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勇者の弟子  作者: ヤス
エリー奪還

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17/101

17話、堕ちた仮初の勇者

レスターの辿る末路は『悪徳勇者』が辿りうる一つの末路を自分なりに風刺・皮肉的に書きました。仮にアーサーじゃなくてレスターが本当に勇者として選ばれていたとしても彼は人間性が終わっている以上どう転んでもこの末路に辿ることは変わらない。たとえ冒険中であっても関係なく。

しばらく物語は新章まで少し幕間が続きます。

エリーを巡るオルトロスとの抗争から一夜明けた翌日、スカイホーク団長アーサーは、騎士団本部の奥へと呼び出されていた。


アーサーに付き添っていた衛兵が、面談室の重厚な扉を軽く二度ノックすると、「入れ」という声が返ってきた。衛兵は扉の近くで微動だにせず待機する。


アーサーは胸中の複雑な思いを押し隠し、何食わぬ顔でドアを開け、一室へと入る。そこには、一人の女性が机上に筆を慣らし、静かに何かを書いていた。


騎士団副長官兼ギルド監督官ナタリア。彼女はいわば、団長アーサーの直属の上司にあたる、厳然たる人物だった。


「さて、なんで呼ばれたのか分かっているよな? スカイホーク団長アーサー」


「分かっている。最初からそのつもりだ」


アーサーは懐からくしゃみ一つ許されないほどの厳格さで折り畳まれた封筒を取り出し、ナタリアの机上にカツンと置いた。それは辞表だった。


「覚悟はいつでもできてんだ。いくらでもクビにしたらいい。だがその代わり、ウチの団員(ガキ)どもを、お前のいる騎士団かランスロットのギルドかガラハッドのギルドに預けて欲しい」


男の瞳の奥には、すべてを失う覚悟の炎が揺るぎなく灯っていた。


「待て。そう急かすな」


ナタリアは一度もアーサーから目を逸らさず、手元の筆を静かに置いた。監督官の長く、重い沈黙に、アーサーは喉の奥で息を呑む。


「――ギルド『スカイホーク』は、一か月のギルド活動停止処分に処す」


彼女は淡々と告げた。


「責任者アーサーは、私に始末書を提出する。以上だ」


「....は?」


団長の地位剥奪やギルド活動廃止といった重い懲戒処分を覚悟していたアーサーは、あまりにも軽い、拍子抜けするような処分に愕然とした。


「ナタリア.....これは一体どういうことだ?」


「まだ公務中だ。ナタリア『監督官』かナタリア『副長官』と呼べ!」


「一緒に魔王を倒した仲だから別にいいだろ?」


(コイツ.......相変わらず、人の話を聞かない)


ナタリアはこめかみを押さえるように軽くため息を吐き、流れを戻す。


「確かに......お前と共に魔王を倒しに旅をした仲ってのはあるが、それとは別だ」


ナタリアは一度席を立ち、机の引き出しから分厚いファイルを取り出した。その重みで、机がわずかに軋む。


「お前たちが争ったギルド『オルトロス』なんだが、以前からきな臭い『噂』が私の耳に入り込んでいてな」


「噂?」


「ああ。ダンジョンの財宝横流し、ギルド資金の横領、果ては犯罪関係のクエストにまで手を出すといった話だ。さらに、使えない部下に対して乱暴を働くという報告も複数あった」


ナタリアはファイルを軽く叩き、アーサーを鋭く見つめた。


「そこで私は事実を確かめるため、公にはせず、部下何人か密かに内偵させていた」


「で、つまり、結果は真っ黒だと?」


「ああ」ナタリアは簡潔に肯定した。


「詳しく調べた結果、団長のレスター、副団長のエヴァン、他数名が組織的に不正に働いていたことが判明した。騎士団としては、お前たちの諍いなど、こちらの不正行為と比べ物にならないほど重大な問題として扱っている。お前たちが騒動を起こしてくれたおかげで、結果的に彼らを逮捕に持ってこれた」


「なるほどな。まんまとあんたの掌で転がされ、利用されたって訳か......」


アーサーの皮肉に、ナタリアは表情一つ変えない。


「そうだ。タイミング良くお前たちが騒動という名の切っ掛けを作ってくれた。それを有効活用したまでよ」


「なるほど。それで結果的に、不正を暴き、平和をもたらした『英雄アーサー』を称え、形式上この程度の処分に抑えたと」


アーサーは口元に薄く、冷たい笑みを浮かべた。


「さすがは、先を見据える有能な監督官だな」


ナタリアは「フッ」と冷めた笑みを漏らした。


「そう自嘲するな。こんな不正行為を世間に知られるのは不味いという上層部の判断で、表面上は『オルトロスが無断でスカイホーク団員を引き抜く禁忌を犯し、抗争に発展した』という形で片付けることにしている。私の裁量で体裁の整う一か月活動停止程度に留めておいた」


「そういうことか」


「まあ、一か月の休暇と思えばいいさ」


ナタリアは、そこで一旦言葉を切った。


「いいか、アーサー。この問題は騎士団としても事態を重く見ている。近いうちにギルド『オルトロス』を中心に組織再編成を組むことが決まった。オルトロスの闇を知らない、いや悪事に関わっていなかった一般団員を各ギルドに移動させたりして、組織を作り変えることになる」


「なるほど。ここまで優しくしてくれるのは、やはりバツイチになった影響で......な」


アーサーはナタリアの地雷と知っていて、皮肉めいた笑みを浮かべ、さらにからかいの言葉を続けようとする。


しかし、ナタリアは凍り付くような爽やかな笑みを浮かべたまま、その言葉を鋭く遮った。


「アーサー。その気になれば、お前を今すぐ簡単にクビにすることはできるんだぞ」


アーサーは少しもひるまず、鼻で笑って返す。


「冗談の通じない奴は、いつまで経っても結婚できないって知ってるか、監督官」


「黙れ」


場面は変わって、騎士団の牢獄。


石造りの冷たい空間に、腐敗した臭いと、金属の軋む音が響いている。


鉄格子が並ぶ一角には、一般の犯罪者とは別に、ギルド『オルトロス』の幹部の姿があった。副団長のエヴァンは、まるで水を吸った布切れのように酷く憔悴しきり、檻の隅でうずくまっている。


そして、団長のレスターは、瞳に焦点のない虚ろな目で天井を見上げながら、ぶつぶつと独り言を繰り返していた。


「俺は……勇者だ。俺こそが、真の勇者なんだ……。なぜ、誰も信じてくれない……。勇者の俺が、こんなところに居ていいはずがない……。勇者は絶対……勇者は絶対正義……」


その狂気めいた独白に、見張り番の新米衛兵が不気味なものを見る目で先輩衛兵に囁く。


「先輩、アレって……どうしたんですか」


先輩衛兵は鼻で笑うようにため息をついた。


「ああ。アイツは頭がイカれてるから下手に近づくな。触らぬ神に祟りなしだ」


「先輩、本物の勇者って、あのスカイホークのアーサー団長ですよね……」


「その通りだよ。なのに何言ってんだかコイツは……。哀れなもんだ」


「勇者ッ! 勇者ッ! 俺こそが勇者ぁぁぁぁぁ!」


勇者と名乗る傲慢な男の狂気に満ちた叫びが、静まり返った牢獄内の冷たい壁に反響し、響き渡る。


しかし、彼の独白を真に受ける者も、理解しようとする者も、そこには一人としていなかった。レスターの主張は、ただ虚しく、冷たい闇の中に消えていくだけだった。

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