19話、旧知
テオンシティリゾートに広がる、真白な砂浜と、水平線まで続く青く、光り輝く海。そのあまりに幻想的な光景に、エドラ、サリー、スノウは言葉を失い、すぐに興奮した。初めて見る世界に目を輝かせ、ウキウキと駆け出す三人を、アリアは少し離れた後ろから微笑んで見守る。
「綺麗ね」
「すげぇ……」
海の絶景に、サリーとスノウはただただ感動を口にする。
「早く泳ぎましょうよアリアさん!」
子犬のように尻尾を振りそうな勢いではしゃぐエドラ。
四人はまず宿泊施設でチェックインを済ませ、手早く水着に着替えると、一目散にビーチへと飛び出した。波打ち際で遊び、水しぶきを上げながらはしゃぎ回る三人の声が響く。
「団長やエリーも来てほしかったな……」
アリアは、そう静かに呟いた。パラソルの日陰から、わが子を見守るかのように、彼女は楽しそうな三人の姿から目を離さなかった。
場所は変わり、王都の騎士団本部。
監督官ナタリアから「給料を人質」にとるような脅迫まがいの呼び出しを受け、アーサーは心底不機嫌な面持ちで出席していた。普段から会議をサボりがちな彼の姿に、議場に居並ぶ各ギルド団長たちは、好奇心と嘲笑の入り混じった珍しい目を向けている。
「よぉ、アーサー」
「ハハ、驚いたな。まさかお前がこの席に出席するとは」
不機嫌を隠そうともしないアーサーの眼前に立ちはだかったのは、かつて共に旅をし、魔王を討伐した仲間たちだった。一人はギルド『リノブレイカー』団長、ガラハッド。もう一人は、同じく魔王討伐を成し遂げ、そしてサリーの父親でもあるギルド『ホワイトベア』団長、ランスロットである。
「仕方ないだろ。ナタリアの奴に、俺の命綱――この給料を握られてしまったからな」
顔を歪めるアーサーに、ガラハッドはニヤリと笑った。
「そう言えば、旅先でもお前がギャンブルで遊びすぎて旅の資金を費やし、ナタリアに管理されてお小遣い制になったんだっけか?」
「ああ。おかげで俺たちまで、ナタリアの監査という名の巻き添えを食らったからな」
ランスロットも呆れたように肩をすくめる。
「うるさい! 一番手っ取り早く旅資金を稼ぎやすいのは、ギャンブルなんだよ!」
過去の苦い思い出を語り合いながら、三人は楽しそうに苦笑した。
演壇に立ったナタリアは、静まり返った議場を冷徹な眼差しで見渡し、張り詰めた声で話し始めた。
「各ギルド団長の皆さま、本日はお忙しい中、お集まりいただき感謝します」
(......俺に至っては、給料を人質にしたほぼ強制だろうが)
アーサーは苛立ちを滲ませながら、心の中で本音を零した。
彼女は挨拶をそこそこに、すぐさま核心である本題へ入る。
「本日の議題は二つ。一つは、ギルド『オルトロス』における不正行為の発覚。そしてもう一つは、不正防止の徹底と、これに伴うギルド組織の再編成計画です」
彼女は配布された資料を指し示しながら、冷たい口調で告げた。
「計画の第一歩として、『オルトロス』団員の即時入れ替えを実施します。これは不正への断固とした対応であると同時に、前団長レスターによる乱暴で被害を受けた団員へのケアを目的とした対応でもあります。これを全ギルドに課される新たな規律の始まりとします」
団長たちはナタリアの説明を聞きながら、手元の資料のページを不安と焦燥からめくっていく。
「公平性を保つため、優劣や実績に関係なく、各ギルドから何名か『オルトロス』へ異動させていただきます。同時に、入れ替わりで、『オルトロス』団員を何名か各ギルドへ異動させていただきます」
ナタリアがその一方的な方針を告げた途端、議場に抑えきれないかすかなざわめきが広がった。
「あの、絶対に『オルトロス』に異動させなければならないのでしょうか?」
不安を隠せない様子で、あるギルドの団長がおずおずと挙手し、ナタリアに質問した。
ナタリアは質問者を一瞬一瞥した後、冷めた声で答える。
「いいえ。今回の異動人事を、ここで皆様に議論していただくために、この会議を設けたのです」
彼女は配布された資料を指し示しながら、冷たい口調で告げた。
「つきましては、次に、どのギルドから何名を『オルトロス』へ異動させ、同時に、入れ替わりで『オルトロス』団員を何名受け入れるのかを、皆様に議題として話し合っていただきます」
別方向から、別の団長が矢継ぎ早に問う。
「では、オルトロスの団長や副団長の後任も、我々のギルドから選出する必要があるのでしょうか?」
ナタリアは毅然として答えた。
「いいえ、それも既に決定事項です。団長と副団長の後任は、我々騎士団が独断で、今回の事態が二度と起きぬよう厳正に選定し、既に就任の手続きを済ませております」
議場はざわつきながらも、団長たちは現状におけるナタリア、もとい騎士団の強引な合理性を理解し始めていた。
ナタリアは、その空気を読み取ると、さらに追い打ちをかけるように告げる。
