18話、天国と地獄
団員たちはエリーの空間魔法で作られた簡素な仮設宿舎で不安を抱えながら待機していた。誰もが、ギルドの解体や団長であるアーサーの永久追放といった重い処分を覚悟し、一堂は落ち着かない様子でそわそわと静かにしていた。
その張り詰めた沈黙の中、エドラが声を上げた。「団長が帰ったぞ!」
その一言で、団員たちは一斉に、救いを求めるようにアーサーに駆け寄る。
「「団長!」」
「アーサー団長、その……結果は、どうでしたか?」
スカイホーク副団長であるアリアが、恐る恐る、震える声で処遇を尋ねた。
アーサーは緊張から解放されるように、深く呼吸を落とし、そして頭をガリガリと掻いた。
「あー……ギルド監督官から、『ギルド活動一か月停止』と、『責任者は始末書提出』だとよ」
「!?」
重い罰を覚悟していた団員たちは、あまりにも軽い、拍子抜けするような処分に一瞬、時間が止まったように愕然とするのだった。
団員たちの驚愕はすぐさま、疑問と安堵のざわめきに変わった。
「それだけで済んだんですか?」
思わぬ結果に驚くスノウを横に、
「ギルドは継続ってこと!?」
まだスカイホークが続けられることに希望を持つエドラ。
困惑しながらも歓喜する二人をよそに、副リーダーのアリアは冷静に、しかし困惑を隠せない様子で尋ねた。
「ギルドのルールを明確に破った我々が、本当にこんな軽い処分で良いのでしょうか……?」
「アリア....詳しい説明はお前だけに後で話す」
その間、この騒動のきっかけを作ったエリーは、皆の安堵から一人だけ顔を背け、罪悪感に苛まれていた。
「やっぱり、私のせいで団長たちに迷惑を……結果的に活動停止……」
罪の意識で言葉を震わせながら零しかけた瞬間、強い声がその言葉を断ち切った。
「オマエだけの責任じゃねえ」
アーサーはエリーの頭にそっと手を置き、真っ直ぐ見つめた。
「俺たち全員の責任だ。気にするな」
「そうだ。そもそも元はといえば、ギルドの掟を先に破ってきたのはオルトロスの方だ。エリーが気に病む必要はない」
アーサーに続いて、副団長のアリアも毅然とした態度でエリーを支え、言葉を重ねた。
団長と副団長の力強く温かい言葉に、エリーは俯いていた顔を上げ、その瞳に再び強い光を取り戻した。
「......ハイ!」
エリーの声には、もう罪悪感の色はなく、前に進む決意が宿っていた。
団員たちの間に、重い処罰から免れた安堵と喜びの笑みが広がり、ギルド内が明るいざわめきに包まれる。
しかし、その輪の中で、サリーだけは一人、青ざめていた。
入団してようやく一か月が過ぎたばかりで、いきなりの「ギルド活動一か月停止」の通達。
サリーは頭を抱え、周囲の歓喜とは無関係な、切実な焦燥に駆られた。
「どうしよう……どうしよう……! 母さんや父さんに何て説明したらいいの? 一か月、収入が途絶えたら、生活費は? お金、どうしたらいいのよ!」
彼女にとって、この処分はギルドの存続以上に、明日の生活に関わる深刻な問題だった。
団員たちが安堵する中、一人頭を抱えていたサリーに、エリーは慌てて駆け寄った。
「だ、大丈夫よ! サリー! たったの一か月なんてスグよ!スグ! すぐに活動を再開できるから、お金の心配も、きっと大丈夫だよ!」
エリーの、必死ながらも少し心許ない励ましに続き、アリアもすかさずサリーの傍に入り込んだ。
「サリー、大丈夫だ! 心配しなくていい。何だったら、私が今すぐ騎士団の窓口に行って、ギルドの活動停止期間中の補助金や生活支援について掛け合あうぞ!」
「うう、エリーさん、アリアさああああん」
具体的で力強いアリアの言葉と、純粋なエリーの優しさに触れ、サリーの顔から張り詰めていた焦りの色が、わずかに和らいでいった。子犬のように、サリーは涙を浮かべた瞳で二人を見つめ、そっとその胸元に顔を埋めた。
サリーの不安とは裏腹に、エドラは事態をまるで理解していないかのように、無神経な歓喜を上げた。
「でもこれ、見方を変えれば一か月遊び放題じゃん! よっしゃあ!」
