葉を思い返しながら、アリアは口元を緩め、フッと笑った。
アリアとスレイは酒場を出るやいなや、既に向かおうとしている3人に向かって声を張り上げた。
「エドラ、サリー、スノウ! 聞け! 命令だ! お前たちは敵の注意を引きつける陽動と街の住人救出! ヴェルゼビュートの本体は、私とスレイで打ち倒し、必ずフリードを救う!」
3人はアリアの方へ勢いよく振り返り、迷いのない敬意を込めて片手を上げた!
スレイがアリアの隣に並び、静かに、しかし力強く告げる。
「行こう、アリア。作戦開始だ!」
「ああ」
アリアは短く応じ、先頭を切って走り出した。




