15話、エリー奪還6
アーサーがなろう系勇者やテンプレート勇者の皮肉・風刺的側面を持つキャラクターであるのに対してレスターはなろう系でたまに見かけるいわば「悪徳勇者」の皮肉・風刺的側面を意識して書いています。作中で明言せずレスターの主観であえて濁しているがレスターは一応勇者になる可能性はあるにはある。ただしそれは「悪徳勇者」としての可能性である。もしも「悪徳勇者」が世界に選ばれなかったらどうなるのか?という一つのifとして作りました。
これらの補足を念頭に置いて本編見ていただけると嬉しいです。
二人の前に、ギルド・オルトロスの団長レスターが立ちふさがった。サリーは警戒しつつ、彼の実力を測るようにレベルを読み取る。
レベル 49
(さすが団長クラス。格が違う。以前遺跡で戦った用心棒のレベルを遥かに上回る……。対して私たちのレベルは15と19。どう頑張っても勝てる見込みがない)
(ここは逃げに徹するしかない)
圧倒的な実力差に、二人はアイコンタクトで意思疎通した。
「力づくでも部屋に戻って、おとなしくしなさい」
レスターは言葉を叩きつけると同時に、鋭い風の塊を放った。それは寸分違わず、二人が立っていた場所を穿つ。
サリーは団長を見据えた。この男に捕まれば、もう二度とスカイホークには戻れない。
(正面からじゃ無理。空間を――パズルを動かす!)
「サリー、私から離れないで!」
「はい」
エリーは地面に手をついたまま、指先にすべての意識を集中させた。次の瞬間、オルトロス本部の内部に半透明の立方体が現れ、光の粒子が空間全体へ流れ出していく。それは、エリーとサリーがいるこの広場全体を包み込み、最上階の床と構造を切り取る。
「ほう?これは面白い……」
レスターは微かに驚きつつも、興味深そうに目を細めた。直前に放たれた風の塊は、すでに存在しない広場の空間をすり抜けて、後方の壁を砕いていた。
エリーが指先をひと撫でするたび、広場の石畳の構造と、最上階の屋根裏部屋の構造が、スライドパズルのように静かに滑り、欠けた空間へ新たな構造が吸い込まれるように嵌め込まれた。
オルトロスのアジト全体が激しく揺れた次の瞬間、広場の景色は消え去り、二人の視界は埃っぽい暗闇に包まれた。
「うっ……」
二人が次に立っていたのは、光の届かないアジトの最上階、埃と古木が積まれた屋根裏部屋の床だった。広場からこの場所に、構造ごと瞬間的に入れ替わったのだ。
「ごめんね、咄嗟の回避で出口が遠くなっちゃった」
「いえ、あの男から逃げ切れば十分ですよ」
エリーが立ち上がろうとサリーの手を借りたその時、頭上の天井が切断され、太陽の光が二人を覗かせた。
同時に、剣を持ったレスターがその開口部に立っていた。塵煙の中、彼は二人を冷徹な目で見つめる。
「追いついたぞ。ここは私の城だ。どこへ逃げようと、逃がさない!」
(この男の言う通りだ。何度空間魔法で逃げても、いずれ追いつかれる。しかも、先ほどの移動は術者がいる建物内に限られる。オルトロスのアジトからスカイホークのアジトまで、空間を繋ぐことはできない)
「エリーさん、下がって!」
サリーは決意を込めた顔で、魔導書を構え前線に出た。
「サリー、無茶よ!私たちじゃレベル差がありすぎるわ!」
「少しでも時間を稼ぐ!エリーさんはもう一度、空間魔法で地下……下水道への道を作って!」
「……分かったわ!」
サリーの意図を察したエリーは、すぐに魔法陣を展開する。
「サラマンダー!お願い!」という叫びと共に、サラマンダーは、吼え猛りながら豪快な赤い炎の吐息を吹きかけた!