「もちろん、オルトロス前団長レスターのような、『使えない部下を他ギルドに押し付ける』といった私情に基づく独善的な判断を防ぐため、我々騎士団は中立の立場に立たせていただきます。人選の最終判断は、我々が行います」
そこから会議は三時間続いた。
議会が終わり、各ギルド団長が自らのアジトへと急ぎ足で帰路につく中、かつて魔王を打ち倒した四人は、監督官ナタリアが待機する静かな一室に集まっていた。集まっていたのは、ランスロット、ガラハッド、そしてアーサーとナタリア。旅を共にした元仲間同士だ。
ナタリアは、冷たい視線をランスロットとガラハッドに向けた。
「貴様らはいつも通りだな、ランスロット、ガラハッド」
「まあ、仕事上よく顔を合わせるからね」
ランスロットが軽く肩をすくめると、ガラハッドも同意を示すように頷いた。
ナタリアの視線が、次にアーサーを射抜く。
「それに比べてアーサー。貴様はいつになっても変わらずいい加減だな」
「アンタも相変わらず融通が利かない、頭の固い女だな、ナタリア」
アーサーの返答にフッとため息を零し、ナタリアは即座に話題を変えた。
「そう言えば、貴様らの所には、アレイスターから何か連絡は来ていないのか?」
「いや、全然だ」
「俺も来てないね」
ランスロットとガラハッドは、揃って首を横に振る。
ナタリアは冷ややかにアーサーを見た。
「アーサーは……貴様らは元から犬猿の仲で喧嘩ばかりし合っていたから、来るはずないか……」
「……おい」
アーサーは不満そうに吐き捨てた。
アレイスター。彼はかつて、アーサーたちと共に魔王を打ち倒した、稀代の魔法使いだ。
実際、ナタリアたちも10年前までは、彼と定期的に連絡を取り合っていた。しかし、その時を境にパタリと連絡は途絶え、今や完全に音信不通となっている。
アレイスターの行方不明という事実に、四人の間に重い沈黙が落ちた。誰もが彼の安否を気遣い、室内の空気は鉛のように重くなる。
その空気を打ち破ろうと、ランスロットは明るく声を張り上げた。
「大丈夫さ。アレイスターの野郎が、そう簡単にくたばるような奴じゃないのは、お前たちが一番よく知っているだろ? きっと何か、やむを得ない事情があるんだよ」
ランスロットはそう言って、無理にでもその場を和ませようと努めた。
その直後――
ノックもなく待機室の扉が開き、場の空気を一変させる男が入ってきた。
「あら、会議はもう終わっちゃった?」
その声を聞いた瞬間、アーサーを除いた三人は、反射的に立ち上がり、即座に敬礼をした。
「「「マクシル長官!」」」
彼こそ、全騎士団の最高責任者である騎士団長官、マクシルその人であった。
一人、腕を組み、不遜な態度で座ったまま敬礼をしないアーサーに、ナタリアは冷や汗をかきながら小声で鋭く注意した。
「コラ、アーサー!」
しかし、マクシルはそれを気にも留めない。彼は優雅な笑顔で手を振った。
「アハハ、ナタリア。僕は大丈夫だよ」
マクシルは、場を収めるようにそう言うと、アーサーに向き直る。
「今回はギルド全体を考えた大事な会議だ。アーサー、君がその席に出席したという事実だけでも、十分価値はあったよ」
アーサーは不遜な態度を崩さず、マクシルの目をまっすぐ見据えた。
「まあ、上司に財布を握られて仕方なく出席したのも事実ですが、旦那アンタに少し聞きたいことがあって残った、ってのもあります」
「今回の一連の騒動の『一か月ギルド活動停止』という破格のけじめ。ナタリアの口利きもあったでしょうが、彼女にも限界がある。普通なら解任で通されても仕方がない件だ。それ以上の権力を持ったアンタだからこそできる温情でしょう」
一呼吸置いてから、アーサーは問う。
「旦那、なぜ、そこまでして俺に優しくするんですか?」
「アーサー!」
ナタリアが思わず声を上げようとした瞬間、マクシルは制するように片手を上げて彼女を黙らせた。
そして、穏やかな口調でアーサーに答える。
「アーサー。僕はね、かつて世界を救った君に、感謝してもしきれないほどの恩がある。恩人に対して後足で砂をかけるような真似は、僕にはできないよ」
マクシルはフッと微笑み、言葉を続ける。
「それに、今回の件も、君は部下のためにすべてを捨てる覚悟で動いたと聞いている。仲間のためならなんだってする君のそういった人柄を、僕は誰よりも理解しているからね」
マクシルの真摯な眼差しに、アーサーは居心地が悪そうに顔を背けた。
「ったく……こんな問題児、傍に置いていたらアンタそのうち失脚しますよ……」
「ハハ」
マクシルは朗らかに笑う。
「本音を言えば、最高の抑止力の象徴として君を騎士団に置いておきたかった。だが、率直に言って、ギルドの方が君には一番似合っている。僕が死ぬまで、どうか君は君の選んだ場所に居続けて欲しい」
「フッ……」
アーサーは諦めたように笑い、再びマクシルに向き直った。
「部下たちから必要とされている限り、俺はどこへも行かず居続けますよ」
その言葉が約束であるかのように、二人はしっかりと握手を交わした。