このあまりに楽観的な言葉は、明日への生活に怯えるサリーの不安を、さらに大きく増長させた。
「止めんか!バカ者!」
活動停止を喜ぶエドラに対し、アリアは即座に反応し、拳をエドラの頭に叩き込んだ。エドラは低い唸り声を上げて黙り込んだ。
アリアは、ふと何かを思い出したように服のポケットを探り、一枚の紙切れを取り出す。
『テオンシティリゾート券』
サリーを励ますため、アリアはその券を掲げてみせた。
「サリー、クエスト報酬で一緒に貰ったやつだ。バカンスとしてギルドみんなでここに行こう! 心配するな。私はクエストで結構稼いでいるから、今月の生活費は私がどうにかする。気にするな」
「バカンスか! 最高じゃねえか! 行こうぜ、行こうぜ!」
エドラは頭をさすりながらも、それでも満面の笑みを浮かべる。
「異議なし! 賛成だ!」スノウは興奮しながらアリアの提案を力強く賛同した
リゾート券で宿舎内の空気は一気に華やぎ、皆の明るい笑顔に包まれ、サリーの不安も徐々に和らいでいった。
「ったく、ガキどもが......はしゃぎおって」
口では悪態をつきながらも、アーサーは誰よりも早く自分の旅行用キャリーケースを肩に乗せた。その表情には、隠しきれない高揚感が浮かんでいる。
「行くぞ、オメーら! とっとと『テオンシティリゾート』へ突っ込むぞ!」
団長自ら、誰よりもノリノリで先導に立つ。
「団長が一番はしゃいでいるじゃないですか」
エリーは呆れたような表情で冷静に突っ込んだ。
「うるせぇ! 人生楽しんだもん勝ちなんだよ! バカヤロー!」
そう言い返すアーサーは、いい年をした中年であるにもかかわらず、まるで休暇前の子供のように無邪気だった。
皆がリゾートへ向かう準備で盛り上がる中、エリーが申し訳なさそうに手を上げた。
「サリー、ごめんね。私、皆と行きたい気持ちは山々なのだけど...ここに残って空間魔法でアジトの修復作業に入るわ! 皆が帰って来るまでには、ピカピカにしておくから! お土産楽しみにしてるね」
団の拠点であるアジト修復を優先するエリーの責任感に、皆の笑顔が一瞬止まる。
そんな和やかな、しかし切迫した空気の中、一人の騎士団員が戸惑った様子で話を割って入ってきた。
「あの~、お取込み中すいません」
「.....なんだ」アーサーは機嫌を露骨に悪くして返答する。
「ナタリア監督官から、各ギルド団長向けの通達の封筒を預けられておりまして...」
騎士団員から渡された手紙を、アーサーは不機嫌なまま開けて読み始める。
手紙には、騎士団指導の下、王都の議会でギルド組織再編成についての重要な会議を開くため、各ギルド団長は必ず参加するように、という公的な通達が記されていた。
そして、通達の最後に、ナタリアの私的な走り書きが添えられていた。
追伸
特にアーサー、お前は会議をサボりがちだから絶対参加するように!
もし、参加していなかった場合、お前の給料を七割減給するから覚悟しろ。
ギルド監督官ナタリアより
「あのバツイチ監督官! こんなんほぼ公私混同の脅迫じゃねぇか!だからいつまでたっても貰い手がいないんだよ!」
楽しい雰囲気を台無しにした、脅迫交じりの呼び出しに、アーサーは手紙を怒りに任せて握りしめる。
「ア、アーサー団長、そ、そんな公然と.....監督官にご無礼を......」
騎士団員は顔を青くして、おろおろしながらアーサーを窘める。
「よし、決めた。エリーと団長は辞退するから、私たちだけでリゾートに行こうか!」
アリアが即座に状況を整理し、三人に視線を送る。
「「「ハイ!」」」
スノウ、エドラ、サリーは、アリアの判断に迷いなく合意した。
流石に給料を人質に取られたアーサーは、天を仰ぎ、絶望的な声で騎士団員に伝える。
「.....わかった。その会議とやら、参加する」
こうして、団長アーサーは王都の会議へ、エリーはアジト復興作業、エドラ、サリー、スノウ、アリアは『テオンシティリゾート』へと、それぞれの新しい一か月を過ごす。