しかし、レスターはその炎を風の結界で受け止めた。炎と風。その相性の悪さは、この場ではサリーとサラマンダーにとって致命的だった。
「これで終わりだ」
レスターが告げた瞬間、結界から解き放たれた風が、鋭い斬撃となってサリーとサラマンダーを同時に襲った。
その時、エリーは即座にレスターの足元へ魔法陣を展開し、強制移動を試みた。
「しつこい!」
レスターが苛立ちと共に放った小さな風の塊が、エリーの体に直撃する。
「きゃあっ」
その風の塊に吹き飛ばされたエリーは、地面に倒れ込む。レスターはゆっくりと、無力な獲物に近づいた。
「商売人が商売品に傷をつけて、どうするの?」
エリーは倒れたまま、不敵な笑みを浮かべ、レスターを皮肉で挑発した。
しかし、エリーの上品な皮肉と裏腹に、レスターの顔から余裕が消えた。彼は本性をさらけ出し、倒れているエリーの腹部を強く蹴りつける。
「うるさいッ!お前みたいなクソ小娘に傷を付けたところで何だ⁉︎ ただ黙って、おとなしくしてればいいものを、貴様は!」
「エリーさんを攫うだけ……なら……まだ良かったじゃない。なぜ、わざわざ私たちのアジトを破壊したの?」
血を滲ませながら倒れていたサリーは、痛みを堪えて言葉を発し、レスターの意識を自分に向けさせた。
「冥土の土産に教えてやる!お前らの団長、アーサーが気に食わなかったんだよ!」
レスターは、地を這うような低い声で吐き捨てる。
「魔王を倒した勇者だと?ふざけるな!本当は俺こそが勇者になるはずだった!なるはずだったんだ!それなのに、あいつは何食わぬ顔で俺の全てを奪いやがった!『世界を救う栄光』は、俺のものだったんだ!」
「アンタが……勇者?」
サリーは言葉を失い、問い返す。
「そうさ、この俺こそが勇者になるべき人間だったんだ。俺が勇者となって、世界を正しく導く!魔王を倒した者こそが正しい!すなわち、絶対的正義なんだ!」
レスターの狂気じみた「勇者」という称号への執着と、その裏に潜むアーサーへの激しい憎悪に、エリーとサリーは恐怖で血の気が引くのを感じた。
レスターはサリーの髪色を見て、思い出したかのように語り始めた。
「そういや、その髪の色……お前のオヤジも確か、アーサーの奴についてった金魚の糞だったよな」
彼は鼻で笑う。
「勇者に付いていく金魚の糞が、子供を産んでここまでクソに育つとは。やはり、親譲りの金魚の糞だな!」
地に伏せていたサリーが、低く絞り出すように言葉を零した。
「やめろ……!」
「やめろ!私の父さんや、アーサー団長……いや、勇者アーサーを侮辱するな!」
「なんだと?偽物風情を侮辱して悪いか?いいか本当の勇者はな、仲間を盾にして化け物どもを殺して勝ち上がっていくんだよ!無害な魔物だろうがエルフだろうが関係ない!人間.....いや、勇者になるはずのこの俺こそが絶対で偉いんだ!」
父ランスロット、そして父と共に世界を救った憧れの存在――勇者アーサーを貶されたことに、サリーの怒りが頂点に達した。彼女は血を滲ませた体で、ふらつきながらも立ち上がる。
「アンタは勇者になる資格なんかない!仲間を大事にしない自分本位なアンタが、勇者を語るんじゃない!」
レスターは聞く耳を持たず、少女を黙らせようと、その細い首を掴み上げた。
「私が知っている勇者は、いい加減で適当だ!だけど、どんなときでも仲間を見捨てない、最高の勇者なんだ!」
「黙れ……!黙れ黙れェェ!」
レスターは、沸騰する怒りのままにサリーの首を掴んだまま、勢いよく壁へと放り投げた。
「サリー!」
(……ああ、終わった)
重症のまま壁に激突すれば、死は避けられない。死を悟ったサリーは、まぶたを閉じた。
しかし、鈍い衝撃は訪れない。代わりに感じたのは、温かく、それでいて逞しい肉体に受け止められた感触だった。サリーがそっとまぶたを開けて見上げると、そこには勇者……いや、アーサー団長が立っていた。
「アー……サー……」
アーサーは軽く片手を上げて、屈託なく笑う。
「おう、遅れてスマンな」
「アーサー団長!」
「エリー、遅れてすまなかった!」
「サリー、ありがとうな」
アーサーはサリーをエリーに託し、立ち上がる。
「エリー、サリー、ここにいる団員全員に伝えろ!団長命令だ!全員即刻退却せよ!こっから先は団長同士の話し合いだ!」
アーサーは怒気を纏わせ、指の関節を鳴らしながら前進していく。




